喜劇友情ロンド





 【#04 アメリカとイギリス


 アメリカはイギリスの両肩を強く掴んだ。
「だ、駄目だ、そんなの。イギリスとフランスの結婚なんて認めないぞ、絶対に」
「なに言ってんだよアメリカ。……そりゃ諸手を上げて賛成されるとは思ってなかったけど、んなに反対する事ねえだろ。自分だって日本と結婚するくせに」
「日本……、ああ日本ね。日本とは結婚しない」
 あっさり言うアメリカに、イギリスは絶句する。
「は? お前何言って……」
「結婚は君とする」
「……は? 今何て言った? すまん、聞き間違えたみたいだ。もう一度言ってくれ」
「オレは君と結婚する。日本と結婚すると言ったのはただのジョークだよ。反対意見は認めない」
 イギリスの太い眉がキュッと寄る。
「……そのジョーク面白くねえぞ。つか全然笑えねえ。お前、ジョークのセンスゼロだな」
 イギリスの呆れた顔を見下ろし、アメリカはいっそ冷やかともいえる顔付きで、濁りのない緑の瞳を見下ろした。
 いつだってイギリスのアメリカを見る瞳は穢れなく美しい。嫉妬も妬みも欲も、そこにはない。アメリカは兄弟の慈愛などいらないのに。
 穢れ恨み苦しむイギリスの瞳が見たかった。アメリカだけを映し陰る瞳に変えたかった。
「イギリスとフランスの結婚なんて認めない。君はオレのモノだ。誰かのモノになるなんて許さないんだぞ」
「はあっ? 何言ってんだお前。阿呆な事言ってんじゃねえ。どっから突っ込んでいいか分らないけど、お前がバカ言ってんのだけは分るぞ。オレよりも、日本に失礼だぞ。恋人ならちゃんと大事にしろよ。ヒーローなんだろ」
「日本と恋人になった事なんてないぞ。オレが恋してるのは、緑の瞳の狡くて汚くて酒癖悪い料理が壊滅的なイギリス人だ」
「……は? アメリカ、頭でも打ったのか、それとも安物のハンバーガーにあたったのか? 経済落ち込んで熱が出たのか?」
 額に手を伸ばすイギリスの手を掴み、アメリカは言った。
「オレが本当に愛してるのは君だイギリス。オレ以外の人間の手をとるくらいなら君を殺す。君はオレのモノになるべきだ。反対意見は認めないぞ」
 恐ろしいほどの真剣な表情に、イギリスは顔色を変えた。アメリカが本気だと分かったのだろう。
「だってお前……日本と結婚するって言ったくせに……。どうして、そんな急に心変わりを……」
「あれはエイプリルフールの嘘だ。君を引っかけようとしただけなんだぞ。オレが本当に愛してるのは君だ」
「……分かった」
 イギリスが溜息を吐くように言った。
「分かってくれたのかい?」
 アメリカの顔が喜色に輝く。
 幼子を宥めるようにアメリカの硬い胸を叩き、イギリスは仕方ねえなあと笑った。
「お前なあ。酷い嘘つくなよ。笑えねえぞ」
「しょうがないだろ。君はなかなか嘘に引っ掛からないからね」
「全部嘘なのか。今のもエイプリルフールの嘘なんだろ。愛の告白の嘘なんて酷えなあ」
 イギリスがアメリカの言葉のすべてを嘘だと思っていると分り、アメリカの顔色がサッと変わる。
「違う! オレが君を好きな事は真実だ。嘘じゃない。君を引っ掛ける為の偽りじゃないんだ。独立する前から君の事を愛していたんだ」
「わかった、わかった。お前の嘘はよく分かったから」
 イギリスが苦笑する。
「分かってないよ。オレは嘘じゃなく、本当に君が好きなんだ」
「……なんて、そんな簡単にオレを騙せると思うな。お前の嘘は下手くそすぎんだよ」
 イギリスの瞳は子供をたしなめる大人のそれだった。
 アメリカの真実の声はイギリスの胸には届かない。
 アメリカは忌々しげに声を荒げた。
「嘘じゃないよ! オレは君が好きなんだ。君がフランスと結婚するなんて、絶対に認めないぞ。絶対阻止する。経済封鎖だろうが何だろうがあらゆる手を使って妨害するぞ。たとえ君がフランスを好きでも、もう関係ない。君の伴侶はオレしかいない。もしそれでもフランスと結婚するって言うのなら……力づくで君をオレのモノにする。身体から始める恋だって真実の愛だって、日本の薄い本にだって書いてあったぞ」
「さりげなく恐い事連発してんじゃねえっ。勝手に人の結婚話を潰すなっ。オレはフランスと幸せになるんだ。独立してオレの手を振り払ったくせに、おかしな事言って邪魔すんな」
 アメリカの胸を突き飛ばしたイギリスの手を強く握り、アメリカは懇願するようにイギリスを見た。
「嫌だよ。イギリス。オレはいつか君の恋人になるんだってずっと機会を伺ってたんだ。諦めたりするもんか。君はオレのモノだ。認めないなんて言わせないぞ」
 掴まれた手の強さにイギリスは顔を歪め、地団駄踏む子供を宥めるように言った。
「はいはい。お前の嘘は分かったから、そろそろ演技を止めろ。聞いてて不愉快だ。オレは本気でフランスと一緒になるんだ。おまえのお遊びに付合ってる暇はねえ」
「君ってヤツは……。言ってもきかないなら、実力行使しかないよね」
「おい、うわぁっ?」
 イギリスを肩に担ぎ上げたアメリカは、慌てて止めようと手を伸ばしてきたフランスの腹を、手加減なしで蹴とばした。フランスが派手に吹っ飛ぶ。
 混乱するイギリスはフランスに手を伸ばそうとするが、アメリカはそれすら憎いとばかりにイギリスを拘束した。
「邪魔するなフランス。君にイギリスは渡さない。イギリスは君のモノじゃない。オレのモノだ。オレは君からイギリスを奪う! ……日本、フランスの引き止めを頼むよ。フランス、追い掛けてきたら撃つよ」
 アメリカは片手でイギリスを担ぎ上げ、残る片方の手で銃を構えた。銃口を向けられたフランスは腹を抱えながら、アメリカの冷たい瞳を驚愕の目で見る。
 カチリと安全装置の外れる音に、場が膠着する。
「ア、アメリカさん、お願いですから銃を下ろして下さい。こんな事は許されません」
「日本、あとは頼む。オレはイギリスと行く」
「アメリカさん? いけません。そんな…」
 アメリカは後の事を日本に託すと、インパラを狩るライオンのごとく駆け出した。
「ふっざけんな、アメリカ! てめえ、放せぇぇぇぇぇぇぇっーーー!!!!!」