あなたと私の生存戦略・前哨戦



01/おじさんとKOH


「えっと……。まさか……折紙に惚れた……とか? まさかな、ははは……あるわけないか。……ははは……は……?」

 虎徹の語尾が知り窄みになる。
 何故なら深紅のチークを刷毛で塗りたくったようなキースの真っ赤な顔が目の前にあったからだ。
 虎徹の思考が一瞬止まる。
(おいおい)
 虎徹のお節介気質が起動した。
「スカイハイッ……おまえぇぇぇっ! 折紙は未成年だぞ!」
 虎徹の言葉を聞いたキースは、何の疑いもなく正解に辿りつく。
「わ、わたしがイワン君を? そ、そうだったのか。なんて事だ! 全然気が付かなかったよワイルド君! 気付かせてくれてありがとう、そしてありがとうだ! わたしはイワン君が好きなんだ、そして大好きだ! なんて素晴らしいんだ! わたしは今折紙君に恋してるのか!」
「それ言いたいのはこっちだよ! ……そのまま一生気付かずにいれば良かったものを……」
 虎徹が悔いてもあとの祭りだ。
 言ってしまった言葉は元に戻せない。
 キースの瞳は恋という甘酸っぱい想いの前にキラキラ輝いていた。
「そうか。わたしは折紙君を愛していたのかっ! 子供だし、守備範囲ではなかったから気が付かなかったよ、そしてうっかりしていた。なんて事だ。ワイルド君! わたしの狭くなった視野に気付かせてくれて感謝だそして感謝だ。……そうだ。そういえばイワン君の外見は好みではなかったが、中身は私好みだった。これから大人になればイワン君は凛々しく成長するだろう。うん、きっとそうだ。いや成長しなくても構わない。今のままで充分だ。イワン君は可愛い、そして恰好良い。わたしはあの子の全てが大好きだ」
 今まで気付いてなかったくせに大した肯定ぷっりだ。
 掌を返す……とまではいかないが極端すぎる。
 しかしこれがスカイハイ。
 裏がない、ブレない。そして前向き。
 視野狭窄ぎみのため、時々ポジティブがはた迷惑な方向に走る。
(やばい、変な方向にスイッチ入った)
 脳天着なスカイハイに虎徹は頭痛を堪えながら言った。
「おいおいスカイハイ。無茶すんなよ。折紙はああいう性格だから周りの影響を受けやすいし、それにお前の事をすっげえ尊敬してんだぞ。お前の言動にゃ影響されまくるんだ。恋愛に浮かれる気持ちは分るが、その前に師匠としての分別を忘れんじゃねえ。……つか、第一折紙は未成年だ。正義のヒーローが淫行すんじゃねえぞ。ガキ相手だって事を忘れんな」
 大人としての当然の忠告。
 自分が変なスイッチ入れてしまったのでなんとかしなければと、慌ててフォローする虎徹。
「何を言っているんだいワイルド君。私がそんな愚かな真似をするとでも?」
「そ、そうだよな。さすがのスカイハイでも分別あるよな。すまん、早とちりしすぎた」
 虎徹は『なんだ。勘違いか。自分恥ずかしい』とちょっと照れる。
 キースは『ワイルド君、何を心配してるんだい? 何も心配する事なんてないぞ』という曇りなき顔。
「大丈夫、ちゃんと始めから彼を口説くよ。私は粘り強いんだ、そして諦めない! 彼の全てを手に入れる為に手を抜かず、誠心誠意努力するともっ」
 キースは雲一つない秋空のように澄んだ表情で言い切った。
「全然分ってねえぇぇっ! だ・か・らっ! お前の恋愛の邪魔はしねえが、ガキ相手にマジになるのは止せって言ってんだ。せめてあいつが二十歳過ぎるまでは手ぇ出すんじゃねえよ。正義の名が地に落ちんぞ。頼むから頭冷やせ」
 言っても無駄かもしれないが、虎徹は言わずにはいられなかった。
 うっかりスカイハイ自身が気付いていなかった恋心を指摘してしまったのは虎徹の痛恨のミス。
 ……まあいつもの事だけど。
 虎徹はキースをたき付けてしまった責任があるから、イワンに対し罪悪感があった。
 ……というかバニーちゃんだのネイサンだのに知られたら絶対に怒られる呆れられる。
『これだからおじさんは……』というバーナビーの軽蔑したような半分諦めの視線が、想像だけでも痛い。
 喧嘩なら負けないが、この人には期待するだけ無駄期待した僕がバカだったなんで僕はこの人を信じたんだろうバカだなふふふ………みたいな諦めの視線が本当に心のブスブス刺さるのだ。
 虎徹はなんとか反撃してみる。
 徒手空拳でやっても無駄だと分っていたが。
 ……というかおじさん同性愛とか美少年趣味とか全然分んないんだけど。
「……だいたいなんで折紙なんだ? あいつ、お前のストライクゾーン外れてんだろ。お前の好みは……大人の男だろ」
「そうなんだ。だからワイルド君に言われるまで気付いていなかったんだが……。イワン君はまだ子供だし、顔が綺麗すぎる」
「綺麗じゃダメなのかよ、普通は綺麗な方がいいと思うんだけど。お前の好みって……男らしい男だもんな」
 虎徹は言いたくない本心ダダ漏れの顔で言った。
「どっちかっていうとワイルド君の方がわたしのストライクゾーンに入っているんだが」
「止めてくれっ。俺はストレートのドノーマルだっ! ……綺麗系なら折紙じゃなく、まずはバニーちゃんに行くんじゃね?」
 虎徹の相棒は同性が嫉妬するような美男子だ。
 ヒーローはなにげに美形率高い。
 キースは少し考えてやっぱり違う、という顔になる。
「バーナビー君は、彼は良きライバルだよ。……そうだね、彼の事を恋愛対象と意識した事はないな。……何故なんだろうね。バーナビー君はハンサムなのに。……もしかしてわたしはバーナビー君に会う前からイワン君の事が好きだったのかな? だからバーナビー君がまったく気にならなかったのかな? どう思うワイルド君?」
「俺には分んねえよ。お前の気持ちも、好みも」
 虎徹は疲れたように言った。
 誰も……虎徹とキース以外いないトレーニングルームで尋常ではないコイバナの花が咲く。花の色はきっとイワンの瞳のような紫色だろう。


 古参組……というか虎徹とネイサンしか知らない事だが、キース・グッドマンことKOHスカイハイはガチなゲイだった。真性だ。
 このトップシークレットを知っているのは、スカイハイを擁するポセイドンラインのCEOと、身体は男だけど心は乙女、恋愛の波長は見逃しませんな勘の良いネイサン、そして面倒見が良くてうっかりスカイハイの性癖を知ってしまった運の悪い虎徹だけだ。
 その事がポセイドンラインCEOにバレた虎徹は何枚もの書類にサインさせられた。
 ようするにスカイハイが同性愛者だってバラすんじゃねえぞシュテルン湾に浮かびたくねえだろ圧力かけて今まで破壊した物件の賠償全部背負わせんぞ……という明白な脅し。
 ワイルドタイガーとばっちり。
 しかしCEOの保身も分らなくはない。
 キース・グッドマンという男はまさに王者といっていい人間だ。一点の曇りもない。
 顔が良くて仕事ができて温和で善良。仕事へのモチベーションが高く努力を厭わず、悪意の欠片もない。
 一見完璧だ。そんな人間いるわけねえ……のだが、いる所にはいるのだ。
 完璧な釣書。…に見えるが、残念な事に性格が一部残念だった。
 清く正しい努力家の男の何が残念なのかと言うと、つまりは悪意がなさ過ぎて『普通』の基準を時々外れてしまう。
 一言で言うと……天然。
 天然は貴重だが、それが価値あるものかといえば正直微妙。責任ある立場で天然というのは、社会人としてどうなのだろう。取扱いに時々困る。
 しかも。キースは異性に不自由しない容姿をしていながら、女には興味のないガチゲイだった。つまり同性愛者。
 それがCEOの悩みの種だった。
 最高のヒーローを誕生させたポセイドンライン。
 スカイハイは市民中のアイドルでヒーロー。
 中身まで最高の男だ。
 しかし。
 ……ゲイだった。
 完璧な人間はいない。いい例だ。
 いや、同性愛者を見下すつもりはない。
 ないのだが……。
 シュテルンビルトは割合、同性愛者に寛容な都市だが、ヒーローがそうだと知られればファンは離れていくだろう。
 いつの時代も保守派は多く、出る杭打たれる。
 スカイハイは功績だけではなく、そのひととなりまで素晴らしい。
 …なのに性癖だけで市民に軽んじられるのは我慢ならないと自身も立派なスカイ廃のCEOはキースに自分の性癖を隠すように命じた。
 スカイハイも天然ではあったがバカではなかったので上司の言いたい事を察して頷いた。
 スカイハイが上司の前でイイコなのはもともとの性格もあるが、CEOがスカイハイの好みだからだ。誰しも恰好良い相手の前では素直になる。
 スカイハイが好きになるタイプは男らしい男、だ。仕事ができるとなおいい。
 ポセイドンラインのCEOはハゲだが、企業のトップに立つ実力と内面から滲み出る貫禄があった。
 キースは正直だったので素直にCEOが好みですと言って憚らない。
 恋ではなかった。男が美女をみんな好きなように、キースはいい男が好きなだけだ。