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 身体のたった一部が大佐の中に入っているだけで、こうも蛇口が弛みっぱなしだというのは情けない。嫌いな男と寝てユルユルした快感を長引かせて何一つ得る事はなく、心だけ弟のいる部屋においてきて不毛な会話を交わしているのだから、救い難い。

 やはり自分は壊れている。

「……っ!」

 息を止めると快楽の残滓が出る。出してしまえば男の快感は急速に消える。単純だ。出して終わりなら排泄と一緒だ。被ったゴムが気持ちが悪い。新しいのを付け替えるのも面倒で終わりにしようかと思うがロイが締め付ける。

「おい……これじゃあ抜けない」

「私はまだだぞ」

「じゃあ手でしてやるよ」

「いいからもう一度しろ」

「もういいだろ」

 そろそろ飽きてきた。

「鋼のは一人で気持ち良いだけか? ……狡いぞ」

「阿呆」

「一人でイッて私を置いていくなんて鋼のはなんて酷いんだ。そんなんじゃあ女にも嫌われるぞ」

「別に。……女なんかどうだっていい」

 ロイは首を捻ってエドを見上げた。

 エドは反射的にその瞳を潰したくなる。

 心を攫うような目でオレを見るな。

「鋼のは…………弟以外はどうだっていい、人でなしだものな」

「黙れ」

「我侭で身勝手でそういう自分を変える気はないのに、何処かでそれを許してもらいたがっている。全く救い難く汚い」

 分かっている。お互い様だ。

「人の事が言えるのか? 大佐」

「少なくとも私はお綺麗なフリなんてしていない。セックスなど何も知りません、興味ありませんという顔はしていない」

 綺麗なフリなどしていない。ただ弟の前では『普通』でいたいだけだ。

 興味がないというもの本当。

「なら……もう大佐とはしない」

「それは酷いな、鋼の。……それでは私は誰とこんな事をすればいい? 野郎で口が固くて面が綺麗で私を忌避しているのは鋼のだけだ。その嫌悪感ある瞳で私を見るのはキミだけだ。その強烈に意志のある目がキミの魅力だ。苛烈で傷だらけで子供の匂いがして偽善臭くて、反吐が出そうだ」

「勝手に吐け」

「キミの汚れた身体に抱かれるとたまらない。……こっちまで罪という甘美な響きに酔いそうだ」

「うるさい」

「キミは少年の皮を被った汚物だ」

「だからどうした?」

 離れたエドの下半身を掴まえて、ロイはエドの上に被っていたゴムを素早く取り替える。心情よろしく枯れかけたヒマワリのように頭を垂れるソレを、口全体に含む。ゴムの匂いと味に吐きそうになるが何とかエドのを膨らまそうと口全部を使う。

 ロイは今度避妊具はイチゴ味のにしてみようかと思いバナナ味でもいいかなと、どうでもいい事を考えた。甘いと胸焼けがしそうだ。それより精液の味のがあれば、生でしているようでそれなりに興奮するかもしれない。

 生でしてみたい。エドのは若いせいか薄くて匂いも希薄だ。ほんの子供なのだ。

 若いのだからもっとガツガツしてもいいのに、厭世感漂う老人の諦観がある。

 エドワードは何処か心の一部で諦めているような気配がある。……気味が悪い。



 だってどうせエドワードも私も…………なのだ。



 それよりどうして私はこんな事をしているのだろうかと、エドの性器をそそり立たせてロイは見上げる。

 眉根を寄せて快感に流されるエドは、子供の域を脱っせない痛々しさがある。

 触れる機械鎧の冷たさが無機物としているという倒錯感を生み出し、自分としているのが意志のあるモノだという事が生々しくてゾクゾクする。

 傷だらけで歪な子供。痛々しくて見てはいられない。

 壊れそうな心を機械鎧に隠して必死で足掻いているのを見ると、足元をすくってやりたくなる。

 いい加減私も救い難いなと自嘲する。

「そんな目で人を犯すな」

 エドが忌々しいという気持ちを隠さずに言う。

「……どんな目だ?」

「言わなくても分るくせに。……自分の事だろ」

「聞きたいな」

「自虐と怒り」

「それだけ?」

「……投影、忌避、同調、憐憫」

「……鋼のは厭な男だ」

「それはそっくりそのままアンタに返すよ」

 心を見抜かれて動揺する程幼くはない。ロイはエドを押し倒し、そのまま上に乗った。

「……っ……ほら、入った」

 さっきまで開かれていた下半身は中に入っていたモノの形を覚えていて、すぐに馴染む。ズルッと全部入る。成長しきらない子供のはさほど大きくないので、数度続けて受入れても身体の負担は少ない。物足りなくもあるが、欲しいのは大きさや刺激からくる快感でないので、形状には不満はない。

 身体の中にエドワードを入れていると、背徳感で言い様もない異様な快感が襲ってきて肌が粟立つ。殆ど嫌悪感に近い歪な快楽。

 エドを見下ろす。

 苦痛のような快感はエドワードも一緒だろう。心と身体は乖離して嫌悪と快感が同時に心と身体を占めて、体中を掻きむしりたい。

 この態勢で動いていると犯されているのは自分ではなく下にいる子供のような気持ちになってくる。エドを犯すのも愉しいが、やはりされる方が性に合っている。エドはまだ子供なので長く使える。

 ロイが遠慮なく動くとエドの顔が切なく歪む。

「鋼の……気持ちがいいだろう」

「……相手がアンタでも中に入れば同じだ…な」

「つれない事を言うなよ」

 ロイは自らを蔑む。

 こんな子供のペニスを身体に出し入れして愉しんでいる自分を知られているという事が、屈辱でたまらない。

 自分は汚れていて、そういう自分と寝ているエドワードも汚れて、汚れたエドワードとする事によってロイが更に汚れて。

 互いを汚しあって二人で嫌悪しあってズルズル付き合いを続けているのは、二度と綺麗に戻れないと知っているからなのか、それとも倦んだ傷跡を嫌々ながらも凝視せずにはいられない性なのか、どちらにせよ趣味は良くない。

 若い身体は快感に忠実でエドワードの限界はすぐにくる。

 快感に耐えるエドワードにロイが言う。

「イキたいなら何度でもイケばいい。……限界まで付き合うぞ、鋼の」

「馬ぁ鹿。仕事が忙しいんだろ? 出すもの出したらさっさと休め。仕事に差し支えたらホークアイ中尉が気の毒だ」

「キミとの逢瀬は久しぶりなんだ。……少しくらい羽目を外してもいいだろ」

「毎回そう言っていないか、大佐?」

「そうだったか?」

 身体の中で弾けられると鋭い刺激がロイの背中を直線に上って、身体の隅々までそれが波紋のように拡がる。

 ジワリジワリと湧く快感は腐敗の匂いがして、それがエドのせいなのか自分の内から自然に湧いて出たのかも、はっきりしない。

 こうして繋がっていると、何処からがエドで何処からがロイだかが分らなくなる。

 エドに力がなくなってもロイは構わずに動き続ける。

「鋼のは酷い男だ。……大人しく真面目に待っている弟を独り部屋に残して……一人で淫らな快感に耽っている」

「……テメエが……来いっていったくせに」

「そうだったな。……弟と二人でいるキミを見たら………無性にしたくなった」

「……アルの事は口にするな」

「弟君は相変わらずなんだな。……あれからもう四年が経つのか」

「黙れ」

「兄に鉄の身体に変えられたのに一途に兄を慕って…。健気だな。…………恨み言の一つも言えばいいのに」

「アルは…………オレに何も言わない」

「言えないのさ。今ある現状が辛すぎて。……口に出せば余計に耐えられなくなる」

「…………ああ。分かっている」

「人でないものに変えられるというのは……どんな気分かな? しかも兄弟に」

「……………………」

「いっそあの時に死んでいたかったとは思わないか? 身体をなくしたあの時なら、意識のないまま心の苦痛も知らずに母親の所に行けただろうに。アルフォンスは兄の右手と引き換えに繋げた命だと知って、安易に死ぬ事すらできない。血印を壊すだけでいい。それだけで苦しみは終わるのに」

「アルは死にたがってなんかいない。アイツは絶対に希望を捨てたりなんかしない」

 ロイは見下ろしながら嘲笑う。

「本当は死にたいのかもしれない。だが鋼のが縛り付けてその自由さえ奪っている。弟の命も心も機械鎧で締め上げて自分の元に引き止めて苦しめている」

「…………分かっている事を今更口にするな」

「鋼のが自分の罪から目を逸らし続けているので、私が教えているのだよ。罪から目を逸らしてはいけない。それこそが罪だよ、鋼の」

「目なんか……逸らしてない。オレはアルを元の身体に戻すんだ。それだけの為に生きている」

「ほら、それがいけない。自分の存在が兄の命の糧だと無意識に知っているから、アルはもう厭だと言えない、楽になれない。たった一人の兄を見殺しにできない優しい弟を、兄は身勝手な愛情で縛り付ける。兄が弟を命懸けで助けたのは優しい家族愛なんかじゃなかったのにな」

「いい加減に黙れ」

 ロイの腕を思いきり掴む。

「鋼のが弟の命を練成したのは弟の為ではなく自分の為だ。たった一人の弟を消してしまった罪悪感に耐え切れずに、弟の命を練成した。しかも…」

「大佐っ!」

「怒るのは図星だからだろう。弟を汚い目で見ている罪人の鋼の錬金術師、エドワード・エルリック」

 腹筋をバネにして起き上がろうとしたエドを、ロイは上から押さえ付けた。

「鋼のが弟を錬成したのは一人になりたくなかったからだ。そして…………ありえざる気持ちで欲していたからだ」

 怒りでエドの瞳が苛烈に光る。

「人を金属の塊にしてしまう事がどんな事なのか考えなかったのか? 感覚もなく、眠る事も食べる事も本当の意味で人と触れあう事もできずに、冷たく固い鉄の中に封じ込められて、兄だけを頼りに生きて行く事がどんなに辛いか考えなかったのか?」

 エドの怒りが水を掛けられたように哀しみに変わる。もう止めて。それ以上聞きたくない。唇を噛み締める。

 ロイの目は冷やかだ。エドを追い詰める。

「弟が自分だけを頼りにするのはどんな気持ちだ? こうなる事を望んでいたのだろう。弟を手放したくないばかりに禁術を使った」

「……違う」

「意識しなかったとしても心の奥底ではそうなることを望んでいた筈だ。大事な存在を自分だけのモノにしておきたかった。そうしてあの世から引き戻した」

「違う」

「認めろ、鋼の。私から逃れても自分からは逃げられない。キミは罪と共に生きて行くんだ。目を開いて自分自身を見ろ」

 ロイの下で傷付いた子供は必死の抵抗をしている。自分のした事を、その理由を認めたくなくて頑に目を瞑っている。目を閉じても心は消せないのに。






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