やまとなでしこ初級編02

注意/1 180話ネタ
注意/2 限が生きてる設定
注意/3 良守まで閃ちゃんと同じ女体化
注意/4 閃ちゃん視点





「限にはオレから説明するっ」と良守は言い張った。
 オレは秀を相手にするので手が一杯だったので、良守に任せたのだが……。
 良守は限に「今後の仕事に関わる重要な話があるから家に来い」と
家に来るように告げた。
 ただの誘い文句なら、面倒臭いつき合ってられるかと断ったのだろうが、真面目な限は『しごと』の三文字に逆らえない。
 墨村の家に来た限は女子の制服を着たオレと良守の姿を見て、こいつらバカだ悪い物を見てしまった、という顔になった。
 限とは逆に遠くで喜んでいるのは秀のバカと良守の父親だ。ジイさんは良守が女になったのを知って卒倒した。戦前生まれには性別逆転はきつかったらしい。
「口で説明するより見た方が早い」というのが良守の言い分だ。
 オレも同意した。論より証拠。現実を見せるのが手っ取り早い。
「制服じゃ身体が変わったの分かりにくいかな。スクール水着の方がいいかも…。裸はやっぱりちょっと恥ずかしいからな」
 オマエ、羞恥心が残ってたのか。
 昨日までは男だったくせにスクール水着を平気で着ようっていう良守の神経を疑う。こだわりなさすぎだ。どの口で羞恥心を語るのか。
「だって時音が、過去にこだわるほうが男らしくないって言うし」
 また時音教祖様のお言葉ですか。時音教の信者はこれだから嫌だ。宗教にハマるヤツなんてロクでもねえ。
 昨日がもうすでに過去かよ。
 どんだけオマエの周りの時間は早く進んでんだ? 過去を振り返らないって、失敗しても反省しないって事じゃねえかっ。
 つか、反省しなきゃ学ばないからまた同じ間違い繰り返すぞ。
 人は同じ過ちを繰り返すって、某モビルスーツ乗りの人も言ってたじゃねえか。先人の言葉を敬え、学べ。
「突然こんな格好で驚いただろ? オレ達な、実は女だったんだ」と良守は真剣に限に向って言った。
 ……直球すぎだ。
 限は始め狼狽えたのだが、すぐに脳の中で色々な可能性を考えたんだろう。
 サプライズパーティーとか、ドッキリとか、頭領の悪戯とか。(←これが一番可能性が高いのがなんだかなぁ…)
「……ふざけてんのか。墨村はともかく、閃まで……」
 限は良守じゃなくオレに聞くあたりがまだ冷静だった。
「どうもこうも。…………オレの口からは言いたくない。オレは疲れてるんだ」
 昨日からのサプライズでいい加減休みたかった。
 しかしオレの仕事は烏森と正統後継者の監視。ここにいないわけにはいかない。
「閃。………そんな格好をして恥ずかしくないのか? 身体張った体当たりサプライズか?」と、限が正気を疑うようにオレの制服姿を見る。
「恥ずかしいに決まってんだろうボケッ。分かりきった事聞くんじゃねえっ」
「わ、悪い……」
 オレの剣幕に押されたのか、限が謝る。
 限は何も悪くない。しかしこいつは丈夫だから八つ当たりしても壊れないので、つい扱いが乱暴になる。妖統合型なので象が踏んでも壊れませんていう筆箱より頑丈にできてる。医者に喧嘩売ってんのかってくらい修復能力高いし。……心は絹ごし豆腐より脆いけど(良守談)
 破壊魔兼、限の心の癒し手である良守がいるからメンタル面でのケアは任せよう。
 コイツ、良守に「好きだっ!」って言われるとHP上がるらしいし。
 良守だぞ? 何がそんなに嬉しいんだか。
 良守の「好き」なんてバナナの叩き売りより安価で買える代物だ。雪村時音なんてゲップが出るくらい食わされて食傷気味で、もういらないって言ってるくらいだ。
 限は良守が好きらしい。どうかしてるんじゃないかと思うが、良守が人間じゃなく犬だと思えば納得する。限は動物と気が合う。雷蔵とかいう妖獣と仲良いし、同じようなものだろう。
 とりあえず限に事実を説明した。
 良守がいくらカラス天狗の呪いで女になったと言っても、限はなかなか信じられないようだった。
 無理もない。オレだって立場が逆ならすぐには信じないだろう。夜行なんて非常識集団に属していても、男女の入れ代わりだなんて聞いた事がない。ましてや自分の身に降り掛かるなんて。
「そんなにオレの言葉を疑うなら、証拠を見せてやる」
 止める間もなかった。制服の上をガバッとコンマ五秒で縫いだ良守は、ブラをつけてなかった。制服に抵抗はなくてもブラジャーには抵抗があったらしい。
 ……というか、オマエまだブラいらないな……。
 こんもり……というには肉が足りない良守の胸はなだらかな丘陵のごとしで、だが男の胸ではなかった。
 骨格は今までより一回り華奢になり、胸の頂点には健気なピンク。身体中が傷だらけなのが痛々しい。ほっそりとしたか細い身体を見て、限は卒倒しかけた。
 脳内で必死に現実逃避している。さっさと事実を認めろ。今見てるもんが現実だ。ちっぱい(ちっこいおっぱい)が見えるだろう。良守とオレはもう男じゃねえんだよ。……オレの胸はもっと立派だけどな。
「志々尾、これでも信じられないのなら、下も脱ぐか?」
 スカートに手をかける良守。
 限は瞬時に飛び去り、欄間に張り付いた。
「いいいいい、いや、いい、いいっ!」
「良いのか。じゃあ脱ぐ」
「違うっ! 脱ぐなっ! 服を着ろっ!」
 限は笑っちゃうくらい必死だった。どのくらい必死かというと、欄間から落ちて顔で着地するくらい。
 ベチョッて音がしたぞ、音が。痛そうだな。
 限は現実を認識したくなくて頭の中がバグだらけだが、良守は限を振り落とす勢いで前向きだった。
 あれこれこうだともう一度限に全部説明しきると「オレ達の事は元から女だと思えばいい。思えないのなら、男だと思って今までと同じに扱ってくれ。そういうわけだから、気にすんなよ」と爽やかにのたまった。
 限はギギギッと油が切れたゼンマイ仕掛けの人形のように首を動かした。ホラー人形みたいだ。
「今までと同じ……?」
「そう、今までのように、抱いて跳んだり、ブン投げたり、蹴り入れたり、爪で襲い掛かったり、囮にしたりしてもオッケーだぜ」
 オマエらそんな事してたんだ。限のやつ容赦ねえな。
「で、できるかっ!」
 限が慌てる。基本、男と女は扱い方が違うからな。
 限は乱暴者だが、女を傷つけないように気をつけている。姉を傷つけたトラウマがあるから限は女が苦手だ。
 反面、男の扱いは乱暴で粗雑。ナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけてる。
 良守は阿呆で丈夫でバカみたいに優しくて強いから、限の粗暴さも正面から受け止めて喧嘩している。
 でも。良守は女になっちまった。
 限はどうするんだろう。
「できなきゃ困るんだよ。時音は細部のサポート、オレはパワー担当、オマエはスピード担当だろ? オレとオマエが組む事が一番多いんだよ。女になったからってオレに遠慮してたら今までと同じように動けないぞ」
「だ、だがオマエはもう女だし……」
 限が狼狽えまくっている。普段の強面の欠片もない。
「身体は女でも心は男! オレの事ヌルイって言ってたじゃないか。これ以上ヌルクならないように頑張るからさ。志々尾も覚悟を決めてくれ」
 何の覚悟だよ。
 しかし限の顔付きはまさにそんな感じ。清水の舞台から飛び下りますって表情だ。亜十羅に叱られに行く前みたいだ。
「無理だ……」
 苦悩するハムレットのような声をして、限はギブアップした。
 限は女が苦手だ。姉を傷つけてから女という人種が恐いのだ。乗り越えられない傷跡。
 それなのに、心の門の隙間が狭い限がやっと中に入れた友達が女になったと聞いて、どうしていいか分からなくなってる。気の毒に。
 これ以上ないくらい落ち込む限の哀れな姿に焦ったのだろう。良守は「任せろっ」と男前に胸を張った。
 しかし良守に任せて大丈夫だった試しがない。なんでそんな自信満々なんだ。
「大丈夫だ志々尾。オマエが女が苦手だっていうんなら、慣れればいい。何事も慣れだ! 苦手を克服しろ。男は度胸だ!」
 そう言って良守は手に持っていた服を下に落として、限の手をいきなり掴むと自分の胸部に持っていった。
 ふにゃん。
 そんな空耳が聞こえた。
 オレは驚いたが、限の比じゃなかったろう。
 限は液体窒素を掛けられたように固まった。
 瞬間志々尾像のできあがりだ。
「……な。こうして毎日触っていれば嫌でも慣れるさ。仕事でオレを抱えて跳んだり投げたりしなきゃならないんだから、今までのオレとの違いにさっさと慣れろ」
 オレが男だったら(まだ心はまだ男だ!)羨ましいシーンだと思うのだろうが、そう言うには良守の胸はささやかすぎてちっとも羨ましくならない。色気の欠片もねえなこいつ。オレの方がよっぽど美人でイイ女だ。
 限は『悲劇の瞬間の像!』…みたいに固まっている。
 良守のやつ大胆というか後の事、ちっとも考えてねえな。
 どうなる事かと固唾を飲んでたら。
 あ、限の目に正気の光が戻った。
「ぎっ……」
「ぎ?」
「ヴギャーーーーッ!」
 尻尾を踏み付けられた猫のような悲鳴をあげて限は後方に跳び、鴨居に頭をぶつけて落ちた。
「なななな、なに、何すんだオマエッーーー!」
 限はセクハラされた女みたいに怯えた顔だ。
 オマエら立場が逆。
 情けないぞ限。それでも男か。
 そこは余裕で胸に置いてある手をそっと外せばいいだけだ。慌てると騒ぎが大きくなるだけなのに。
「なにって。志々尾がオレの身体が女だと一緒に戦いにくいっていうから、じゃあ慣れさせればいいやと思って」
「思ってじゃない! このバカ野郎ッ!」
 限に拳骨で殴られて良守は「なんだよう。志々尾のいけず」と頬を膨らませていたが、どっちがいけずなんだか。良守の父親が席外していて助かったぜ。
「大した事じゃないだろ」
「大した事じゃないって……」
「オレ、女の体になったとしても中身は男だぜ。男だって太れば胸が出るじゃないか。似たようなものだ」
 神聖なおっぱいと肥満の男の胸を一緒にするな。
 また雪村にどつかれるぞ。
「というわけで、これからもよろしく」
 笑顔の良守の前で、限は苦悶の表情だ。
 リアルハムレット。女体を我慢するべきか、しないべきか、それが問題だ。
「む、無理…………だ」
 声が弱々しいのは、良守が悲しそうな顔をしたからだ。
「……志々尾なら……オレが何者だろうと、区別したりしないと思ったのに。気持ち悪いと思ってるのか?」
「すみむら……」
「女になっても友達だって思ってたのはオレだけだったんだな」
「ち、違っ……」
「男じゃなくなったら、友情とか信用とかなくなっちまうものなのか?」
 グスッと良守が啜り泣き始めたから、限は混乱した動物みたいに良守の周りをグルグル廻り始めた。
 すぐ泣く人間て情けないけど、人間関係操作には便利だよな。こういう時、相手がヘタレならあっさり主導権を握れる。良守と限じゃ、神経の太さが違うから限は勝てっこない。
「オレはオマエが女になっても差別したりはしない」「墨村は墨村だろう」「オ、オレだって……ずっと、と、と、友達だって……思ってる」「すまない。こんな事になって不安だろうに、動揺したりして。も、もう大丈夫だから」
 ……限がこんなに喋ってるとこ初めて見た。良守パワーは凄い。
 あーあ。限のヤツ、とっくに良守の掌の上だ。陥落するのも時間の問題だ。というか、限に始めから勝ち目はない。





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