池沢佳主馬中学生日記







 04


 見下す佳主馬の眼差しに、少年達の自尊心が傷つく。
 モテない男の僻みはみっともないと言われているようで、気のある少女の心を奪っていった生意気な少年に対する悪意は急速に膨らんだ。
「池沢、てめえっ」
 空気は一気に緊張し悪意に満ち、一触即発の危うさを孕んだ時だった。
「あのさぁ。そっちのクソ生意気な池沢ってガキは気に入らねえけど、言い分は正しいと思うぞ。なんでお前ら振られた女達にコクらねえの? 指銜えて見てるだけで、振った男に嫉妬して嫌がらせなんて、なんか違うだろうが。そっちの方がみっともなくね?」
 わし鼻のガタイの良い三年が気の抜けたような声で言った。
 緊張感が折れる。
「……え?」
「そんな……」
 周囲の少年達が戸惑った顔を味方の筈の先輩に向ける。
「だってそうだろ。池沢ってガキは生意気で気に入らねえけど、そいつは女にモテたいなんてこれっぽっちも思ってなくてチャラくもねえ。女にテキトー言ってチャラい顔してるヤツなら一発入れようと思ってたけど、その気のない女に言い寄られたから断ったっていうのを責めるのはなんか違くね? それに、そっちの玉木ってやつ。池沢の言うとおりだろ。池沢と女が付合うのが嫌なら、池沢が女を振ったのは逆にチャンスじゃねえか。傷心の女ゴコロってやつにつけこんで自分に惚れさせりゃ勝ちだろ。なんで何もしないでグダグダ池沢に絡んでんだ。どう見ても池沢の方が正しいだろ」
 筋が違うじゃねえかと先輩に言われ、玉木は焦る。
 素朴な感想に動揺したのはそれが図星だからだ。
 玉木に告白して振られる勇気はない。同級生の少女に振られてずっと同じ教室で過すなんてプライドが許さない。振られるのが嫌だから告白なんてしない。
 だからもっともらしく聞こえる言い訳を重ねる。
「それは……。だって泣いてる女につけ込むのは卑怯じゃないですか」
「そうですよ」
 周囲の少年達は玉木に賛同する。
 わし鼻の三年はそうか?と納得しきれない顔だ。
 腹に据えかねていたのは少年達だけではないというのを、囲んだ少年達は忘れていた。
 佳主馬は悠長な性格ではない。今まで我慢してきたのは、周りが何をしたいのか分らなかったからだ。
 彼らの目的が分かったからにはもう用はなかった。
 佳主馬は玉木の胸ぐらを掴んだ。
「ざっけんな!」
「っ、池沢?」
「卑怯? どっちが! おまえらの方が卑怯じゃないか。しかも告白もできない軟弱者ばかり。呆れてまともに相手をする気にもなれやしない。おまえらみたいなタマが欠けたような半端者なヤツらが語る男らしさなんてその程度なんだよ。こんなバカ達に付合ってるなんて、時間の無駄だ」
「んだと! 誰が軟弱者だって? もう一度言ってみろ」
「図星つかれて動揺? 見抜かれてないと思った?」
「違う! 汚いのは池沢の方だ」
 玉木は必死に怒鳴る。
 言い負かされれば大義名分を失い、佳主馬への追求はただの醜い嫉妬になり下がる。玉木は怯む気持ちを大声で隠した。
 佳主馬はせせら笑った。佳主馬もまだ子供だった。
 感情のまま相手を追い詰める事に快感を感じて手加減を忘れた。
「俺のどこが汚いんだ? 言ってみろよ。おまえらはただ単に自分が可愛いだけだ。自分のプライドを守りたくて、俺に都合の悪い事を押し付けて自分を正当化してるだけだ。大勢でつるんで間違いを認めようとしない。そういうのをバカっていうんだ」
「池沢っ! テキトー抜かすと…」
「おまえらは誰かを本気に好きになった事もないくせに、好きになったつもりでチャチなプライドかざして悦に入ってるだけの自己満足野郎だ。浅いんだよ」
「池沢っ、てめえっ」
 玉木が佳主馬に掴み掛かる。佳主馬も負けていない。
 二人は互いの胸ぐらを掴んだまま睨み合った。
「だいたいてめえはいつも偉そうなんだよっ!」
「だからどうした!」
 佳主馬は言い捨てる。
「偉そうで何が悪い!」
 佳主馬は怯まない。
「俺が気に入らないなら正々堂々と一人で来いよっ。恋だの振られただの、女ダシにしていちゃもんつけんな」
「女泣かせておいてなにがくだらないだよ。人の気持ちを踏み躙っていいと思ってんのか」
「本気で踏み躙るつもりなら、適当にOKして適当に付合ってポイするさ。……けど、誠実通すなら本当の事を言うしかないだろ。言葉が優しくない? 酷い振り方した? んなの知るか。半端に優しくする事に何の意味があるんだよ。好きになれないなら正直に言うしかないだろ。玉木のは単なる逆恨みだ。おまえらは自分が一番可愛いだけだ。女に振られた自分が可哀想だから俺が許せないだけだ。本当にその女が好きなら、なりふり構わず口説くだろ。そうしないのは、振られた女につけこむのは卑怯だとか男のする事じゃないなんて言ってるうちは、相手の事が本当に好きじゃないんだ。相手より自分の方が好きで、てめえが可愛いだけだ。そんなナルシスト野郎に逆恨みで絡まれるなんて迷惑なんだよ。俺の言う事が違うっていうなら、どんくらい相手が好きか俺に言ってみろ」
「うるせえっ!」
 殴り掛かる玉木の手を止めたのは、何故かわし鼻の先輩だった。
「ちょっと待て、そっちの一年。…じゃあ聞くが、池沢には好きな女はいないのか? 振られた女につけこむのが卑怯じゃないって言うなら、ちゃんと説明して周りを納得させてみろ」
 宥めるように言われ、佳主馬は舌打ちしかける。
 一応助けられた形になるのだろうか。
 男は終止のつかないもめ事をまとめようとしているらしい。
 自分達のしている事のバカバカしさと佳主馬が悪いのではないと途中気付き、理不尽な吊るし上げが面倒臭くなったらしい。











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