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 ようやくこれで仕事が進むと横にいたリザ・ホークアイ中尉が安堵する。

 リザの上司は有能だが勤勉優秀とはいいがたく、ところにより無能な上司のお守りは毎回の事とはいえ忍耐の限界を迫られる。

 上役とは嫌味の享受、親友は惚気、年端も行かない部下とは低俗な当て擦りと、ホークアイの上司は人間関係を摩擦無しではのりきれないらしい。というより独特の挨拶方法を個人で決めているのだろうか? どちらにせよ迷惑な話である。

「仕事って?……またどこかの査察か何かか?」

「いや、違う。もっと物騒な話だ」

 ロイの顔と周りの空気が締まった気配に、エドの背筋も緊張に伸びる。

 ホークアイ中尉がエドの前に紙の束を置いた。

「これを見ろ。鋼の」

 出された紙には名前が羅列されている。

「これが何か?」

「ここ最近、行方不明になった未成年者名前のリストだ」

「行方不明?」

「そうだ。全員失踪している」

「物騒だな。誘拐か何かか? 家出ってことはないんだろ?」

「それが全く分らないんだ。子供の失踪が急増してる。とはいっても初めは親のない子供が大半だったので、捜査が遅れた。実際にはもっといるかもしれない。子供がいなくなったと親が騒いで表沙汰になった。調べてみると沢山の子供が消えている。騒ぎにならなかったのは範囲が広くて、一つ一つの事件を繋げられなかったからだ」

「連続失踪事件と誰も分らなかった?」

 リストの名前は三十名以上だ。

「ああ。子供がいなくなった範囲が広すぎる。範囲は中央から東部南部に掛けて広範囲に及ぶ。単純な誘拐騒ぎでないのは身代金要求がない事から見て、間違いない。おかげで子供をもつ親達はピリピリしている。ゆえに最近軍への風当たりが強い。さっさと犯人を掴まえて子供を取り戻さないと上司の嫌味がまた増える。人の批判だけは優秀な軍人は沢山いるからな」

 エドは並べられた名前を見た。子供の横に消えた場所と年令が書かれている。年令はだいたい八歳から十八歳までと範囲は広い。

「大佐の見解は?」

「人身売買の組織が動いているという噂がある。たぶんいなくなった子供は何処かへ売られている。良くて娼館か、労働力として奴隷にされるか、最悪ならば臓器売買で腑分けされてもう生きていない」

「何だって?」

 いきり立つエドにロイは座るように手を振った。

「なんでアンタらは悠長に構えているんだ? こんなに子供がいなくなっているのに、どうしてこれだけ消えるまで騒ぎにならなかったんだ?」

「子供が消えた日付けと場所を見てみろ、鋼の。南部のアピセの町の次は東部のゼロ地方。その次はセントラルに近いクラフだ。場所がまちまちなので関連性を繋げられなかったんだ。騒ぎが大きくなって調べてみた所、子供の失踪が分かった」

「なんでもっと早く分らなかったんだ? いなくなった子供の数が多すぎる」

「いなくなった場所が場所なんだ。アピセの町は海に面している。海難事故は後を絶たない。誘拐より事故による行方不明者の方が多いくらいだ。東部のゼロの森はオオカミの生息地だ。森に入れば何があるか分らない。特に春先は子供を生まれて、オオカミ達は殺気立っている。子供が一人でいなくなれば地元の人間はまず森に入った事を疑う。春先に森に入れば生きて出られないかもしれないと、地元の猟師でさえ言うんだ」

「だがそれを事故、ではなく失踪とした理由は?」

「いなくなった子供を見たという情報が手に入った。事の真偽はまだ不明だが、調べてこれだけの子供がいなくなっているところをみると、事件性が強い。初めにいなくなったのが親がいない子供に集中しているのも気になる。……という訳でその調査で我が東方指令部は非情に多忙なのだ。同じ年頃の子供がいなくなっているんだ。他人事ではないだろう。キミも手伝いたまえ」

 要請ではなく命令だが、エドは素直に頷いた。

 確かに他人事ではない。

 親元から攫われて、良くて娼館、最悪臓器売買など胸が悪くなる事態だ。

 世の中には汚い事が多すぎる。

 清廉潔白に生きようとは思わないし、他人を気安く批判できるような清廉な生き方はしていない。

 だが他人の権利を侵害しないという基本理念に添って生きているエドには、犯罪者であるというだけで許し難く思えるのだ。しかも対象者は子供だ。それは最早人の所行ではない。

 犯人は絶対に許せない。

「そんなやつらさっさと掴まえて、ブタ箱行きにしちまおうぜ」

「言葉で言う程簡単にいくならな。何せ捜査範囲が広すぎる。聞き込みや足取りを追うだけでも何日もかかる上に、集めた情報をすべて照らし合わせるだけでも厄介だ」

「そんな悠長な事をしていたら子供の命が危険だ。臓器売買なんて胸糞悪い。調査が進まない言い訳なんか聞きたくない」

「こちらだって必死なんだ。だが犯人は証拠を残さない。捜査の進めようがない。焦れったく思える地道な聞き込みと市民による情報提供しかない」

「何とかならないのかよ?」

 エドが焦れて叫ぶ。

 軍が真面目に調査していないとは思わない。が、こうしている間にも次々に消える子供を思うと平常心ではいられない。自分に何ができるとは思えないし、何かができると過信もできない。だけどできないからしないというのは違うと思う。

 自分が悪いわけではない。仕事が進まない軍が悪いわけでもない。だからできる事があるならば強力したいと思う。

 許せない。何を? 不当に曲げられる子供の人生がだ。

 大人ならば無視する事ができるが、自分より年下の子供が人としての人権を無視して虫けらのように扱われているかもしれないという事実が我慢できない。

「そこでだ。……鋼のに協力を頼みたい」

 ロイの提案にエドは頷いた。

「いいぜ。オレにできる事だったら何でもする」

「そうか、それは良かった。……皆喜べ。アンダー役が決まった。これでうまくすれば事件解決の糸口が見つかるだろう」

「アンダー?」

「潜入捜査だよ、鋼の」

 ロイはニコリと女性だけに向けられる笑顔を特別にエドに向けた。

 こんな顔をするなんて余程事件に行き詰まっていたに違いない。

 良くない徴候だ。 エドは口元を歪めた。

「大佐」

 咎めるようなホークアイの声に、エドは何かあるのかと隣を見た。

 わらわらと部屋の人間がロイの元に集まる。

「え、大佐。例のヤツ、本当にやるんですか?しかもよりにもよってエドで?」

 ハボック少尉が後ろからエドを見下ろす。

「危険じゃないですか? いくら国家錬金術師といえどもエドワード君はまだ子供なんですよ?」

 フェリー曹長も続ける。

「というか、エドワード君で果たして大丈夫か? ……という疑問もありますが。演技力なさそうですし」

 とファルマン准尉。

「機械鎧はどう説明するんですか? 傷物って売り物になるんですか?」

 ブレダ少尉の言葉にエドは訳の分らないまま不機嫌になる。

「傷物って何だよ? 機械鎧の何処が悪い?」

 エドに睨まれてブレダは視線を逸らす。

「悪くはないけど売れるかどうか…」

「売るって何を?」

「エドワード君」

「……は?」

「ドナドナ子牛を自らかって出るとは流石国家錬金術師。一般人ではまず無理だろう。いざとなったら戦いもできる人間兵器でなくてはやれない仕事だな。エドがちょうどこちに来てくれてありがたい」

 ハボックの言葉をホークアイが咎める。

「言葉を慎んで下さい、ハボック少尉。エドワード君は国家錬金術師とはいえまだ未成年の子供ですよ。そんな危険な事はさせられません」

「だけど誰かがやらなきゃいけないんでしょ? 大佐じゃ無理がありますし、中尉にはそんなことさせられませんし、オレ達じゃ初めから売り物にはなりませんよ。危なくて素人は使えませんし。軍の幼年学校の生徒でも無理ですよ」

「分りませんよ? キワモノ好きなマニアも中にはいますから、ハボック少尉だってもしかしたら守備範囲かもしれませんよ?」

 ホークアイの言葉にハボックは情けない顏になる。

「……よしんばいたとしても本当に売れるかどうか」

 絶対に無理だとハボックの後ろでブレダ達が手を振る。

「しかし……」

 ホークアイは思案顔だ。

 四方から見られて訳の分らないエドワードは何事かと構える。

 皆は何を言っているのだろう?

 一体自分は何をさせられるのかとエドはロイを見た。もしかして自分はとんでもない安請け合いをしてしまったのだろうか?

「そう構えることはない、鋼の。ちょっとした潜入捜査だよ」

「それは分かったけど、何処へどんな役で?」

「ドナドナの子牛役」

 ロイが不自然な笑顔でニッコリと笑った。


 エドの背が冷えた。






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