喜劇友情ロンド





 【#01 アメリカと日本


「にほーん。イギリスを騙すから、知恵を借してくれよ。反対意見は認めないぞ」
 突撃してきたアメリカに玄関を破壊された日本は、とりあえず額に青筋を浮かべ、物事を良く考えず周りを全く見ない若造を正座させて、説教をかます事にした。



「うう、酷いんだぞ日本。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
 一通りの説教の後アメリカを座敷きに上げ、茶と茶請けを出した日本に、アメリカが愚痴る。
 日本の瞳が剣呑に光った。
「黙らっしゃい。私の家に来るごとに物を壊しすのは最早嫌がらせの粋ですよ。立場が逆なら、弁償しろとうるさく言うくせに、説教だけで済んだ事をありがたいと思いなさい。アメリカさんは一体何歳なんですか。どうしてそう乱暴なんです。何故私の家に来るたびに物を壊すんですか。そんな風だから、いい加減大人になれってイギリスさんに言われるんですよ」
「日本、君までイギリスの味方をするのかい?」
 イギリスの名前を出され、イギリスに色々思う所のあるアメリカがヘソを曲げる。
 日本はハア、と溜息を吐いた。
「誰の味方でもありませんよ私は。私は私の家を壊さない人の味方です。……アメリカさん、私の言い方が気に入らないと怒るのはかまいませんが、逆切れしたら今まで壊された物の代金をホワイトハウスにまとめて請求しますよ。ジジイ本気です」
「……ちょっと玄関壊したくらいでそんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「ちょっと、ですって?」
 日本の眉が吊り上がる。
 強椀のアメリカが力加減を過り日本の私物を破壊する事は珍しくないが、今回のは特に酷い。
 どこをどうやったらこんな風に壊せるのか知らないが、鍵のかかった引き戸を強引にこじ開けた結果、木製のドアは真ん中から見事にまっ二つにへし折れられた。ドアを支えていた枠もいびつに歪んで傷ついている。
 ちょっと近所のスーパーに買い物に出ていただけなのに、帰宅してみたら、玄関が可哀想な事になっていた。
 悪びれないアメリカの笑顔と破壊された玄関を見た日本は、買い物袋を取り落とした。
「やあ、日本。君がいないから中で待っていようとして開けたら、玄関が壊れちゃったぞ。君の家のドアは脆すぎるよ。子供の玩具じゃないんだぞ。木と紙でできている家に住むなんて、不用心すぎる。君んちは防犯がなってないぞ」
 アメリカの頭をカチ割りたくなった日本だ。
 日本はセコムに入ってない。防犯対策を立てないのではない。立てられないのだ。
 突然訪ねてきて上がり込むアメリカや中国がいるせいで、自宅に防犯システムを入れる事ができないでいる。
 日本は一応影のVIPだが、防犯対策はゼロ、つまり自宅ではノーガードだ。フランスやイギリスや台湾に大丈夫かと心配されるほど日本の家の無防備な無警戒っぷりは安全大国ならではだったが、警戒しなければならないのが自国の泥棒ではなく他国の代表というのだから、警戒の仕方にも並々ならぬ気遣いが必用だ。
 破壊された玄関を前に、日本は最早溜息しか出てこない。そろそろ心を鬼にして防犯対策に務めようかと真剣に考える。
『国』を不法侵入で警察に突き出すわけにもいかないと思っていたが、その甘さが徒になっていつも胃が痛い思いしている。最近胃薬が手放せない。
 イギリスのように妖精が守ってくれるわけでもない家なので、いい加減どうにかしたいのだが、下手に防犯対策して、不法侵入者のアメリカや中国を警察署まで引き取りに行くのは、とても面倒臭い。
 アメリカや中国の事だから、自分に非があってもそれを認めず逆切れして怒るだろう。身勝手もここまでくると極まれりだ。正直羨ましい。
 日本は先を読める自分が憎かった。
 いっそヨンスのように後先の事を全く考えずにいられたらと、おバカな義理の弟を羨ましく思う。我侭は言った者勝ち。いつだって得をするのは狡い人間の方だ。知恵が回るというのは良い事ばかりではない。



「……で、今回のアメリカさんの訪問の目的は、エイプリルフールですか?」
「DDDD。そうなんだぞ。見事な嘘でイギリスを騙してやるんだ。どんな嘘がいいか考えたんだけど、一人より二人の方が、良い考えも二乗で沢山出てくるんだぞ。日本も協力してくれるよな」
 溌溂とした笑顔を向けられ、なんで私が……と日本は溜息を吐く。日本にアメリカのサプライズに協力する理由はない。
 ハロウィンの時もこんな感じだったと日本は苛立ち半分、諦め半分で肩を落とした。
(そういえば、あの時も風呂場外の格子を破壊されたんでしたっけ)
 わざわざアメリカが日本に来たのはハロウィンの件で味をしめたからかもしれない。それにアメリカは『国』の友人は少ないから、日本以外頼る者がいなかったのかもしれない。
 アメリカはハロウィンでイギリスに悲鳴をあげさせた事がよほど嬉しかったらしい。
 八十八回目にしての初白星だから気持ちも分らなくはないが、自分を兄弟コミニケーションに巻き込むのは止めて欲しいと本気で思う。
 しかし一方でお祭り騒ぎが嫌いではない日本は、アメリカに巻き込まれる騒動の楽しさが嫌いではなかった。腰が重く引き蘢りがちで面倒な事は嫌いだが、腹をくくって腰をあげてしまえば、逆に開き直ってとことんまで楽しまないと損とばかりにはっちゃけるのが日本だ。
 今回のアメリカが持ち込んだ騒ぎはそう厄介な事ではなさそうなので、日本は早々に腹をくくる事にした。
 アメリカ相手に抵抗しても無駄なのだ。




NOVEL TOP #02