02/上司とKOH
うきうきしているスカイハイにCEOが
「何かいいことでもあったのかね?」と聞いた。
短いミーティングの後、ウキウキワクワク、オノマトペが具現化しそうなキースの様子に、CEOは気になって聞きいた。
「そうなんです、聞いて下さいよCEO。わたしは今恋いをしてるんです、片思いの最中なんです」
コイバナきたよっ。
キースが同性愛者だと知っているCEOは正直複雑な気持ちになったが、多忙な仕事っぷりに加え、正体を知られないように行動に制限を儲けられ色気の欠片もないプライベートを過ごしているキースに同情している上司として、キースの片思いを歓迎した。
……ゲイだけど。
本音は全然歓迎してないけど。
できる大人のCEOは気を取り直す。
「あー片思いという事は、相手はキースの気持ちを知らないんだね?」
「知っていたら片思いとは言いません」
「いや知っていても片思いは片思いだろう」
「いいえ違います。あの子がわたしの気持ちを知る時は恋人同士に一歩近付く事を意味します」
恰好良い事を言っているが。
「……あまり強引な事はするなよキース」
CEOは少し不安になって言った。
片思いを諦めず頑張る……といえば聞こえはいいが、言い換えればある意味厄介なつきまとい。相手にその気がなければいっきに迷惑野郎に格下げだ。
恋愛感情、プラス迷惑、プラスつきまとい。
それを人はストーカーと呼ぶ。
キースの恋は美しい女性に向うのではなく、常に凛々しい男性相手だ。…とすると。どう考えてもうまくいくとは思えない。
キースが好きになった相手が同性愛者である確率は限り無く低い。
キースはガチゲイだが、恋する相手はなぜかノンケばかり。だからいつも片思い。切ない。
相手に不自由しないはずの爽やかイケメンは、実は不自由だらけだった。世の中うまくいかない。
「……それで相手は……誰なんだ? コーヒーショップの店員か? それともバーで知り合った男性か? ……いやまて。『子』と言わなかったか今?」
「ええ、まだ子供なので。……といっても、もし女の子だったら結婚できる年なので問題はありません」
「大問題だ!」
CEOは頭を抱えた。
株価暴落にも動じないボスなのに。
キースは虎徹と同じ反応だなあと呑気に思った。
キースが恋愛相談すると、どうしてみんな似たような反応をする。
そういう態度が普通なのだろうか。
今度ワイルド君に聞いてみようとキースは呑気に思った。
「……あ、相手は誰なんだ? 公園で会った高校生にでも一目惚れしたのか、どうなんだ?」
キースは嫌がる相手に強引に迫る男ではないが、空気読めず人との距離を間違える事がよくある。
CEOは危機感に慌てると同時に、可愛がっているヒーローに深く同情した。
ああスカイハイは今度もまた失恋するのかと。
真正ゲイのキースが奇跡的に女性に惚れて、だが結局失恋した切ない結果を知っているだけに、CEOはキースに強く出られない。
『薄情な女の事は忘れろ、失恋の傷を癒すには新しい恋だ。誰か他の人間を探せ』と言ったのはCEOだ。
キースが失恋の傷を乗り越えて新しい恋をしたのなら応援してやるのが筋というものだ。
……が。
キースはゲイだったのであんまり応援したくないなあとCEOは秘かに思っていた。
同性愛に嫌悪感はないが同調もしない、異性にしか興味がないCEOはキースの同性にかける熱い想いがちっとも全然理解できなかった。
なぜガチムチがいいのだ?
スカイハイの唯一にして無二の欠点。…とCEOは思っていた。
「相手は折紙君です」
にっこりと。照れと自慢と幸福感をブレンドしたような天使の笑顔にCEOは耳を疑った。
折紙? 折紙って……知ってるぞ!
一人しかいないじゃないかっ!
CEOの脳裏にいけすかないライバル社の経営者の顔が浮かび上がる。
(よりによってあいつん所のかよっ!)
軽薄っぽい眼鏡の顔が頭を掠めて瞬間沸騰する。
多少金を持っているからって若造のくせにでかい顔しやがって! 所詮成り上がりだろう!
しかし実力がなければ成上がれないのも事実だ。
「折紙……って、折紙サイクロン? あのドベヒーロー? 見切れるしか脳のないヘリペリのマスコットキャラ? なんでそんな相手を?」
折紙サイクロン。確かにマスクの下の顔は良かったが。
ヘリペリデスファイナンスはシュテルンビルトの金融を一手にまとめる金持ちで新参者で若くて実力があって、それゆえ古参のポセイドンラインと仲が悪い。
(若造がでかい顔すんじゃねえっ)
(うるさい、老体は早く引退しろっ!)
…いつの時代も若者と老年の諍いネタは変わらない。社長になろうとヒラだろうと共通しているのだからある意味平等かもしれない。
CEOは部下の正気を疑って、説得する。
ほとんど単なる私怨。大人気ない。
「やめなさい、あの小僧だけはっ。あんな無能な子供がスカイハイと同列のヒーロー扱いされているだけでも業腹なのに、よりによって、キングのスカイハイが片思いだなんて許されるわけがないだろう。せめて相手がバーナビー・ブルックスJr.だったら許せるものを」
よっぽどヘイペリが嫌いなのかCEOは冷静を欠いてキースに詰め寄った。
もしキースがバーナビーに恋したら「キングの名を争うライバルじゃないか」とかなんとか言って、やっぱり反対しただろう。
ポセイドンラインのCEOは立派なスカイ拝だから、キースが他の人間に夢中になり一喜一憂させられるのが嫌なのだ。
……なんて分りやすい裏事情をまったく読まないのがキースだ。
「イワン君は可愛いんですよね。そして恰好良い! 一見気弱なのに芯は男らしくて。可愛い系は正直好みじゃなかったのに、今わたしは折紙君に夢中なんです」
晴々と言って欲しくなかったが、暖簾に腕押し、キースに説教だ。
己の正義を信じる男は他人の意見をあまり聞かない。
そして恋愛は理屈じゃない。
「そんなに好き……なのか? 折紙サイクロンの事が」
CEOの知る折紙サイクロンはコミカルな衣裳とおかしな口調の見切れ職人。
中身が少年だというのは知っていたが、今まで気にした事はなかった。スカイハイのライバルたりえる実力があったなら多少気にかけもしただろうが、最下位のヒーローでは心に擦りもしない。CEOは忙しいのだ。
それより『ヘリペリざまあ、うちのスカイハイに比べてなんてちっぽけなんだろう、なんだよ見切れってバッカじゃないのか』……なんて思っていた。
犯罪者確保よりスポンサーアピール重視の折紙サイクロンはヒーローとしては異質で、だからこそ問題にすらならない存在だった。
なのにまさかのトンビに油揚。スカイハイ一本釣り。
拙者見切れだけでは終わらないでござるよ。……可愛い顔してとんだ狐だ。
全部逆恨み。
「はい、大好きです。だから必ず恋人になります」
高らかに宣言するキースにCEOはそりゃ無理だろうと思った。
キースはいい男だし、女だったらキースほどの男に想いを寄せられれば、その気がなくてもよろめくかもしれないが、折紙サイクロンは男だった。
いくらなよっちいとはいえ、中身は普通の男だ。キースに迫られて嬉しいわけがない。
というか、普通逃げる。
「……期待している所言いたくないが、ヘリペリんところの小僧がゲイだとはとても思えない。……だからあまり期待せずに慎重に行け」
スカイハイがゲイだとバレれば厄介だ。
大人なら圧力かける事もできるが、イワンは他社のヒーローで、バックにいるのは厄介な金融会社。金と権力持ってる生意気な若造。
折紙サイクロンに恨みはないが、その保護者には恨みてんこもりだ。
親の心子知らず。
キースは上司の苦悩も知らず片思いに心弾ませて今にも飛んでいきそうだ。
「今までうまくいきませんでしたが、今回は諦めないで頑張ればきっとうまくいく、そんな気がするんです。今までの失恋の数々はきっと、折紙君と結ばれる為の試練だったに違いありません」
何を根拠に言ってるのだろう。天然厄介。
CEOはツルツルの頭を手で抱える。マジ頭痛。
キラキラ輝く瞳は一点の汚れもなく美しいが、CEOは溜息しか出てこない。
「何を根拠に。頑張るのはいいが…折紙サイクロンはたぶん…いや絶対……ゲイじゃないぞ」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なんだ?」
「ゲイじゃなくてもいいんです。わたしを好きになってもらえればどっちでも」
「普通の男は男を好きにはならないものだ…」
キースを傷つけたくはないが、ままならないものはどうやってもままらないとCEOは心を鬼にする。
ライバル社のヒーロー云々以前にまっとうな少年が男に口説かれたらどう思うか、少年時代の気持ちなんてとっくに忘れ果てたCEOにだって分る。
皆の憧れスカイハイがゲイ野郎扱いされるなんて冗談じゃない。
しかし……イワンの気持ちをどうにかする事なんて誰にもできない。
キースは上司の気持ちも知らず上機嫌だ。コイバナ相談できて嬉しい、という所だろう。
「ワイルド君も『頑張れ』って言ってくれましたし、わたしは不屈の男です。一度や二度断られたからって諦めません。絶対に可愛いイワン君と恋人になってみます」
(そんな事言ってねえっ!)ここにいない虎徹が叫ぶ。
CEOは虎徹に殺意を抱いた。
無責任な事言うんじゃねえ。あの借金製造ヒーローめ。負債にまみれて潰れてしまえ、と呪った。
「わたしはイワン君を好きになりました。わたしの恋を応援して下さいますよねCEO?」
キラキラキース。瞳にはお星様。
CEOはダメだとは言えなかった。
だが。
頭の中で失恋してショボンハイになったキースを慰める算段を何通りもしていたのはキースには秘密だ。
その頃イワンは何度もくしゃみをして『花粉症かな?』と呟いていた。
『あなたと私の生存戦略』(オフ/発行済)に続きます。…というかまんま前哨戦。
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