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「娼館へ奴隷として売りとばされろだって?」

 説明を聞いてエドは声を大きくした。

「うるさいぞ、鋼の。驚く事はあるまい。犯人を現行犯で捕まえにくい状況では、売られた先からあぶり出した方が早い。幸いにも一つだけそれらしい目星がついたんだ」

「だったらさっさとしょっぴけばいいだろう。まどろっこしい捜査なんかしていないで」

「それができれば苦労はしない。証拠がない限り、果てしなく黒に近くても黒ではないのだよ。下手をすれば証拠自体が消される可能性もある。そうなれば捜査は初めからやり直しだ。それだけは避けたい」

「……証拠って? 何を根拠にソコが浮かび上がったんだ?」

「いなくなった子供だよ。それらしいのがいるという情報が手に入った。だからその子供を助け出して子供の口から証言させる。子供がその証拠だ。年令は十四歳だから充分に証言能力はある。違法に売られていた事がわかればそれを理由に踏み込める」

「違法に売られていたって。……人身売買は元々違法だろ?」

「表向きはな。だがこの国には里親や住み込みの仕事と称して、子供を奴隷代わりに使う人間も沢山いるのも事実だ。国には親のいない子供が沢山いる。まだ一人前に働けない子供には育ててくれる人間が必要なんだ。そういう大義名分を隠れ蓑に悪事の温床となっている場所もある。そういう場所でも違うと一言いいきられれば、軍はそれ以上は踏み込めない。子供を不当に働かせているという証拠がなければ介入できない。軍が動くにはそれなりの明確な理由が必要なのだよ」

「なんでも証拠証拠かよ」

「大人の世界というのはそういうものだよ、鋼の。いい加減こちら側のやり方にもなれたらどうだ?」

「アンタらのやり方には一生慣れたくないな」

「目をつむらねば生きられない場所なのだよ、軍は。……というより大人の世界は。間違っていると声高に叫んでも世の中の有り様は何も変わらない。綺麗ごとで世の中は回らない。規律があって世の中は動いているんだ。それが間違っている法則でもだ。世界の在り方に文句を言うだけならその辺の子供と一緒だ。そんなヌルイ生き方では目的なぞ遂げられない」

「余計なお世話だ。オレ達の生き方をどうこうアンタに指図される覚えはないね」

「指図ではない、鋼の。忠告だよ。キミは無くすには惜しい人材だ。軍の狗になると決めたのはキミだ。精々この堅苦しい規律という檻の中で暴れたまえ」

「その言葉、そっくりアンタに返すぜ、大佐。何を欲しているのかは知らないが、あまりやりすぎると出る杭打たれるぞ」

「ほう、心配してくれているんだ、鋼の。嬉しいなあ」

「張り付いた笑顔で言うな、気持ち悪い。心にもない事ばかり言っていると、そのうち本当の事を言っても全部嘘に聞こえるから、その辺で止めとけ」

「鋼のは私の事をよく見ているんだな」

「……つうか、目の前にいて見るも見ないもないだろ。そういう下らない言葉遊びは他人を不快にさせるだけだからいい加減卒業しろよ。アンタが大人にならないと部下が可哀想だろ」

 全くだと背後で頷く面々。

「鋼のは最近可愛くない」

「いつオレが可愛かった時があった?」

「出会った頃はキャンキャン吠えるポメラニアンみたいで可愛かったのに。今じゃ目付きの悪いブルテリアだ。大きさはさほど変わっていないのに」

「オレはあんなにブサイクじゃねえ。……っていうかさりげなく身長の話題を混ぜるな!」

「ふてぶてしい面構えはそっくりだぞ」

 エドは胡乱な目付きでロイを見返す。

「それなら大佐なんかライオンのオスと同じじゃないか」

「ほう、私はそんなに格好良いか?」

「バーカ。群れの中にいて、いつも何もしないのがオスだよ。ライオンは餌を取るのも子育てするのもメスだ。オスはメス達の捕った餌を一番に食べて、ブクブク太るだけじゃないか。働くのなんかメスの十分の一以下だ」

 わー、ぴったりの形容詞。……と背後で全員思った。

「鋼のは私をそういう目で見ているんだ」

「オレが、じゃなくてアンタを知る人間全部がそう思っているよ。働ける力はあるのに働かないマスタング大佐ってな」

「私は時間を有効に使っているだけさ」

 嘯くロイを見る四方の目は冷たい。

 実力はあるのにどこか飄々として浮ついて掴み所がない。能力は知っているし尊敬できる上官だと思っているが、心の一部を隠蔽して本来の自分を隠して道化を演じている空気がある。

 力があるのに何処か出し惜しみをしているようなもどかしさを上司に感じていた面々は、エドワードの言葉に内心で頷くのだった。

 ロイがコホンと小さく咳をする。

「話が脱線した。本題に戻るが、鋼のには娼館に売り飛ばされてもらう。そこで攫われた子供に接触し、素性を改めた後、保護するのがキミの仕事だ。潜入捜査がバレればキミの命はおろか子供の命が危ない。色々見知っている子供は口封じに殺されるだろう。そうならないように事は慎重に運ばねばならない。……出来るか?」

「できる」

「そんな危険な事、駄目だよ」

 簡潔に言い放ったエドの言葉に、アルフォンスの声が続く。

 今まで後ろで大人しく控えていたアルフォンスだが、兄の無謀な試みを心配せずにはいられない。兄の力を疑っているのではない。ただ自分のいないところで危険な事をして欲しくないのだ。今回の仕事は危険度も高い。

 軍の仕事には口出ししないようにしている弟の制止に、エドワードは安心させるように笑った。

「大丈夫だよ、アル。何も心配する事はない。さっさと行って犯罪組織を片付けてくる。オマエは大人しく待っていろ。簡単な仕事だ。何も難しい事はない」

 アルフォンスは納得しない。

「簡単じゃないよ。簡単だったら今まで大佐達が手をこまねいているもんか。それに娼館なんて。誘拐犯が関わっているなら警備も厳しいだろうし、たった一人で乗り込むなんて無茶だよ。兄さんにもしもの事があっても誰も助けられないんだよ? ボクはこの姿だから一緒に潜入なんて無理だし」

 弟の案じる声音にエドの目が優しくなる。

「アル。本当に大丈夫だ。絶対に無茶はしない。約束する。だから心配するな」

「兄さんが無茶をしなかった事なんかないじゃないか。いっつも暴走して。ボクが引き止めなかったら、兄さんなんか今頃全身が機械鎧だよ」

「アル……オレってそんなに信用ない?」

「兄さんが慎重なんて誰が信じるんだよ。ウィンリィが知ったら大笑いするよ。信用して欲しかったらもっと冷静さを身につけてよ。いつでも細心の注意を払って慎重に行動して。でないボクは心配で心配で」

 弟の言葉が耳に痛い兄だった。

「だ、大丈夫だったら」

「根拠のない大丈夫なんて聞きたくない」

 怒ったようなアルフォンスの声にエドは困る。

 言葉ではアルフォンスがいつも正しい。仮にもし反対の立場だったらエドだってアルと同じように反対するだろう。

 もしアルフォンスが生身の身体だとして、捜査の為とはいえ娼館に売られていくなど、絶対に許す事は出来ない。嘘とはいえ弟が売られ、汚い人間の目に商品として見られるなど絶対に許さない。

 そんな事になったらそうした人間を半殺しにしても気が収まらない。アルフォンスはエドにとって一番大事な人間なのだ。

「アル……。本当に大丈夫だ。すぐに終わるよ。中に入って子供を見つけて、外に合図するだけの事だ。一日で終わるさ」

「だって兄さん…」

「ほら、見ろよ。攫われた子供のリストを。まだ年が一桁の子供だっているじゃないか。それにオレが接触するっていうリーヴ・マクミランってヤツはオマエと同じ年だ。もしオマエがコイツと同じように攫われたとしたらって考えると、オレは気が狂うよ。早く全員親元に返してやろうぜ」

 そう言われてしまえばエドワードにやるなとは言えないアルフォンスだった。被害者の事を考えるならば個人的な感情は収めるべきだが、エドワードはアルにとってたった一人の家族だ。理性と感情は別物で、十四のアルフォンスには割り切れない部分が多すぎた。

「でも根本的な事で困らない?」

「根本的?」

 アルフォンスが言い辛そうに言葉を濁す。

「兄さんが売り物になるの? だって娼館って……女の人がその……男の人と……そういう事をする場所だよね?」

「あ……ああ。一応そういう場所だと聞いているが……」

 年頃の兄弟は口に出しにくい話題に、それぞれの視線を避けながら声を小さくする。

「なら……そんな場所に男の兄さんが行っても門前払いじゃないの?」

「え?……」

 エドワードは困った。

 周りの大人達も固まった。






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