悪 魔 を 哀 れ む 歌 ・ 01 |
02 「また収穫はなしか、鋼の」 短い挨拶とも言えない一言が、いつもロイ・マスタング大佐に会うと聞かされる第一声だとエドは気付いていた。 アルフォンスは軍部の皆と後ろにいる。 今日の東方指令部ロイ・マスタングの部屋は活気に満ちていた。というより溜まった書類に埋もれて忙しそうだった。 ロイの机の前にエドはふてぶてしく立つ。 「また、とか言うなよ。……あんたのくれた情報がガセだったんじゃねえか」 「ほう。では噂になっていた奇跡を行うという赤い石は結局は偽物だったのか」 今回兄弟はその調査に行き、帰ってきたのだった。 南部の町に『奇跡の石』という物があるという噂に引かれてエドとアルは南部に行ったのだ。 「ああ。南の国のエアルゴから持ち込まれたっていう赤い石は、賢者の石じゃなかった」 いまいましそうにエドが言う。 「では何だったのだ?」 「ただの宝石だ。アレキサンドライトの一種で光によって色が変わる。石としては高価な物だろうが所詮石は石だ。何の力もない。だが所有者は色が変わる仕組みを利用してでっちあげの占いを行っていた。占い師としての才能はなくても、詐欺師としての才能はあったらしい。色の変わる石を御神体として奇跡の石に祭り上げた。緑に変わったら病気が直るとか、黄色が出たら恋愛運が上がるとか。くだらないと思うが信じる者がそれなりにいたらしい。占いとセットにしての軽い詐欺行為だが、タチが悪く結構な金額を巻き上げていた。恋愛運などどうでもいいが、ヤツの言葉を信じて財産を注ぎ込んだ上、結局子供の病気を悪化させた人間もいて、ケチな詐欺というには悪質だったんで、証拠を挙げて当局に通報した」 「ああ。その事なら新聞にのっていたな。『奇跡の占い師、ペテンで逮捕。被害者続出、被害総額はおおよそ五千万センズ』……ちょっとした見出しになっていた。鋼のの名前は出ていなかったが」 「知っているんじゃないか」 「ただその記事の最後に面白いコメントが載っていたな」 「どんな?」 何を言うつもりだろうとエドは構える。マスタング大佐の言葉に益があったためしは殆どない。 「『占い師を装った詐欺師ベン・ペーパーを逮捕出来た事は喜ばしいが、強引な捜査で証拠を挙げる憲兵のやり方には反感を感じずにはいられない。目撃者の証言では、強引な突入で家屋が破壊され多大な被害が出たという事だが、一夜明けて記者がその様子を見にいった所、家屋に全く破壊の跡はなかった。だが善良な目撃者の市民には嘘をついているような様子はない。結局夜中の事なので、寝惚けて夢を見たのだろうという事に収まったが、何人もの人間が一度に同じ夢を見ることはありえない。集団幻覚とも言い切れず、なんとも不可解な幕引きとなった』……とあるが?」 「……言葉通りの意味じゃねえ?夢でも見たんだよ」 エドは横を向く。 提出された報告書をロイは溜息と共に受け取った。 「……強引な捜査は市民の反感を買うぞ、鋼の。ベン・ペーパーを逮捕できたから良かったものの、証拠があがらなかったら重大な越権行為だ。下手をすれば軍法会議だ。……気をつけたまえ」 「何の事か分らないな。憲兵隊のすみやかな活躍により、何の支障もなく詐欺師ベン・ペーパーを逮捕できたんだろ? 証拠は充分。余罪はボロボロ。逮捕の際の周辺への被害はゼロ。何の支障があるっていうんだ?」 ロイはエドの顔に視線を戻した。 「……逮捕に加わった憲兵隊の話では突入前からベン・ペーパーの屋敷は半壊状態だったそうだ。詐欺の証拠品は金庫にあったが、何故か金庫の鍵は掛かっていなかったそうだ」 「鍵の掛け忘れだろ?」 「しかも当事者のベン・ペーパーは顔に青痣をつくって自分のベットで就寝中だったとか。眠っていたというより気絶させられていたといった方がしっくりくると言っていたぞ」 「寝惚けて柱にでも顔をぶつけたんじゃないのか?」 「破壊された家屋だが、一晩明けてみたら殆ど無傷状態で、屋敷の番をしていた憲兵が仰天したとかしないとか。……そういえばベン・ペーパーの屋敷には人の意識を混濁させる違法のドラッグ類もあったときく。それを使えば見張りの意識を一時的に誤魔化すのは訳ないな。誰かの錬成は錬成陣を必要としないから、錬成には十秒もあれば充分だろう」 「何の事だかさっぱり?」 タヌキとキツネの化かしあいのような会話を耳で流しながら、東方指令部の軍人達は黙々と仕事を続けている。 口を挟むのも馬鹿馬鹿しいというところか。 鋼の錬金術師の暴走行為はいつもの事だし、それに附随する上司の嫌味も相変わらずなので、恒例行事と気にする人間はいない。それより無駄話が続くと仕事が滞って困る。 「鋼のの所行が表沙汰になったら私の責任になるのだからな。行動には気を付けたまえ」 「結局それかよ。自分の失点になるのがイヤってか?」 「半人前の子供を部下に持たされた私には監督責任というものがあるんだ。せいぜい早く大きくなりたまえ」 「誰が半分にしか見えない極小チビだってぇ?」 エドの目がキリキリ吊り上がる。 「鋼のは難聴か? いい加減小さいという言葉に反応するのは止めたまえ。君の背が伸びないのは確固たる事実であって、それ以上でもそれ以下でもない。背の事を言われるのがイヤなら牛乳を飲め」 牛乳を白濁色の牛の分泌物だといって憚らないエドの牛乳嫌いを知りながら言うロイを、エドは睨んだ。 「たまえ、たまえって偉そうに言うんじゃねえよ。仕事が溜まっているのはアンタじゃないか。よくもまあここまで書類を溜められたもんだ」 目の前に積まれた書類の山を見ながら、エドは呆れるしかない。最後にはやらなければいけない仕事をどうして先伸ばしにするのか分らない。どうせ後から絶対ツケがくるのに。 勤勉さを当然とする最年少国家錬金術師には、大人のルーズさは理解できなかった。 「今東方指令部はとても忙しいのだよ。私がサボっているような言動は止めたまえ。事務関係を処理する時間もない程多忙だというのに」 「サボってたんじゃないのか?」 「失礼だぞ、鋼の。私がいつサボった。こんなに日々懸命に働いているというのに」 嘘臭い。 エドだけでなく聞いていた周囲の人間全てが思った事だが、誰も突っ込まなかった。無駄だからである。 「そんなに真面目に働いて忙しいなら、さぞかし部下は大佐を信頼しているんだろうな。大佐が逃げないように部屋に監禁して仕事をさせられている、なんて噂は全くのガセなんだろうな?」 「おい鋼の。……どこからそんな噂が」 エドは惚けて言った。 「謂れのない噂ならすぐに消えるさ。真面目なマスタング大佐が部下に見張られてヒーヒー言いながら書類と睨めっこしているなんて、ありえない事だからな。……謂れがあるなら噂は事実として肯定されるだろうけど」 ロイの眉が寄る。 「失礼な噂だ」 「そう、噂だ。……仮に事実なら情けないよな。まがりなりにも大佐と呼ばれる上級士官が、部下に首根っこ掴まれた猫みたいな扱いされているなんて、出来の悪い子供じゃないんだから。『どうしてそんなに溜める前に宿題をやらないの?』と母親に叱られるガキと同じって事はないよな? 仮にも軍の誇るロイ・マスタング大佐が」 エドの声は喜々としていて、後ろでは溜息に似た諦めのような空気が漂う。 確かにロイ・マスタングは、副官に似たような事を毎回言われ続けている。 エドワードは子供だがロイ・マスタングは大きな子供なのだ。会話が低年齢化している。泥沼だ。 「鋼の……。仮にも私はキミの上司だぞ。非礼にも程があろう」 ロイの不機嫌な声。 子供相手に張り合うからだと背後で誰かが思う。 事実を述べるられる事は、果たして非礼にあたるのだろうか? 「あれ?……もしかして噂は事実なんだ? 根も葉もない事なら笑って歯牙にも掛けない大佐が、反応するなんて」 「くだらない噂を喜ぶとは鋼のは子供だなあ。もう十三歳だっけ?」 「十五だよ」 「おや、失礼。初めてここにきた十二の時からさほど身長が変わらないので、年令を間違えてしまったよ」 エドの額に血管が浮かぶ。 もう止めてと背後で同じく誰かが思う。 「年喰って脳細胞が減ってるんじゃないのか? 童顔でもヒューズ中佐と同じ年なんだからこれから老いるばかりだろ? 中佐は家族の為に頑張っているけど、独り身が身軽だとタカをくくっている誰かさんは、気が付けばイヤらしい中年男に変化するかもな。人の年令も覚えられないなんて、もう惚けが始まっているんじゃないのか?」 「誰が中年だ。ピチピチの男盛りを掴まえて。私はまだ二十八だ。男はこれからだ」 「そう、オレと一回り以上も違う。四捨五入すれば三十代。そろそろ腹も出ようかという年代。そして脳細胞も減る年代。加齢臭が漂ってきたら側に寄るなよ」 「誰が加齢臭だ。言っておくがヒューズだって私と同じ年なんだぞ」 「中佐は大丈夫。エリシアちゃんに掛けてみっともない中年にはならない。娘に疎まれるような中年男になるくらいだったら死ぬかも」 娘命の子煩悩ヒューズ中佐は、きっと十年後も今と殆ど変わらないだろう。 「アレは特殊な例だ。アイツの家族自慢は病気だ」 「微笑ましくていいじゃないか。奥さんは優しい人だし、娘は無邪気。パパは家族の為に一生懸命。理想の一家だ」 「……そうか、鋼のの父親は子供の頃に出て行ってそれきりだったな」 無条件にヒューズを慕うエドの底にあるものを感じ取って、ロイは納得した。 エドの目にはヒューズはこうあるべき父親の姿なのだ。父親嫌いの子供の理想の父親像に当て嵌まってしまうヒューズは、エドの目にはさぞかし格好良く見えるだろう。エドの中の子供が無意識に父親と比べてる。エドは気が付いていないだろうが。 ロイには分らない心理だった。 「実際そんなに格好良くはないんだがな……」 軍の電話で毎回家族自慢をされるロイはうんざりしていた。 「どうしてアンタらが親友なんだ?そんなに性格が違うのに」 「ヒューズとは士官学校以来の腐れ縁だ。……そんな事より仕事の話だ」 挨拶とは言えない定例の挨拶を交わした二人はようやく本題に話を移した。 top novel next03 |
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