喜劇友情ロンド





 【#02 アメリカと日本


 出された柏餅を齧りながら、アメリカは喜々として手を振り回して、説明した。
「華麗な嘘でイギリスをひっかけてギャフンと言わせてやるんだぞ。今回のハロウィンではまた負けちゃったからね。負け続けるのはアメリカの精神が許さないんだぞ」
「ギャフンというのは最早死語ですが………そうですか。ハロウィンのリベンジですか。ハロウィンの脅かし合いでイギリスさんに負けなかったのは一昨年の一度きりでしたからね。やっぱり一人では無理でしたか」
「イギリスはおかしな友達が多すぎるよ。なんだい、あの特殊メイクは。おっかなすぎるんだぞ。ヒーローだって裸足で逃げ出すくらい恐いんだ。決してオレが臆病なんじゃないんだぞ」
「………特殊メイクじゃありませんよ、イギリスさんのお友達は。イギリスさんは妖精の本場ですからねえ。本物を連れてくるとはさすがです」
 日本はコメントを控めにした。
 一昨年のハロウィンでアメリカは日本とロシアの協力を得てイギリスを脅かす事に成功し、見事アメリカの勝利と思われたのだが、悲鳴を上げたイギリスの様子を見に行ったアメリカが見たものはとても人とは思えない大男で、つまるところイギリスが連れてきた者は人ではなく、化物を目の当たりにしたアメリカは「ぎゃー、いやー、化物ーーっ、恐いよーーっ!」と、イギリス以上の悲鳴をあげ、勝負はドローとなった。
 化物の正体は妖精なのだが、彼を見た日本も正直ビビった。一目見て、人間でないのが分かって仰け反った。アメリカではないが、たしかにあれはない。人外を連れてくるのは非常識だ。
 悲鳴をあげなかったのは、アメリカが派手に恐がったせいで騒ぐタイミングを逃しただけだ。他人がパニックに陥ると、残った方は自然と落着かざるをえない。年の功の分だけ日本は冷静だった。
 一方イギリスはロシアのショックから立ち直ると怒った。アメリカだけならともかく、ロシアと日本の協力を得て驚かせるのは、三人掛りで卑怯だと開き直った。
 特に日本はイギリスから恨めしそうな目を向けられ困った。
 友達なのにどうしてアメリカ側についたのかと視線で責められ、つい「申しわけありません。アメリカさんに協力を頼まれたもので」と言い訳してしまった。
 イギリスに謝罪しなければならない理由はないが、二人の勝負事に他人を介在させるのは確かに間違っていると日本も思った。イギリスが連れてきた妖精は人ではないので、それは有りなのだろう。
「次はイギリスさんに協力しますから」と約束し、悲し気な瞳のイギリスを宥めたのだ。
「どんな嘘をついたらイギリスは信じるかな。あの人猜疑心が強くて、なかなか引っ掛からないんだぞ」
「去年はどんな嘘をつかれたんですか?」
 ハロウィンといいエイプリルフールといい、イギリスとアメリカはなんだかんだ言って仲が良い。家族じゃないとアメリカは強く否定するが、やっている事は家族間の行事だ。
「去年はカナダとフランスが結婚するって言ったんだ。そしたらイギリスは『信じるか、バーカ。もっとマシな嘘つけ』って冷静だった。イギリスは全然嘘にひっかからないからつまんないんだぞ」
「そうですか。その内容では、あまり信憑性なさそうですものねえ」
 捻りがないとは言わなかった。信じたらフランスは今頃命がない。イギリスはカナダを可愛がっている。
「イギリスは無駄に年くってる分、疑い深いんだぞ。騙す方の身になってくれよ」
「騙す方の身になって騙される人はあまりいないと思いますよ。イギリスさんをそういうネタで引っ掛けるんでしたら、フランスさんとカナダさんにも協力してもらったら、より信憑性が出たと思うのですが」
「カナダは無理だよ。彼は嘘ついた事ないから、嘘を言ったらおもいっきり目が泳いでどもるんだぞ。カナダは全然嘘をつけないから、協力にならないんだぞ。……そうそう。思い出したんだけど、そういえば去年の今頃、フランスは入院してたんだっけ」
「入院? どうかなされたんですか?」
 そんな事あったかなと日本が一年前の記憶を手繰る。
「日本は知らないんだな。なんでも突発性の竜巻きがフランスの家を直撃し家が半壊して、巻き込まれたフランスが大怪我をしたとか。災害に会ったフランスは全身の骨を折って重体だったんだぞ。でもいっけんだけ破壊する竜巻きなんて聞いた事ないよね。フランスもつくづく不運で災難だ。ヨーロッパの気候とアメリカの気候は全然違うからよく知らないけど、竜巻きは恐いんだぞ。日本にもそういう小規模だけど強力な竜巻きは発生するのかい?」
(その竜巻きの名前は、もしかして『怒れるイギリスさん』ですか? アメリカさんのついた嘘を信じたイギリスさんの激怒の襲撃突進のような気がとってもします)……という本音を隠し、日本は冷や汗をかきながら「日本にはそういう災害の報告はありませんね。フランス特有の突発的なものなんじゃないですか?」と空とぼけた。
 アメリカも罪な嘘をついたものだ。可愛がっているカナダがフランスと結婚なんて聞かされたら、信じる信じないという以前に頭に血が上って、フランスを殺しに行くに決まっているではないか。これがカナダとキューバとか、アメリカとリトアニアという組み合わせだったらイギリスも信じて泣き崩れたかもしれないが、片方がフランスではフランスの死刑執行は確実だ。
(私の名前を出されなくて良かったです)
 日本は心から安堵した。




「イギリスさんを騙したいのですか。……イギリスさんが本気で引っ掛かるネタ。……でしたらこんな嘘はどうですか?」
 日本が告げた嘘の内容に、アメリカは目を輝かせた。
「WOW、凄いぞ日本。エキサイティングな嘘だね。イこれならギリスも信じるかな」
「アメリカさんのおっしゃる事は信じないかもしれませんが、私が言えば信じますよ。イギリスさんには信頼していただいていますから」
 途端、アメリカは思いきり面白くなさそうな顔になる。若造は正直だ。
「君達のベタベタした友情は気持ちが悪いんだぞ。二人ともジメッとして男らしくないよ。男同士ならもっとスカッとした友情を育むべきなんだぞ」
 口を尖らせての抗議に、日本ははんなりと返した。
「私にも梅雨の季節がありますから、湿っぽいのはお国柄仕方がありません。イギリスさんと私は似た者同士なんですよ。同じ島国ですしね」
「イギリスと日本は似てないよ。似てるとしたら、年くって意地の悪い所くらいだよ」
「あなたは無意識に意地が悪いですね。それとも意識的に意地悪なのですか? イギリスさんを嘘で引っかけようとするなんて」
 日本が目で責めればアメリカは慌てて言い訳した。
「イ、イギリスは国民あげて嘘をつく国だからね。あの人友達少ないし、しょうがないから付合ってあげてるんだぞ。仲間はずれにすると泣いちゃうからね、イギリスは。あの人すごい泣き虫なんだぞ」
「確かにイギリスさんのところの国民のジョークはウェットにとんでいて素晴らしいですね。私も空飛ぶペンギンには感服致しました」
「あれは狡いよ。あんなの見せられたら信じるに決まってるんだぞ」
 エイプリルフールにBBCで放映された空飛ぶペンギンの映像に完全に騙されたアメリカは、悔しげに地団駄を踏んだ。国営放送で嘘八百を流すとは、イギリスの嘘は徹底している。
「私も完全に騙されました。ああいう風に騙されるならエイプリルフールも粋ですね」
 感心しきりの日本にアメリカは面白くない。手放しの賛辞を日本から向けられる事は少なく、イギリスを誉める日本に負けた気分なのかもしれない。
「日本は騙されても怒らないんだな。君はプライドがないのかい?」
「おや。あの嘘のどこに誇りを傷つける要素がありましたか? 人を傷つける嘘は許せませんが、楽しませる嘘なら、いっそ楽しんだ方が面白いじゃないですか。年に一度のジョークです。目くじらたてる方がおとな気ないですよ」
「なんか余裕で面白くないんだぞ。これだから老人は嫌なんだ」
 意見に賛同しない日本に、アメリカは拗ねる。
「悔しいなら、イギリスさんの嘘を上回る嘘で騙したらいいじゃないですか」
「それもそうだね。日本もたまには前向きな事を言うじゃないか」
 気を取り直したようにアメリカは目を輝かせた。
「今度こそ、イギリスを狼狽えさせるんだぞ。イギリスに負けを認めさせるんだ」
「エイプリルフールもいいですが、もしイギリスさんがアメリカさんの嘘を信じたらどうしましょうか? 私は人を傷つける嘘はつきたくありません。イギリスさんに恨まれたくはありませんし」
「大丈夫なんだぞ。もしイギリスがオレの嘘を信じて傷つきそうになったら、すぐさま抱き締めてやるんだぞ。『君はバカだなあ、エイプリルフールの嘘なんだぞ』ってすぐにネタばらしするから、大丈夫さ」
「それならいいですが。ああ、それから御自分が騙される可能性もあるという事をお忘れなく。なんといってもエイプリルフールはあちらが本場です。ブリティッシュジョークに引っかかっても怒らないで下さいね、アメリカさん。そのくらいの寛容さは当然ありますよね」
「大丈夫なんだぞ。のろまなイギリスの嘘になんか騙されるもんかい! オレはヒーローだからね」
 やる気満々のアメリカに、日本は溜息を吐いた。
 アメリカに破壊された可哀想な玄関の修理を頼まなければならない。余計な出費に頭が痛かった。
 ……というか、私がわざわざ買ってきたかしわ餅がっ、いつのまにか全部無くなってる!
 一口も食べてないのに気付いたら葉っぱしかテーブルに残っておらず、日本は怒りのあまり「太りますよ!」と叫んで天板を叩いた。