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「八十万センズ」

「二百万センズ」

「百万センズ」

「二百万センズ」

「百十万センズ」

「二百万センズ」

「百三十万センズ」

「二百万センズ」

「ええい、百四十万センズだ。これ以上はビタ一文あがらねえ!」

「……わかった。……百五十万で手を打とう」

「……分かったよ。分った。……百五十万でいいよ。……全く。粘り強い旦那だ。……ようやく商談成立かよ」

 ファルマンに値段交渉で負けた男がぼやく。

 大人二人の会話を聞きながら、子供一人の値段が百五十万というのは安いのか高いのか、エドワードには判断がつきかねた。しかもそれが自分の値段だと分かっているから尚更複雑だ。

 オレはそんなに安いのか? というか、それが相場なのか? 初めの八十万というのは何だ? と、エドはただ呆れていた。

 国家錬金術師として数千万という潤沢な資金を自由に使えるエドワードにとって、百万も二百万もあまり変わらない値段に聞こえる。エドワードの価格は国家錬金術師の研究費用の十分の一以下らしい。

 ファルマンとエドワードは南部の町に入ると、その筋の女衒を通して早速組織の本拠地である娼館に足を踏み入れた。

 表向きはただのパブで、店は普通の酒所として繁盛している。

 しかし表の入口からずっと奥に入ると後ろの屋敷に繋がり、そこは厳選された客しか入れない特別室になっている。もちろん特別室へ入口には見張りがいて鍵が掛かっている。

 そこへの入口は表のパブしかなく、四方は高い壁。庭には犬が放してあって、警戒はかなり厳重だ。
 だがエドワード達は予めその事を聞いていたので、驚かない。

 屋敷の地図は予め入手してあるので、大体の間取りは理解している。が、実際に目で見てるとかなり印象が違う。かなりごちゃごちゃしている。厄介だ。

 遠縁の子供を売りに来たという役割のファルマンは、エドを連れて奥の一室に通された。部屋は窓がないので暗く、圧迫感がある。

 いよいよ潜入捜査が始まる。

 エドの背に緊張が走る。

「エディ。……気分はどうだ? 悪くないか?」

 ファルマンの言葉にエドは微かに頷いた。

 誰が聞いているか分らないので、極力無駄な会話はしないようにしている。

「エディ。……両親が死んで哀しいのは分るが、いつまでもそんなんじゃ駄目だぞ。お父さん達の借金と、オマエの機械鎧の代金はオマエが稼がなければならないんだ。もう親は助けてくれないんだから。ここでしっかり奉公しなさい」

 そういう事になっているらしい。

 初め、エドの引き攣れた顔と手足の機械鎧を見て難色を示した娼館の者も、責任者らしき人間が現れてOKを出すと態度を変えた。

 そして突然値段の交渉が始まったのだ。

 ファルマンが粘ったのは、値を釣り上げろとでも命令されていたのだろうか? それとも言い値で売ると、怪しまれるからだろうか?

 百五十万センズで売り飛ばされたエドは、役割通り、静かに他人事のような顔をして下を向いていた。喋れないというのは結構辛い。

 気配を探り、さりげなく顔を上げる。

 現れた責任者は女だった。

 エドは素早く観察する。

 見た目は三十代後半。くすんだ緋色の髪を無造作に一つに纏めてある、何処といって特徴のない女。服も地味だ。外で会っても犯罪組織の幹部だとは思わないだろう。まるでその辺にいる主婦だ。

 ただ表情の欠けた眼差しだけが、人生の深みを物語っていた。その辺のチンピラとは格が違いそうだ。

(この女は厄介だな)と、エドは思った。

 女はエドを品定めするようにジロジロと見た。

 エドは気がつかないフリで瞳から表情を消す。

「このボーヤの名前は?」

「エディ・グレイ。年は十二歳です」

 店の男が応える。

「ふうん。両親に死なれた、口のきけない機械鎧のガキね。……いいじゃない。せいぜい高く買ってあげなさい。機械鎧の子供なんてこの辺りじゃ珍しいわ。マニアックな客がつくでしょうよ。いい呼び文句になるしすぐに元がとれるでしょう」

「そうですか? ……オレの目には無気味なガキにしか見えませんが」

 交渉役の男は半信半疑だ。

 女は唇の端で笑う。

「オマエの目にはそう映っても、大事な『お客さま』の目にそう映るとは限らないわよ。……見なさい、この金色の髪と瞳を。なんて綺麗。片方側が歪んでいるから、無事な方の左が余計に際立っている。けっこうな掘り出し物だわ」

「しかし身体も傷だらけですし、鍛えてあるみたいで固いですよ?」

「身体がしっかりしているのは機械鎧のリハビリの為でしょう。機械鎧のリハビリは手術後、約三年も掛かって、内容は生半可じゃないって聞くわ。親が死んでいるなら帰る場所もないだろうし、まだ十二歳なら長く使える。買って損はないわね」

「姐さんがそう言うなら、オレに依存はないですが…」

「なら買い取りなさい。でも」

「でも?」

「最終的な判断は最後よ。まずシャワーを使わせて身体を調べるさせるわ。健康診断とボディチェックで問題がなかったら買う事にします。病気持ちは困るから。……それでいいわね?」

 ファルマンは頷かずかないわけにはいかない。ここでは女が上役らしい。

 確認ではなく断定で命令すると、女は部屋を出て行った。

 エドはそのままシャワー室に放り込まれ、とりあえず言われたまま身体を洗う。ファルマンと離されたが不安はない。あとはエド一人の仕事だ。

 ボディチェックとはなかなか厳しい。だが犯罪組織ならば当然か。エドは百五十万で買われようとしている商品なのだ。せいぜい磨かねば。

 エドは脳裏に屋敷の見取り図を描き出した。

 この館の窓には鉄格子がはめ込まれている。

 見取り図で見た限り内部構造はかなり複雑だ。

 廊下は細く入り組んでいて、何処にどう繋がるかさっぱりわからない。こちらの部屋には、いったん別の部屋を通過しなければ入れないというような、面倒臭さもある。

 入口から入って来て、エドは内部の複雑さに驚かされた。これでは普通の捜査員では立ち入れまい。客に扮していても中で迷いそうだ。

 客としての潜入は無理だろう。退路が確保できない。

「入りなさい」

 案内されて入った部屋は診察室だった。小さな町医者にあるようなこじんまりとした診察室は、ここが娼館だという認識がなければ間違えてしまいそうだ。

 さっきの女と、医者らしき人間がいた。店の男はこの部屋には入って来ない。

 医者は女と同じくらいの年令に見える。白衣を着ているので医者なのだろうが、モグリか、それとも正規の医者なのか分らない。痩せぎすで、レンズの厚い眼鏡をかけている。女と同じく第一印象は特徴に乏しい。

 女がエドを指して言う。

「ドクター。この子を見てやって。見た通り、手足は片方づつ機械鎧よ。口がきけないということだけど両親が死んだショックだということだから、心因性のものだと思うわ。……別に口はきけなくてもかまわないけれど、身体に欠陥があったら困るから診断してちょうだい」

 女の言葉に医者が頷く。

「服を脱ぎなさい」

 命令されてエドは戸惑った。エドが今身に着けているのはシャワー室においてあった薄いガウンのようなモノだ。全身をすっぽり覆う形になっている。下着を含む全ての衣服がいつのまにかなくなっていたが、とりあえずは言う通りにしようと下着無しでここまで来た。

 裸体に照れるほど純ではないが、知らない女の前で生まれたままの姿を晒すのは遠慮したかった。

「早くしなさい」

 女に言われて渋々ガウンを脱ぐ。機械鎧手術で裸は幼馴染みに散々見られているが、初対面の女に検分されるのは願い下げだった。でも我慢するしかない。

 羞恥を隠してエドは女を見ないようにした。男にいくら見られようが恥の欠片も感じないが、異性の視線は落ち着かない。

 医者はエドに聴診器を当てたり目に光をあてたりと、色々いじくり回す。殆ど普通の診察と変わらない。

 医者がブツブツと独り言をつぶやいている。暗い男だ。

「傷だらけだな。……相当古い。……大怪我だ。大体四、五年前の傷か。機械鎧はその時に付けたんだな。……身体は立派だ。けっこう鍛えてある。筋肉の反応も正常。……内部はよく調べてみないと分らないが、とりあえず健康体だ」

「性器は並だけど役には立つの?」

 女の問いに医者がエドの性器を握る。

 ギョッとエドは身体を硬直させた。男を殴りたい気持ちをぐっと堪える。

「精通はもうきたか?」

 尋ねられて頷く。怒りを顔に出さないようにする。

 なるべく嘘はない方がいい。

「いつ頃だ? ごく最近か? ……それとも一ヶ月前? ……三ヶ月? ……半年? ……一年?」

 エドは最後の言葉で頷いた。ロイと初めてしたのは一年前だ。ああ、もう一年もたつのか。

「早熟だな。十一歳の時に精通か」

 本当は現在十五歳なのだが。

「どう、反応は?」

「まあ感度はいいでしょう。反応にも問題はありませんね」

 男がリズミカルに手を動かし、エドワードの性器を固くする。

 なんて事をするんだと、エドは羞恥のまっただ中だ。

 気持ち悪いのに感じるという違和感に、背筋が寒い。

 大人達は慣れたものなのか、淡々とただ仕事をこなしているだけだが、エドワードはそれどころではない。

 ただでさえ感じやすい身体を目的をもって触られれば、否応無しに反応して気持ちとはうらはらに興奮する。声は出せないので必死に唇を噛み締める。

 こんな事までされるなんて聞いてない! と、内心でロイ・マスタングを罵倒して気持ちを誤魔化したが、どうにも限界は近い。

 まさかロイ以外の男にしごかれてイかされる日がこようとは、夢にも思わなかった。情けない。

 弟だけには知られたくないと、エドの気持ちが沈む。自分が増々汚れていく気分だ。

 ロイに押し倒された時は、脳が飛んでいてあっというまだったので、イイも厭もなくて、耕運機で刈り取られる麦のごとき勢いで全てが終わっていた。初めてロイと寝た後、後味の悪さに男とするのはもう二度とゴメンだと思ったが、引き摺られてロイとは一年以上セックスフレンド進行中だ。ズルズルと途切れない関係に駄目になっていく自分が疎ましいのに、未だ関係続行中。

 バカである。

 こんなただれた事は他の人間ではありえないと思っていたのに、今の現状は何だと、身の置き場がない。

 自分はとことん流されやすくできているらしい。いや、流されているのではない。今回は不可抗力だ。







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