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こうなればもうどうにでもなれと、諦めて身を任す事にする。ただしごかれて出されるだけなら、他人の手を借りたマスターベーションだと思えば諦めもつく。
相手が欲望まるだしの親父なら話は別だが、検査以外は興味ありませんといった風貌の医者に、機械的に擦られているだけだ。
相手が人だと思うから羞恥するのであって、医者の検診だと思えばそんなものかと無理矢理でも思い込む事ができる。……と、自らを叱咤して暗示をかける。
エドの忍耐力が試されている。
(……っ!)
声を洩らさないように気を付けていたので音は漏れなかったが、反射的に身体がブルッと震えた。
これで終わりかと安堵する反面、かなり情けない。
アル。お兄ちゃんは知らない男の手でイカされてしまいました。
「感度は良好。……何も問題はありません」
医者は出されたものをじっくり見て、そう答えた。
そんなものマジマジと見るなとエドは諦めの境地だ。
医者の答えに女は何かを思案するようだった。
「何か問題でも?」
「ドクター。……後ろも調べてくれない?」女が言う。
エドはギョッとした。
「はい。それはかまいませんが? …何か気になりましたか?」
「少しね。……気のせいならいいのだけれど」
「分りました」
冗談じゃないとエドは逃げ腰だ。逃げたい。というか殴りたい。ボコボコにしたい。
後ろってやっぱりアレだろう。
だがここで逃げれば捜査は失敗し、子供は戻らない。大佐達がやってきた事も無駄になる。
エドワード一人の我侭で、全てを無駄にすることはできない。
……しかしお尻を弄られたくないと思うのは、我侭なのだろうか?
ここにいるだろう子供達は、もっと酷い事を日常的に強制させられているのだ。それに比べればエドワードのされていることなど、医者の検診だけだ。健康診断の一種だと思えば諦めもつく。
これは人間ドックなのだ。ここは病院だ。
……という風に自分に言い聞かせて諦めるしかない。
エドはしかたなく成すがままで、状況に抵抗しないようにした。
軍隊が乗り込んできて自由に動けるようなったら、絶対に二人をシバクく! と心に決めて、エドは忍耐の上に忍耐を重ね、石になる。
後ろを向いてヒヨコの雌雄鑑定のようにお尻を検分される。オレは雄鶏だ。メスじゃねえ!
こんな事を計画したロイ・マスタングに殺意を覚える。
「……どう?」
「普通です。綺麗なもんですね。子供だったらこんなものでしょう。触診もしますか?」
「やって」
内心ギャーッ!と悲鳴を挙げるエドだった。
これは医者の検診、医者の検診、と自らに暗示をかける。
指が入り込もうとして反射的に身体が固くなる。
痛い。
「固いですね」
塗られた薬で入り込まれた指が気持ちが悪い。排泄感が酷くて暴れたくなる。
コイツ、後で絶対にシバく。
「何も問題はなさそうです」
指が抜かれて医者が触診を終える。
「なら……いいか」
女がもういいと手を振る。
「何か気になった事でも?」
「……ちょっとね。……さっきのこの子供の様子が、され慣れていたみたいだから、元々商売モノかと思ったんだけど、プロの男娼じゃないみたいね。身体は素人のままのようね」
「そうですね。され慣れていたのではなく、単に吃驚して動けなかっただけじゃないんですか? 反応は素人臭いですよ。……それに機械鎧の子供の男娼がいたら目立ちます。商売モノってことはないと思いますが」
女は頷いた。
「まあいい。……この子は今日から店出しする」
「今日入って店出しとは早いですね。ちゃんと教育しなくていいんですか?」
「全くの素人が好みだっていう客もいる。プラス機械鎧の傷物だ。セリにかけて客に値段を決めさせる。きっといい値がつく」
「サディストの客にはなるべく渡さないで下さいね。俺の仕事が増えるのと、当分使い物にならなくなるから。初めてにキツイのが当たると子供が壊れますよ」
「そういう客が当たらない事を祈るのね、ボーヤ」
見下ろされながら言われて、エドは思いきり渋面だ。
羞恥プレイと言葉攻めに心身ヘトヘトだ。だが仕事はこれからなのだ。恥じている場合ではない。緊張が途切れればそれだけ危険が増す。ここは犯罪組織のただ中なのだ。
女の言う通りなら、エドの潜入は成功しているという事か。第一段階はクリアしたらしい。
「ついてきなさい、ボーヤ」
女が出ていく。エドワードは慌てて服を羽織った。
女に連れられて、ウサギの巣のように入り組んだ細い廊下を歩いていく。ついている明りは足元の暗い照明だけだ。
「暗くて見えにくいでしょうが、そのうち慣れるわ。歩き辛いようだったら壁を触って歩きなさい。そうすれば転ばないから。店の者が案内するか客と歩くのでなければ、許可なく廊下に出てはいけない。むやみに歩き回ったら酷く殴られるわよ」
歩いた距離は大体四十メートルくらいか。歩数でおおよそを計測するが、直線距離でないなので、もしかしたらグルッと曲線に歩かされているのかもしれない。見取り図では分らなかった部分だ。感覚に頼ると、下に下っているような気もする。
それよりこの暗さは致命的だ。視界が悪すぎる。
まあ、いざとなったらでっかい電球でも錬成するが。
それより自分はどこに連れていかれるのだろうか?
「ここよ」
案内されたのは広い一室。
子供が……ざっと数えて十人いる。それぞれ本を読んだり、ゲームをしたりと、知らなければなんて事はないのどかな光景だ。
子供はたったこれだけなのだろうか?
攫われた子供はこの三倍はいる筈だ。どこか別の部屋にいるのだろうか?
部屋は十メートル四方のほぼ正方形。正面が全面鏡張りになっており、入って右側に窓らしきものが見えるが、見える景色の半分は地面だ。ここは半地下という所か。
太陽光は半分しか入らない。陽は傾いてきている。もうすぐ夕刻。そしてじきに夜だ。エドワードの背に焦りが浮かぶ。
状況は限り無くマズイ。これから一晩探って子供を探すつもりだったのに、これではそうもいかない。
今日から店に出されるとは計算外だった。普通一日目からは店に出さないというのが定石だと聞いたが、エドの場合は例外に当たってしまったようだ。
早く子供を見つけないと、エド自身がドナドナされてしまう。
セリにかけると言っていたが、一体何時からだろう?
いやらしい変態親父に落札でもされようなら、我慢できずに相手を絶対に殴り倒してしまうに決まっている。そうなったらマズイ。
エドの中の悪魔が囁く。
全員をボコッてしまえば問題はないのでは?
大佐達も外でエドが騒ぎを起こすのを待っているだろうし、いざとなったらそうしようと、勝手に決める。
「ボーヤ。……っとエディ・グレイだったっけ? あんたは今日から働くんだから、今のうちに休んでおきなさい。夜はきっと眠れないよ。……セト、こっちに来な」
セトと呼ばれた子供が読んでいた本から顔を挙げて、こちら側に来る。
エドより年令はやや上か。優し気な風貌をしている。こんな普通そうに見える子供が商品にされているのか。
「セト、新入りだよ。今日から店出しだから、ここでの流儀を色々教えてやって。部屋は、そうだな。……ネコの隣に案内して。もともとバンビが使っていた部屋だ。エディは口がきけないから、ちゃんと案内してやるんだよ。こいつの名前は……半分作り物だから、ドールでいいか。エディ、今日からあんたの店での名前は人形のドールだ。分かった?」
女はそれだけ言うと、さっさと部屋を出ていった。
残されたエドはどうしたものかと、取り残されて、ポカンとする。
これでエドはここの商品となったらしい。
それにしても大雑把だ。今頃ファルマンは百五十万センズを受け取っているだろうか?
これからエドは一人で中を探らなければならない。
エドの様子に気がついて、セトと呼ばれた少年が口を開く。
エドの顔に作った傷にも怯まない。度胸はあるらしい。それとも他人の顔など、どうでもいいのか。敵か味方か分からない以上油断はできない。
「初めまして。……俺はセト。本名は他にあるけれど、ここでは本当の名前を言う事は禁じられているので、おかみさんが付けてくれた名前で呼び合うんだ。君はエディ……じゃなくて、ドールだったね。……君は口がきけないんだっけ?」
エドは頷く。
「これから君はドールと呼ばれる事になる。本名は使っちゃ駄目だよ。それから自分の事は何も話してはいけないきまりになっているから。何処から来たのかとか、家族の事とか。里心がつくからね。バレれば殴られるから気を付けて。君は口がきけないから大丈夫だと思うけど。ここはルールがいっぱいあって、それを破ると酷い折檻を受ける。やっちゃ駄目って言った事はやらない方がいい。分かった?」
エド、首の運動。
「君の部屋に案内するから一緒に来て」
部屋から出ても大丈夫なのか、セトはすたすたと歩いていく。部屋を出て左を曲がり、狭く暗い廊下を真直ぐに歩く。
「足元に気を付けて。転ばないように。真直ぐ歩いて、灯り五つ目にある部屋が君の部屋だよ」
言われて右を見ると、赤いぼんやりした灯りの隣に扉がある。灯りは等間隔にあるので、その隣に全部ドアがあるのだろう。分かりやすい。
「ここだよ。入って」
案内された部屋は廊下よりは明るいが、それでも暗い。一つしかない電球が部屋を照らし出している。窓がないから部屋が暗いのも当然か。しかも半分地下だ。
部屋は狭く、最低限の家具が置かれている。
「ここが君の部屋だよ。君はここで生活するんだ。昼間はここで眠って、夜はここで客の相手をする。……新入りって言ったけど…………ドールはお客と何をするか分る?」
エドはこっくりと頷いた。
セトの顔がホッとなる。
「そうか……知っているなら、説明はいいよね。店が開くのは夜の八時からだから、それまでにさっきの部屋に集まらなきゃ駄目だよ。そこでボク達はお客さんに選んでもらうんだ。時間に遅れるとやっぱり折檻されるから十分前くらいに来るといい。服はクローゼットのを適当に着て。トイレとシャワーは各自の部屋についているから、それを使って。他に質問はある?」
エドはリーヴ・マクミランの事を聞きたかったが、口がきけないという事になっているので、黙って首を振る。
セトが部屋を出る。隣の部屋に案内する。
「君の隣はネコって子だ。もちろんそれも仮の名前だけど。……ネコ、ボクだ、セトだ。入るよ?」
セトがドアをノックして声を掛けると、中からくぐもった声が聞こえる。声が低いのは寝惚けているからなのか。
「セト、眠っていたのかい? ゴメンよ。新入りが君の部屋に入ったから、案内してきた」
ドアを開けると、フワッと甘い薫りがした。
甘い匂いにエドは口元を抑えた。溶けた砂糖のような薫り。これは……。
「またシュガーを焚いていたのか? ……あんまり吸いすぎると身体を壊すよ?」
セトの言葉にエドは目を見開いた。
とっさに息を止める。少しだけ吸ってしまった。
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