山本の嘘 (獄ツナ前提 ツナ←山本→獄寺)




 俺とツナは親友同士だ。
「ツナは獄寺の事が好きなのなー」
「うん、好きだよ」
 ツナの笑顔はちょっと照れくさげだ。でも他のヤツらには困った顔にしか見えないだろう。
 かくゆう俺も最近まではそう思っていた。ツナは素顔を隠すのがうまい。
「でもツナは俺も事も好きだよなー」
「当たり前だろ。今さら何言ってんだよ」
 今度のツナの笑顔はごく普通の明るい顔だ。
 うんうん、いいお返事。
「俺もツナの事、好きだぜ」
「……えへへ、サンキュー山本」
「親友だもんな、俺達」
「うん、山本がそう思ってくれて、すげえ嬉しい」
 ツナが照れてツンツン頭を掻く。うーん、良い反応。
「ツナは素直だよなー」
「そう? 普通だよ」
「じゃあ聞くけどさあ」
「何?」
「俺がツナの事、友達以上の意味で愛しちゃってるって言ったらどうする?」
 真面目な顔をして言ったらツナが困った顔になった。
 複雑な…俺を傷付けずにどう断ろうかと考えている顔だ。
 ツナってホント考えてる事が顔に出るよな。
 なのになんで獄寺はツナの感情が読めないんだろう?
 恋で目が曇っているのか?
 頭は良くてもバカだしな。
「じゃあさ、もういっこ聞くけど、俺が実は獄寺の事も愛してるって言ったら、ツナはどうする?」
「え……?」
 ひんやり。
 ツナの笑顔が凍る。
 俺を拒絶する顔。
 けれどそれは一瞬。氷は溶けて、コップの中から水が溢れだす。
 頭の中の情報と感情がこんがらがり、処理できなくて困っている顔。
 俺の言った事でツナは困っている。
「やっぱり素直なのなー、お前」
 椅子に座ったままツナを見上げれば、ツナの瞳は泣きそうだ。
 ツナは俺が好き。
 ツナは獄寺が好き。
 俺はツナが好き。
 俺も獄寺が好き。
 でもその意味は全部違っている。
 俺はその違いを良く分っていて、ツナは本能で分っている。
 けど、無意識だから意識上では整理できない。
 俺はたぶん今切ない目をしているのだろう。
 だからツナは冗談だって思えなくて、いっぱいになった感情に困っている。
 うーん、俺って意地悪?
 でも意地悪でもいいと思う。
 ツナの中の俺は良いヤツで、親友なのだ。その姿を崩さずにいてやるんだから、ちょっとくらい意地悪しても許されると思う。
 俺はツナの手を取った。
 今は放課後で、居残り補習を受けていた俺達以外、教室にはいない。
 ツナはちょっと怯え、ちょっと困り、かなり戸惑っている。俺が何を考えているのかよく分からなくて。
 俺が今考えている事。それはやっぱりツナの事が好きだなあ、という事。
 俺はツナの手を強く握ったまま言う。
「俺……獄寺の事……ツナと同じ意味で好きだぜ」
「山本?」
「もし…………もし俺が獄寺を諦める代償にお前と付き合いたいと言ったら、どうする?」
「……え?」
 ツナはポカンとし、ついでその顔は強ばった。
 握った手から緊張が伝わってくる。気後れ、拒絶、戸惑いがツナの顔にある。
 でも俺は怯まない。
「や、山本の冗談て……あんまり笑えないよ」
「冗談じゃない」
 俺はなるたけ切なげに見える顔をした。
 ツナの顔がくしゃりと歪む。
「や……山本は獄寺君の事が好きなの?」
 ノーと言って欲しいとツナの表情が言っている。
 でもツナ。
 俺と獄寺は友達なんだぜ。
 普通、嫌いだなんて事は言わないよな。
 それはツナの描く『山本像』とは違うもんな。
「……好きだよ、獄寺の事」
「……………………」
 ツナは言葉もない。
 そりゃそうだろう。今まで俺はそんな事、そぶりも見せなかった。突然言われて驚くに決まってる。
 親友がライバルなんてびっくりしたか?
 ツナの表情はなんというか、痛々しさを隠しているが隠しきれていないって顔だ。
「……本気なの?」
「うん」
「あの……それって……友達としてって事だよね?」
「違う。…………ツナだって分ってんだろ。んな意味じゃねえって事は」
「だって…………獄寺君は男だし……」
「んなのカンケーねーよ。ケッコンとかすんじゃねえし。俺が勝手にアイツの事好きになったってだけだ。男とか女とかそんなのにはこだわんねー。好きって気持ちは心に湧くもんだろ。そう思っちまったんだから、消しゴムで消すみたいにはいかねえよ」
「山本……」
 俺の言葉を聞いてツナの顔が段々冷たくなる。
 ツナはきっと自分がどんな顔してんのか分ってないだろうな。
 俺は今までこんな顔をツナから向けられた事はない。ツナは完全に敵とみなした相手にしかこの瞳を向けない。
 ああ、おっかねえな。
 でもそれ以上に辛え。
 恋を取ったら、俺は親友を無くすのか。
「ツナだって……たとえムカついてたって俺の気持ち、分かるだろ?」
「え……。分からない……よ」
「嘘つくなよ。お前だって……俺と同じのくせに」
「同じって?」
「獄寺の事、好きなんだろ?」
「ちがっ……」
 ツナは慌てて手と頭を振る。全身でブルブルしてるもんだから目が回ったらしい。
「違うって言うんなら、俺が獄寺を貰う。……と言ったら?」
 ツナの顔はただいま凍結中。
「獄寺君は……物じゃない」
 顔ばかりか声もブリザード警報。
「ああ。けど、コイビトになればお互いを所有する事はできるよな」
「こ、恋人?」
 ツナの声がひっくり返る。
「ああ。好きならそう考えるのが普通だろ?」
「普通……なのかな?」
「好きなヤツには好きでいて欲しいと思うよなー」
「そ、そうなんだ」
「そうだよ」
 ツナの全身、凍結中。
 そんなに俺の言った事、拒絶したい?
「だからさー。ツナ、俺と付き合わない?」
「…………………………は?」
「俺、ツナの事も好きなのなー」
「…………はああ?」
 ツナのヤツ、瞬間解凍されてるし。
「ツナの事好きだし、俺と恋人にならねー?」
 訳分かりませんて顔してる。
 そりゃあそうだろう。獄寺の事が好きで恋人になりたいと言ったそばから、ツナに交際申込んでんだから。
 ふざけてると思うよな普通。
「あの、山本は獄寺君の事が好きなんだよね?」
「うん」
「恋人……になりたいって言ったよね?」
「うん」
「でも、俺とも、恋人になりたいの?」
「うん」
「それって……変じゃない?」
「どこが?」
 ツナの顔が増々?(ハテナ)で埋まる。
 からかわれているんじゃないのは、俺の顔が真剣だから分かるんだろう。
「山本はどっちが好きなの?」
 ツナがつっかえるように聞く。
「んー、どっちも」
「え?」
「両方同じくらい好きだ」
「それって……どういう意味?」
「だからそういう意味。ふたまた片想いの不誠実な男って意味だ」
「ふたまた……」
 ああ、ツナの頭の中が情報いっぱいでパンクしかけてるのが分かる。
 俺はツナに顔を近付ける。
「だからさ、ツナ。俺と付き合おうよ」
 ツナが身体を引く。
「え……あの………………俺、山本の事、大好きだけど……けど、そういう意味じゃなくて…………」
「うん、知ってる。ツナは俺の事大好きだけど、それって親友だからだよな。そんでツナは獄寺の事も大好きだけど、それって親友になれない好きって事だよな」
 ツナの身体がビクンと震える。怯えた表情。
 なんでそんなに自分の気持ちを隠す?
 恥じるでも照れるでもない怯えの表情。
 何がそんなに恐いんだ?
「山本………俺の気持ち………知って…………るの?」
「うん。だって好きな人の事だからなー。見てれば分かるって」
 ツナの顔は途方に暮れている。バレているとは思わなかったのだろう。
 そうだよな、小僧にだってバレてないもんな。ツナは嘘が上手だな。
 俺はツナに笑顔を向ける。
「だから取り引きしねえ?」
「取り引きって?」
「俺は獄寺を諦めてツナに譲るから、俺と付き合えよ。そしたらツナは獄寺を俺に取られないで済むだろ?」
 ツナのポカンとした顔。口も目もOの形。
「そ……れって……………えええっ?」
「俺はツナも獄寺も諦めたら、両方失恋だ。けどツナが付き合ってくれるんなら、失恋は片方で済むもんな。ツナも獄寺に失恋せずに済むし。……いいだろ。だから俺と付き合おうぜ」
「…………ちょっと、ちょっと待ってよ」
 ツナの頭の中は大車輪。ぐるぐるぐるぐる。
 いい具合に回ってます。
 ツナの困った顔。考えてる事は全部まる分かり。
 俺と付き合うのは困る。けど、嫌だって言ったら俺は獄寺を諦めないって事。
 俺は獄寺と恋人になりたいと言った。
 もし俺が獄寺を口説いて獄寺が堕ちてしまったら、ツナは失恋決定。
 ツナは獄寺がマジ好き。絶対に俺に取られるのは嫌。
 けど俺と付き合うのは困る。
 ……ってのが、エンドレスで回っている筈。
「ご、獄寺君が…………山本と付き合うとは思えないんだけど……」
 お、ツナにしちゃ正しい答え。
「そうかもな」
「そうでしょ」
 嬉しそうに言うなよ。
「けど俺ってしつこいし。野球と同じくらい全力でいけば、もしかしたら堕ちるかもな。獄寺、あんま女は好きじゃねえみたいだし。俺に本気で迫られたら、ちゃんと考えるんじゃねえか? 俺は一度断られたくらいじゃ諦めないし。時間をかけて粘り強く口説けば、獄寺も俺の事、好きになってくれるかもしれねえ。諦めないヤツが最後には勝つんだ」
「山本……」
 俺の言う事が納得できるから、納得できないツナ。
「でもそんなん、ツナは嫌だろ? だから俺と付き合えば、獄寺は俺のモンにはならねえよ」
 うわー。俺って結構ワル? ツナが本気で困ってる。
 そりゃそうだよな。これじゃあ半分脅しだって。
 獄寺を盾にとってツナの気持ち無視して脅迫してんだもんな。
 あんまり意地悪しちゃうと嫌われるかな?
「山本……俺………………」
 俺はジッとツナを見て答えを待った。
「俺、山本とは付き合えない。山本の事大好きだけど、それは友達としてだから。恋してないのに恋人にはなれない」
「俺が獄寺を口説いてもいいの?」
「よくない…………けど、俺に止める権利はない」
「でもツナは獄寺の御主人様だからなあ。ツナが一言『誰とも付き合うな』と言ったら、獄寺は頷くだろうな。自分が誰を好きになっていようと、ツナの言葉を優先させる」
「俺は………そんな事は言わないよ」
 即答しないのな。
 付け入る隙があったら付け入っちまうのが男ってモンだぜ。
 俺は意地悪く囁く。
「そうかなあ? その場になったらきっとすげえ嫉妬すると思うぜ。辛くて辛くて我慢できねえと思う。ツナがいる限り、俺は獄寺とは付き合えねえ。獄寺はすげえ鈍いけど、ツナの辛い気持ちを察せないほど馬鹿じゃない。あいつはツナしか見てないからな。だからツナ次第で俺は失恋決定?」
「山本……」
「つー、訳で俺を失恋させんだから、慰めろよ」
「……………………」
 ツナの困ったって顔。助けを求めたくても誰もいないし、誰にもこんな事は言えない。
 教室には重たい沈黙が流れる。
 開いた窓から春の甘い匂いがするっていうのに。
 ツナは将来マフィアのボスになるんだから、もうちょっと切り返しがうまくならないといけないと思う。
 それとも親友の俺だから対処しきれないのかな?