山本の嘘 (獄ツナ前提 ツナ←山本→獄寺)




「じゅうだいめー。補習終わりましたかー?」
 脳天気な獄寺の声がドアの開閉と同時に響いた。
 ナイスタイミング獄寺。
「ご、獄寺君!」
 ツナが突然の乱入者にビクリと身体を揺らす。
「……十代目? まだ補習途中っスか? 俺、手伝いましょうか?」
「あの……」
 顔色が悪いツナと前にいる俺を見て、獄寺がピンと来たようだ。
「山本、テメエ、十代目に何かしやがったのか?」
 俺はニカッと笑って言った。
「俺、獄寺の事好きなのなー。だから口説いていいかツナに聞いたんだけど、ツナって答えないのな」
「はあ? 山本、お前とぼけてんじゃねえよ。寝言いってんのか?」
 獄寺が阿呆かって顔してる。相変わらず表情豊かなヤツ。
「いやマジで。獄寺、俺と付き合わねえ? 俺マジ獄寺の事好きだし」
 真面目な顔をして言えば、ツナの顔は増々強ばり、獄寺も変な顔になる。
「面白くねえ冗談言ってんじゃねえよ!」
「獄寺」
「ンだよ?」
「獄寺は人の気持ちをンな風に誤魔化すのか?」
 そう言えば獄寺はさっきのツナと同じ顔になる。
 困ってる、困ってる。
「俺は…………お前とは…………付き合えない」
「ふーん。……それって俺が失恋するって事だよな」
「ああ」
「んじゃあ、失恋した俺がツナに慰められてツナの事好きになっちまうって可能性もあるよなー。ツナ優しいし」
「そ、そんな事許せるわけねえだろ。十代目を穢すなっ!」
「獄寺の許可はいらないのなー」
「ダメだ、ダメだ、ダメに決まってる!」
 食ってかかる獄寺の顔が近い。俺はニヤリと笑う。
「どうして?」
「どうしてって……じゅ、十代目は笹川が好きなんだぞ」
「そんなの知ってるって。けど人を好きになるのは自由だし。ツナは俺の事スゲエ好きだし、もしかしてその気持ちがちょっと方向を変えるって事も無きにしもあらずだよなー」
「んな事にはならねえっ!」
 俺は笑顔を消した。
 真剣に獄寺に問う。
「……どうして分かる、そんな事が?」
 急に態度を変えた俺に、獄寺は更に狼狽える。
「だって十代目は……」
「ツナは今、笹川が好きだ。けど未来は分からない。人の気持ちは変わる」
「けど……」
「ツナが俺を好きにならないとは限らない」
「……うっ」
 獄寺は反論できない。
 困った顔も可愛いなあ。たまには俺に怒った顔以外を見せろよ。
「だからさ、獄寺は俺と付き合おうぜ」
「は?」
「さっき言っただろ。獄寺が好きだって」
「はあ? 山本は十代目が好きなんじゃ……」
「俺が好きだって言ったのは獄寺だぜ。ツナを好きだなんて言ったか俺?」
「ええと……」
 獄寺って頭が良いのに、馬鹿だよなあ。そこが可愛いんだけど。

「山本……。山本はどっちとつきあいたいの?」
 ツナが真面目な顔で聞く。

 ツナは俺が好き。……………親友だから。
 ツナは獄寺が好き。…………惚れてるんだよな。
 俺はツナが好き。……………マジ惚れてる。
 俺は獄寺が好き。………………馬鹿なアイツに惚れちまったのが運のツキ。

 失恋決定の可哀想な俺。
 恋のライバルが惚れた相手ってどうよ?
 略奪愛すらできねえじゃん。
 どっちにも嫌われたくねえし、泣かせたくねえ。
 なので俺は獄寺の言うところの偽善者でいようと思う。全く良いヤツ役も楽じゃねえ。
 俺はマジモードになっているツナに言った。
「今は春休みなのなー」
「だから?」
「昨日三月の終わりだったよな?」
「うん、それで?」
「ツナ、今日は何月何日だ?」
「何月って……だから今日から四月一…………あっ!」
 ツナは壁に掛かったカレンダーを見て気がついたようだ。
「えええっ? ……そ、そうなの?」
 ツナは半信半疑だ。
 俺はニヤリと笑う。
「昨日ツナのイタリアのオジサンと賭をしたんだよな。ツナをうまく騙せたら巨人戦のチケットくれるって」
「オジサンてディーノさんの事? ディーノさんが来てるの?」
「おお。昨日うちで寿司食ってった。サビ抜きの」
「そんな……」
 ツナが脱力する。今までの会話が全部嘘だと知って緊張が溶けたのだろう。
「おいコラ。どういう意味だ?」
 俺がツナと会話してるのが面白くないって顔で獄寺が聞く。
「今日はエイプリールフールなのなー。ツナのオジサンがせっかくの行事なんだから楽しめって言ってたぞ」
 獄寺の顔付きも変わる。額に血管が浮く。
「おい…………じゃあ、今言った事は全部嘘なのか?」
「だって俺って男は好きじゃないしー。ツナくらい可愛かったら話は別だけど?」
「貴様まさか本当に十代目を?」
「だからエイプリールフールなのな。獄寺って絶対『オレオレ詐欺』に引っ掛かると思うぞ。ツナが怪我したって電話が掛かってきても振込みしちゃダメだぞー」
「テメエ、果たす!」
 獄寺が懐からダイナマイトを取り出した。
 いつも思うけど、一体どこにあの大量のダイナマイトをしまってるんだろ?
 あんな数隠せやしない筈なのに、外見からは全然分からない。チビの言ったとおり獄寺は四次元ポケットを持ってるんだろうか。
「ぎゃー、獄寺君、ダメだよっ!」
 ツナが獄寺を止めようと腕にしがみつく。
 獄寺の顔が真っ赤になる。
 うーん、分かりやすい。
 二人とも青春だな。
「しかし十代目……こいつが十代目と俺に愚弄を…」
「山本の嘘なんかリボーンのつく悪質な嘘に比べたら可愛いものじゃないかっ。……そ、そうだ。折角だし俺も獄寺君に嘘をつこうかな?」
「え、十代目?」
「俺、獄寺君の事が大嫌い」
「ええ、十代目?」
 嘘ですよね? と獄寺は泣きそうだ。
 ツナも意地悪モード?
「…の反対だよ。俺……獄寺君の事…………好き」
 あ、ツナの声が空気に溶けた。
 二文字が優しい音になってジンワリと耳に響く。
 本気の言葉って心に吸い込まれるよな。
 うわ……結構クるなあ。目の前で言われると胸が痛え。
 良い人って辛いよな。
「……十代目?」
 ポカンと阿呆面な獄寺。
 いつもだったら『光栄っス、十代目!』とでも言うのに、流石に本気の言葉には戸惑うのだろう。
 でも、ツナは言った端から後悔している。顔が陰っている。
 ツナの気持ちは金庫の中なのだ。決して鍵は開けられない。
 ツナがそう決めている事を俺は知っている。
 ツナの気持ちは知られちゃマズイものだから。
 隠してるつもりで結構ダダ洩れだけどな。
「獄寺ってやっぱり騙されやすいのなー。だからエイプリールフールだって言ってるじゃん」
 俺はなるべく楽しそうに言ってやる。そうしてツナにウインク。
(知ってるよ、俺は)という合図。
「ええっ…………あの、嘘なんスか?」
 ツナは俺のフォローにホッとして獄寺に言う。
「さあ、どっちだろ? 今日はエイプリールフールだし。何が嘘で何が本当だろうね。俺が今『嘘だよ』って言ったとして、それも嘘かもしれない」
「そんな……」
 困る獄寺。ツナの気持ちが知りたいって?
 馬鹿だな、こいつ。
「俺、ツナが好きなのなー。これって嘘じゃないぞ」
「俺もだよ、山本」
 俺の迷いのないいつもの顔にツナは一安心。
「や、山本の事は好きなんですか? じゃ、じゃあ俺の事は?」
 獄寺の泣きそうな声と顔に、ツナはどうしよう? って顔だ。
「獄寺君は右腕がいいんでしょ? 右腕就任は信頼の証だけど、『好き』って感情とは別だよね。右腕でも好きとは限らないし、信頼と愛情は違うものだよね」
 ツナも意地悪だよなあ。獄寺のヤツ、本気で泣きそうになってるぜ。
「十代目…………お、俺の事………………きききききき嫌い………………なんて事は…………ないっスよね?」
 これから自分の上に核爆弾が落ちますって言われたような顔だ。
 獄寺、ポーカーフェイスって言葉知ってる?
「ダイナマイト仕舞ってくれたら好きになるかも」
 秒速でダイナマイトを隠す獄寺。
「あはは、獄寺。泣きそうなのなー」
「うるせー誰が泣くか!」
「獄寺は失恋したら俺の胸で泣けばいいのなー」
「ダメだよ、山本。獄寺君とそんな事しちゃ」
 お、ツナの迷いのない声。
「じゃあツナが慰めるのか?」
「獄寺君は俺の右腕だから、許可なく失恋しちゃダメなの」
「ツナは無茶なのなー」
「黙れ、山本。十代目。十代目のおっしゃる通りです。俺は勝手に失恋したりしません」
「あははは、獄寺って馬鹿なのなー」
「なんだと、この野球馬鹿がっ!」
「獄寺はツナ馬鹿なのな」
「果てろっ!」
「ダイナマイト出すとツナに嫌われるのなー」
 ツナの顔を見て速攻でダイナマイトを仕舞う獄寺。
 出す前と後で体型が変わらない。一体どこに仕舞ってるんだ?
 しかしダイナマイト大量に所持してタバコを吸うってどうよ? 火薬庫の前で花火するようなものか? よく引火しないよな。
「そうだ。賭に勝ったから野球見に行かねえ? チケット三枚あるぜ?」
 俺が誘えばツナは「勿論」とうなずく。
「ちぇっ、しょうがねえなあ。行ってやるぜ」
 獄寺はまんざらでもなさそうな顔だ。ツナと一緒に出かける口実があれば何でもいいのだ。
「獄寺は誘ってないのなー」
「なんだと!」
「というのも嘘なんだよなー」
「お前なあっ……」
 獄寺の顔ってやっぱり綺麗だよな。睫なんか天然でカールされてるし、顔立ちは濃いのに繊細さもあって、美しいのに全然女っぽくない。全体で色素が薄くて、まるで同じ人間じゃないみたいだ。
 日本人ののっぺりした顔とは比べものにならない。グラビアの中の人間みたいだ。
 稀な美少年てヤツか? …これって惚れた欲目かな。
 おっと、獄寺を構うとツナが心配する。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
 補習も終わりだと帰り支度をする。


 校庭に出ると桜がまっさかり。ピンクの花びらが雪のように風に舞ってちょっと幻想的だ。女子じゃないけど、いいなと思っちまう。
 今年の花見はどうするんだろう。またいつものメンバーでやるのかな。
 獄寺は間の抜けた顔で桜を見上げている。あんまり見事なので見蕩れているのだろう。
 イタリアに桜ってないのかな? それとも日本の桜が格別なのか。
 これが見れたんだから補習も悪くないか。
 俺は獄寺の意識がこちらに向いてないのを見て、ツナにだけ聞こえるように言った。
「嘘つきが『俺は嘘つきです』って言ったらそれは嘘なのかな、それとも本当なのかな?」
 ツナはこちらを見た。
 ツナの茶色の目に俺が映る。
「どうだろ。本物の嘘つきなら、自分さえも騙してる筈だからね。嘘も本当も全部ゴチャゴチャだと思うよ」
「自分を騙すのか?」
「うん。自分のついた嘘がばれないようにするには、自分も騙せばいい。本人が騙されれば他人も騙せる」
「ああ、だからツナは上手なのなー」
「何の事?」
 ツナの目は琥珀色になっている。頭に焔が出た時みたいだ。
「俺も上手なのなー。でもって獄寺は三十点なのなー。赤点だよな」
「それが獄寺君の長所であり短所だよね」
 ツナがクスリと笑う。


 ツナ。
 ンな目ぇしたら、あのおっかない家庭教師にバレちまうぞ。
 ツナは嘘が上手だけど、他人の嘘は分からないのな。
 獄寺の嘘ってバレバレなのに、どうしてツナには分からないんだろうな。やっぱり当人だから?
 恋は盲目っていうもんな。両目瞑ってて何も見えないみたいだ。
 馬っ鹿だなあ。
 まあ俺は教えてやらなけどな。
 だって悔しいじゃないか。失恋決定なのに、ライバルに塩を送るなんて。
 …………で、どっちがライバルだ?
 俺はどっちに失恋するのだろう。
 恋は応援してやんねーけど、お前らが本気で困ったら手は貸してやるよ。
 だって親友だもんな。
 獄寺が俺に笑顔を向けたら、ツナの気持ちを教えてやってもいいのに。
 けど、そんな日は来ないから、獄寺がツナの気持ちを知るのはずっと後だろうな。
 会話してるツナと獄寺の間に入って、二人の頬にチューしたら両方から殴られた。
 いてーな、コラ。失恋記念にチューくらい寄越しやがれってんだ。
 俺は物わかりのいい男なんだぜ。
 泣きたくなったのは、ほっぺたが痛いせいだって事にしとこう。
 俺の春も青いのな。