喜劇友情ロンド





 【#03 アメリカとイギリス


「イギリス。聞いてくれよ。実にハッピーなお知らせがあるんだ。君だけに特別に教えるけど、実は……日本がようやくオレと結婚してくれるって言ったんだ。日本がオレの所の、五十一番目の州になるんだぞ。米領ジャパンだ」
「ちょっ……アメリカさん。結婚のお約束はしましたが、それは個人同士という意味です。日本が五十一番目の州になるなんて誰も言ってません」
 日本の厳しい否定にめげず、アメリカは日本の肩を誇らし気に抱き、驚愕に目を見開くイギリスに言った。
「君も祝福してくれるよねイギリス。今日だけは常識がどうとか、男同士とかうるさい事言わないでくれよ。オレ達本気で愛しあっているんだ。愛があれば常識なんて関係ないんだぞ。恋愛で大事なのはお互いの気持ちだけなんだぞ」
 他愛ない嘘にイギリスがどんな反応を返すのかと、ドキドキと胸を高鳴らせながらアメリカがイギリスを見ていると、イギリスはすぐに驚きから立ち直ったらしく、狼狽えつつもアメリカと日本を探るように見た。さすがにすぐには信じられないのだろう。
「本当なのか、アメリカ、日本?」
「本当なんだぞ。オレは日本と結婚するんだ。カルフォルニアの教会で式をあげるんだぞ」
 アメリカは日本の肩を抱いて誇らしげに告げた。
「不本意ながらアメリカさんの勢いに負けまして。……つまるところそういう事ですので…上司にはまだ報告しておりませんが」
 日本は仕方がなさそうにカクンと頭を下げる。
 稚気いっぱいの強引な恋人に振り回されている姉さん女房の姿に見えなくもない。
 ショックから立ち直ったイギリスは、アメリカと日本に視線を彷徨わせた後、あーうーと意味不明なうめき声を出し、それから近くにいたフランスを呼び寄せた。
「フランス」
「なんだい、イギリス。マイハニー、呼んだかい?」
「マイハニー????」
 フランスがふざけているのはいつもの事だが、この甘ったるい声はなんだろう。アメリカは嫌な予感がして、思わず年長者二人を見る。
 イギリスの暴力がない。ハニー呼ばわりしてイギリスにぶっとばされないフランスに、アメリカは何故か嫌な気持ち一杯になる。
 イギリスが、隣にきたフランスの袖を掴む。顔は照れたように真っ赤だ。
 イギリスがフランスを隣に呼んだ意味が分らない。
「いつか言おう言おうと思ってたんだが……。お前らの報告を聞いて、オレも隠すのは止めにした。お前らがそうなら、こっちの話を聞いても嫌悪感ねえだろうし。…………アメリカ、あのな、実は、言い難いんだが、オレの方もフランスと……その、け、結婚、する事にしたんだ。百年前のプロポーズをようやく受ける決心がついた」
「……えっ?」
「千年も殴りあってて今さらって思うだろうが…。恥ずかしいんだが、フランスがどうしてもって言うから……。オ、オレはまだ結婚は早いと思うんだけど、フランスがしつこいから、仕方なく…」
 恥ずかしそうに視線を下げるイギリスの肩を、フランスは蕩けそうな瞳をして抱いた。
「良かったな、イギリス。ようやくアメリカに報告する事ができて。アメリカも日本も驚いただろ。素直じゃない坊っちゃんがようやく素直になってくれたもんだから、お兄さん感無量だよ。イギリスが百年越しのプロポーズをようやく承諾してくれたんだ。オレの隣に立つのはイギリス以外考られなかったし、時代も平和になったからな。イギリスの気持ちも軟化してな。オレが諦めそうもないから、そろそろ一緒になってもいいって言ってくれたんだ。……式はどっちの国であげるかまだ決まってないけど、とりあえすそういう事だから、祝福してくれよ」
「え……。うそ……だろ? イギリスが、フランスと、結婚? だって………そんなの……嘘だ……」
 アメリカは信じられないと、顔を強ばらせた。狼狽るあまり、内心を悟られないようにポーカーフェイスを作る事すら忘れていた。
「本当だ」
「本当だよ、アメリカ」
 満足そうなフランスと、顔を真っ赤にして恥ずかしがるイギリスに、アメリカは呼吸をするのも忘れ、喘ぐように息を吐き出した。
 寝耳に水だ。いつのまにそんな事になっていたのだろう。あまりに突然の展開に頭がついていかない。
「なんで……そんな……。だって君らは……そんな仲じゃなかった筈だ……」
 アメリカはガンガンと頭の中を叩かれている気分になり、額を押さえた。ショックで脳がうまく働かない。
 アメリカの知るイギリスとフランスは。
 千年も殴りあってきたライバルで、イギリスはフランスの顔を見るたびに殴りかかって、フランスは…………イギリスの顔を可愛いと言って、イギリスの為にわざわざ海を越えて食事を作りに行ったり、酒癖悪くて誰も飲みに付合ってくれないイギリスと一緒に酒を飲んで、愚痴を吐かれて殴られて八つ当たりされても、宥めたり殴り合ったり辛抱強くイギリスに付合っていた。
 …………それは一体何の為?
 ボランティア? それとも腐れ縁? ただの友情?
 イギリスは厄介な性格だ。ただの友情や腐れ縁だけでは、ネガティブなイギリスとは付き合えない。
 一緒にいた理由は…………好きだったから?
 だから酷い扱いをされてもイギリスの隣にい続けた?
 いつかイギリスが自分に振り向いてくれる日を信じて、隣にいたのか。アメリカに冷たく当たられて泣くイギリスを慰めながら。そうしてイギリスにとってなくてはならない存在になっていったのか。
 アメリカがイギリス攻略に手を焼いているうちに、スルリと隣の位地をキープし続けて、イギリスに自分の価値を認識させたのだとしたら。
 フランスはアメリカの気持ちを知っていたのに。
 自分もイギリスを好きだったから、うまく立ち回ってイギリスの気持ちがフランスに向くようにコントロールしたのか。
 冷たく当たるアメリカと、慰めるフランス。有利なのはどちらか、明白だ。
 自分の考えが正解だと思い当たったアメリカは、緩く首を振った。フランスにしてやられた。一番大事な人を持っていかれてしまった。絶対に無くせない人なのに。
 頭の中が真っ白だった。
 認めたくなかった。認められなかった。
 だって。
 すっと好きだったのだ、イギリスが。
 子供の頃から、全身全霊で愛していた。
(イギリス、イギリス、嘘だ。こんなの君は嘘をついているんだ。君とフランスが……結婚、だなんて。そんなの……認められるわけがない。オレはずっとずっと君だけを見てきたんだ。君はそんな事にも気付かずにフランスの手をとるのか。いや、フランスもイギリスの事をずっと見ていたんだ。フランスもイギリスを愛していたんだ。薄々は気付いていたけど、本当だったなんて。オレがイギリスを傷つけるたびに、つけ込もうと虎視眈々と狙っていたんだ。イギリスはフランスの優しさに絆されたのか。誰だって冷たくする男より、優しい人の方を好きになる。イギリスも……。そうやってイギリスはオレの視線にも思いにも気付かず、ずっと側にいてくれたフランスの手をとった。君はフランスの本気に気付いてしまった。愛情に飢えた人だから、自分に向けられた愛に気付けば、それを手放せない。……そうだ。オレには分かっていた。アメリカはイギリスとフランスの間には入れない。イギリスに特別扱いされていても、それは元弟という立場でしかない。イギリスはいつまでたってもオレを一人の男と認めてくれなかった。イギリスに愛されても、それは何の意味もない)
 アメリカが欲しかったのはフランスの立場だ。
 イギリスに対等と認められ、無視できない存在になりたかった。頼られ、甘えられる男になりたかった。
 だが、最後までイギリスはアメリカを頼れる男と認めず、アメリカの気持ちに気付かず別の男の手をとった。
 アメリカはフランスに負けた。
 捨てるに捨てられなかった二百年越しの恋に破れた。
 だが……そんなの許せるわけがない。 
 何の為に独立した? イギリスを傷付けた?
 イギリスの手を取る夢を実現させる為だ。世界も愛する人も全部自分のモノにする為だ。
 アメリカは諦めない。こちらを向かないというのなら、その顔をこちらに向けさせるだけだ。