やまとなでしこ初級編03

注意/1 180話ネタ
注意/2 限が生きてる設定
注意/3 良守まで閃ちゃんと同じ女体化
注意/4 閃ちゃん視点





「……遅い」
 良守がトイレから帰ってこない。小じゃなくて大の方か?
 ……などと言ったら限が壊れそうなので言わない。オレって優しいよな。
 良守が雪村を信仰しているように、限は墨村兄弟を信仰している。
 頭領は分かるが、良守をそこまで崇めるのはおかしいと思う。憧憬というか羨望というか信頼というか、こっぱずかしい、嗅いだら甘酸っぱい匂いのしそうな感情を限は良守に抱いている。
 良守が女だったら確実に恋に変わるぞ。男なので恋じゃなく変だが。………あ、ヤベッ。今、良守女じゃん。恋愛フラグ立つのか?
「良守遅いな」
 する事がないので限に話しかける。
「……そうだな」
「女のトイレって長いよな」
「……そうだな」
「トイレは寒いからな。中で倒れてなきゃいいけど」
 冗談で言ったんだが、限は今にも走ってトイレに駆け込みそうだったので、慌てて腕を掴んで止める。
「ま、待て、ストップ、限、お座り! オマエがトイレに突入したらセクハラどころか痴漢だ変態だ犯罪者だ。頭領に殺される前に父親に殺されるぞ!」
 ビキンッ! と限が固まる。良守が女だというのを一瞬失念してたらしい。
 どんだけ頭が鶏なのオマエ。三歩歩い
て忘れたのか?
「しょうがない。……オレが見てきてやるから……」と、仕方なく腰を上げる。
「だ、駄目だ」
「どうして?」
「閃だって男じゃないかっ」
「今は良守と同じ女の身体だっつーの。ムカつく事に」
 限は納得いかない顔だ。
 まったく、これだから頭が固いヤツは面倒くせえ…………と思っていたら。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!」

 良守の雑巾引き裂くような悲鳴が届いた。
「墨村っ!」
「良守? …待て、限!」
 止める暇もなかった。限はオレにすら全く反応できないスピードでトイレに向ってダッシュした。
 あらら、行っちまった。
 それにしても良守に何があった?
 オレも限に続こうとした時だった。

「ぎゃーーーーーーーーーっ!」

 今度は雑巾踏んで滑って階段から落ちた男のような声が響いた。限の悲鳴だ。
「なっ……」
 何があったんだ、と思い、駆け付けようか待機しようか一瞬迷った。
 だって万が一強大な妖が現れていたりしたら恐いじゃねえか。限と良守が悲鳴をあげる化物に、オレが勝てるわけがない。行っても足手纏いになるだけだ。オレはもう戦闘班じゃないんだし。
 グズグズしてたら、限が犬に追い掛けられた後の酔っ払いのサラリーマンのような足どりで戻ってきた。
「何があったんだ、限! 良守は?」
 限は応えない。
 顔を真っ青にして、いやすぐに赤くなってまた青くなって壊れた信号機のように顔色を変化させた。畳にへたりこんで、人としてありえない顔色と顔付きになっている。
 呪いでも受けたのだろうか?
「……な、なに今の悲鳴?」
 秀がやってきた。
「オヤジさんは?」
「さっき買い物に行ったよ。留守番任されちゃった。…………それより今の悲鳴は何?」
 そうか。オヤジさんいないのか。ギリギリセーフだ。
「分からない。……おい、限。良守はどうしたんだ?」
「よ、良守?…………」
 限はまるで厄災がつまったパンドラの箱を開けて、うっかり最後の希望まで外に逃がしちまったような顔つきだ。
 限がここまでおかしくなるなんて、一体何が……。
 良守の様子を見に行こうか迷っているうちに良守が帰ってきた。
「遅いっ! つか、何があった! 今の悲鳴は何なんだ?」
 良守の顔色もどことなく青い。
 締め上げようと思ったら、良守がオレの目をまっすぐに見た。
 まるで『実は、悪い魔女にカエルにされる呪いをかけられてしまったのです。アナタのキスで元の姿に戻れます』と言い出しそうな目だ。つまりは嫌な予感ビシバシ。
「影宮」
「お、おう…?」
「大変だ」
「何が?」
「……きた」
「だから何が?」
「オレにオンナノコの証が」
 オレは本当にその時言われた事が分からなかった。
 首を傾げるオレに。
「せ……生理がきた」
 良守が爆弾を落とした。
 不用意に落とすな。危ないだろうが。
 限の肩がビクリと震える。
「せっ…………せいり? って…………あ、あの?」
 なんという不吉な三文字。男には禁断の文字だ。男の良守なら決して口にはしなかっただろう。
「おう」
「き、きたの……か?」
「きた。……あんまり腹が痛いんで下痢かと思ったら、便器が真っ赤になってスゲエビビッた。思わず悲鳴あげちまったぜ」
「そりゃあ…………あげるよな」
 オレが同じ立場に立たされたら悲鳴をあげると思う。
「したら、志々尾がトイレに突入してくるし。……ドア壊しちゃってどうすんのさ。烏森以外だと修復術難しいんだよ」
 良守が唇を尖らせる。いま、聞き捨てならない台詞が聞こえたような。
「まだパンツあげてなかったんだぞ。恥ずいったらないぜ」
 照れてるようだが、その時の限の様子を思うと哀れでならない。
 すわっ、良守の危機か! と駆け付けてみると、パンツを下ろした良守がいて、便器は真っ赤。
 限が悲鳴をあげた理由が良く分った。中学生男子にはキツすぎる状態だ。
 けどこれは内緒にしておかなければ。
 報告したら限が頭領に滅される。
 頭領は良守が弟の時は厳しく当たっていたのに、妹になったと知った瞬間掌を返した、らしい。
 良守が言っていた。
『アイツ、信じらんねーっ!』…って。
『セーラー服着て「おにいちゃん」て呼んでくれない?』と強請られたらしい。…………寒ッ。
「良守に手を出したら許さないよ」と牽制かけられた。
 頭領、オレも女になっちまったんですけど……と言うと「そうだな、あはは。閃は特別許すよ。でも一緒のお風呂は駄目だよ。布団も別ね」と頭おかしいんじゃないかというお言葉を頂いた。
 良守が女になったせいで頭領が壊れた。
 どうなるんだ、これからの夜行。やっぱり細波さんについて行くべきか。


 生理発言にクラクラする。だって良守がきたって事はオレがきてもおかしくないって事だ。子宮もあるようだし、完璧女になったって証拠だ。
 そうやって考えこんでいると。
 いつのまにか端では愁嘆場のような、コントのような場面になっていた。
「す、すまない良守。オレはなんて事を……」
 畳に頭をこすりつけて限が謝っている。
「気にするな。不幸な事故じゃないか。悲鳴をあげたオレが悪いんだ。誰だって何があったかってとんでくるよ。志々尾は悪くねえ」
 優しい慈母の表情で慰めているのは良守だ。
 まあ恥ずかしい場面ではあるが、事故だしな。
 それに見られた良守より見た限の方がショックだろう。
「オ、オレはなんて事を……」
 反省するのはいいけど、良守は全然怒ってないって。ここはスルーするのがベストだ。
 謝るだけ双方の羞恥心が増すだけだ。
 ここは見ないフリ、忘れたフリが正しい選択だというのを分かれ。限って人間関係ホント駄目だな。
 限は今にも腹をかっ捌きそうな顔付きだ。
「な、なんでもする。償う」
「償うって言われても……」
 良守も困っている。
 償いようがないだろう。事故なんだから。限に非はない。
 しかし良守の方がびっくり箱で天然ボケで阿呆だという事をオレ達はうっかり忘れていた。こいつはいつもオレ達の斜め上をいく。
「なんでも言ってくれ。言う通りにする」
「なんでもって言われても……」
「責任取るっ」
「責任って大袈裟な………………………………あ」
 その時良守の表情が止まった。何かを思い付いたらしい。
 良守の顔がパアッと赤く染まった。
 オレは嫌な予感がした。
「責任って。それってもしかして、プロポーズかっ!」
「ヒッ……」
「ゲッ!」
 しゃっくりのような悲鳴をあげたのが限で、顎が落ちそうになったのがオレだ。
 プロポーズ? ……って、あのプロポーズか?
 「そ、そうかぁ。責任て、結婚かあ。ま、まだ早いけと思うけど、女は十六歳になったら結婚できるもんな。参ったなぁ……」
 良守が照れている。
 参ったのはオマエの頭ん中だ。
 おおい、なんでオマエ照れてんの? そこはドン引く所だろ。
 限は違う、そうじゃない、勘違いだ……と言いそうな顔付きで狼狽えていたが、言葉が喉に詰まってしまい何も言えないでいる。
 元々口下手の上、良守に悪いと思い、今さら「それは違う、勘違いだ」と言えないのだろう。
 仕方がないのでオレが代わりに言ってやろうと思った。状況は面白いが、限があまりに気の毒なのと頭領に怒られそうだからだ。
 何が悲しくて限はこんな女にプロポーズした事になっているのか。限にだって選ぶ権利はある。
 良守の考えている事がちっともわからねえ。本当にこいつバカなんじゃないか、と思った。
 良守はいつもの緊張感のない笑顔で言った。 
「……限。オマエの気持ちは分った。オレも男だ。……身体は女だけど。志々尾がそのつもりならオレも肚を括る。……末永くよろしくな。オマエの事好きだから、一緒にやってけると思う」
 勝手にプロポーズ受けんな、つか、プロポーズしてねえって。仕事と人生のパートナーを一緒にすんな。
 良守は女になって、逆に中身が男前になった。良いんだか悪いんだか。
 そして限は良守の「好き」発言に完全にカーッとなった。
 限はガバッと顔をあげ、そしてゴスッと再び畳に額を打ち付けた。畳みが頭の形に陥没する。
「す、末永くよろしくお願いしますっ!」
 それ台詞が違うっ!
 そこは『ごめんなさい!』だ!
「……幸せにしてくれよな」
「ど、努力する」
 良守の全開の笑顔に限は真っ赤だ。
「オレもオマエを幸せにしてやるから。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
「オ、オレはオマエがずっと側にいれば……」
 たぶん「幸せだ」と言いたかったのだろう。
 幻聴じゃなく聞こえるよそれくらい。
「志々尾……」
「墨村……」
 二人で見詰め合い、手をとりあっている。見た目は初々しい男女カップルのできあがりなのだが。
 中身を知っているだけに全部がイタイ。
 正気かオマエらと思った。ので、限の心だけこっそり盗み見てみたら……。
 …………見なきゃ良かった。そういう事か。
 そんなに好きだったのか、この男女が。
 がさつで傷だらけで考えなし良守で頭の中が一杯になるほど……好きなのか。

 絶望した! 仲間の趣味が最悪なので絶望した!
 人の話を聞かないダチにも絶望した! 

 びっくりしたのと阿呆らしくなったので逃げる事にする。あとは二人で気持ち悪いはにかみごっこでもなんでも好きにやってくれ。
「せ、閃ちゃん。今のなに? 良守ちゃんと限、どうかしたの?」
 秀に返事する気分じゃない。
 なんだか知らないけどムカついてたら、秀が頬を染めてオレを見下ろしていた。
「……なんだよ?」
「閃ちゃん。……セーラー服似合うねえ。か、可愛いよ」
「秀…………あはは………………はは……………は……はぁ」
「どうしたの、溜息なんかついて?」
「……畜生、秀。オマエもか、ブルータス」
 グサリッ。
 渾身の力で額を刺しておいた。
「ギャッ! ひ、酷いよ、閃ちゃん」
 泣き言を言う秀なんか、無視だ無視。
 秀の頭の中が限と同じようにピンクだったとか、限と違うのは良守じゃなくオレが頭の中にいたとか、そんなのは視てないったら視てないんだよっ。
 …………そういう事にしておいてくれ。オレはまだ男の矜持を保っていたいし、便利な幼馴染みを無くしたくない。
 オレはこれから細波さんに話をもちかけて夜行を出ようと思う。
 良守と限がくっついたのを知れば頭領が切れる。報告したくないが、バレるのは時間の問題だ。
だって頭領に隠し事ができない限と、頭の中身ダダ漏れの良守だ。秘密って言葉が形骸化している二人。
 逃げてもいいよな?
 オレが決意を固めていると。
「ただいまー。お兄ちゃんが帰ってきたよ、良守ー」
 玄関の引き戸が開く音と頭領の声。
 タイミング良すぎです、頭領。式神にでも見はらせてたんですか。
 もちろんオレは頭領の声がした途端隣の雪村家に逃げ出した。ここなら頭領の手も届かない。


 しばらくして。
「おにいちゃんは許しません!」
「いくら兄貴が反対したってオレは志々尾と幸せになるっ」
「申し訳ありません、頭領。妹さんとの結婚を許して下さい」
「誰が許すかーーっ」
 ……なんて言葉は聞こえないったら聞こえない。
「…………ねえ、何があったの?」
 今だけ雪村時音が天使に見えた。
 そうか、良守はこういう危機的状況の時に雪村を頼るから、雪村信者になったのか。分かりたくなかったぜ。
 それにしても。いずれオレにも生理がくるらしい。…………はあ。





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