やまとなでしこ初級編01

注意/1 180話ネタ
注意/2 限が生きてる設定
注意/3 良守まで閃ちゃんと同じ女体化
注意/4 閃ちゃん視点





「わたし達、今日から普通の女の子に戻りまーす。 ……えへっ☆……………………………………………………………………………………………………………笑えよ、志々尾」
 笑えるわけねえっつーの。可哀想に、限のヤツ、白目剥いてるぜ。
「なあ、影宮。……やっぱネタが古すぎて分かんねーのかな?」
 小首を傾げるな。女だったらブスのくせに可愛コぶるんじゃねえとツッコミ入れる所だが、オマエは天然だからツッコメばこっちが疲れるだけだから、言わねー。
 ……おーお、限のヤツ、立ったまま失神しかけてる。コイツのこんな顔、初めて見たぜ。
 良守のナチュラルさって、ある種の凶器だよな。
「おーい、志々尾。……人が勇気出して打ち明けたんだから、オマエも何かリアクションよこせよ。……ホント、オマエって融通きかねえっつうか、頭固いよな。人間もうちっと頭柔らかくなんねーと、世間が渡り辛いぞ。大事なのは臨機応変だぞ」
 オマエが柔らかすぎんじゃボケッ! どんだけフワフワなんだオマエの頭はっ。空気の入ったゴム風船か。そのうち空飛んでくんじゃねえのか。融通ききすぎて豆腐みたいにグズグズ崩れそうだぞ。しかも木綿じゃなく絹ごしだ。
「女子の制服似合わねえか? 時音の中学時代のを借りたんだけど、サイズがちょっと緩いんだよな。やっぱ身体にあったの買うべきかな? でも制服って結構高いし勿体ないよな」
 良守。限の様子に気付いてやれ。
 そりゃ、毎日会っている知り合いの野郎が、いきなりセーラー服着てたら驚くって。
 見た途端、『似合う! 可愛いっ! 写真撮ろうよ!』ってコメント返せるのは、あの脳天気そうな墨村父くらいなもんだ。
 さすが良守と頭領の親だ。普通っぽく見えるが侮れない。……ただ単に何も考えていない(バカ)だけなのかもしれないけど。
「影宮の制服も似合ってるだろ。つか、コイツ全然違和感ないのが違和感だよなぁ……………………痛っーーーーっ! 刺すなーーっ!」
 オレが女顔だと言いたいのか、言ってるんだな、そう思ってるんだな。イイ度胸だ殺すぞテメエッ。
「すぐ刺すなよっ! 危ねえヤツだなっ! 学校に刃物の持ち込みは禁止なんだからな」
 オレの爪は刃物じゃねえ! つか、だったら限の手はどうなるっ。あれは刃物というより凶器だぞ。怪我どころか、その気になれば人体まっ二つだぞ。
「女のスカートってスースーするよな。走ったり木登りしたりバク転したら、パンツ見えそうだぜ。…………やべっ、足冷えたらションベンしたくなっちまった。…………トイレ行ってくる」
 いちいち申告すんな。子供かオマエは。
 ……でも気持ちは分かる。分かりたくないけど、体験として実感した。女はトイレが近い。しかも冷えると余計にだ。
 スカートってなんて不便な衣服なんだ。考えたヤツ出てこいっ。短パン女の真似じゃねえけど、下にスパッツ履こう。男のロマンより冷え性対策の方が大事だ。
「おーい、良守。トイレの便座下ろせよ。でないと尻が便器にハマるぞ」
 一応忠告しておく。
 ……聞こえたかな。まあ聞こえなくてもいいけど。男はトイレで座ってする習慣があんまりないからな。
 それにしても、十四年間生きてきたけど、女子トイレほど敷居の高い場所はなかったと思っていたのに、そこにしか入れない身体になっちまったのはどういう悪夢なんだろう。オレ達前世で何か悪い事したか?
 頭領辺りだったら『ヒヒヒ』と笑って『役得じゃないか閃』くらいは言いそうだ。
 あの人もなんだかなぁ。
 良守が『ムッツリヒゲエロオヤジ』呼ばわりするの、ちょっと分ったぜ。女になると、あの胡散臭さはエロオヤジにしか見えない。
 うーん、女って野郎と視点が全然違うんだな。
 頭領は良守が女になったと聞いた途端「良守。お兄ちゃんとお風呂に入ろ」と言った。
 聞かなかった事にした。
 ツッコミたくてもツッコメねえ。どこにツッコメばいいんだよ、素で恐いよあの人。目がマジだった。
 おーい、頭領専門ツッコミ役の刃鳥副長、この人殴って目を覚まさせて下さい。お願いします。
 普通弟の性別が突然変わったら、心配するとか動揺するとかあるだろ? それが普通の兄弟の反応の筈だ。
「誰が入るかエロオヤジーーッ! 兄貴がセクハラするって父さんに言い付けてやるーっ」って声と結界攻撃で返した良守の方が今回だけは正しいと思う。
 オレ達の尊敬する格好良い頭領はどこ行った?
 しかし二十一歳と十四歳の喧嘩のオチが『父さんに言いつける』ってどうよ? それってありか? 小学生しか言っちゃいけない台詞じゃねえの? 全然変に思わず当然のように使う墨村兄弟っておかしいよ変だよ。
 ……いかん。回想にまでツッコミ入れてる場合じゃねえって。いつのまにオレツッコミ担当かよ。おかしいな、夜行じゃそんな事なかったのに。
 そういや良守とは初めて会った時からツッコンでたな。
 ……え、パブロフの犬? 条件反射か? いいや違う。アイツがツッコまれる事ばかりしてるのが悪い。オレは一ミリグラムも全然全く悪くねえっ。
 大体なんだよ、あの野郎は。
 突然煙と共に女になっちまって、互いの身体見てびっくりした後呆然として、何を言うべきか迷って困って動揺して、オレも良守も何も言えなくて、そうしたらアイツの顔が段々と悲愴な表情に変わって、オレはアイツが何を言うのかと思ったよ。
「嗚呼どうしよう」とか「元に戻れるかな」とか「仕事に支障が出る」とか「あンのカラス天狗っ許すまじっ」「こんなのありかよ、あんまりだ」とか、普通言うだろ? 悲劇にみまわれた時に人間が出せる言葉って限られてると思う。
 少なくともオレはTPOに相応しい台詞ってものがあると思っていたんだが。
 良守の事、バカだバカだと思ってたけど、一応常識はあると思ってたんだ。だってあの頭領の弟だし、正統後継者としての力はスゲエし。
 それなのにあのバカが言った台詞ときたらっ!
 ありえねえよっ。アイツ本物のバカだった。バカ中のバカ、キングオブバカ野郎。
 ああ、思い出してもムカつくぜ。言った言葉が予想外すぎて、思わず刺しちまったじゃねーか。

『オ、オレの大好きな、ささやかな時音の胸がでっかくなったーーっ!』

 あの声、近所中に響いたと思う。
 今回ばかりは雪村のビンタは正しいと思った。
 あの女、顔が般若になってた。……恐かった。
 あの時は本気でブルッた。言ったのがオレだったら結界で滅されてたと思う。
「アンタがささやかな胸になったんだからいいじゃない」
 顔が夜叉の雪村が良守の胸を指して言った。
「……あ、本当だ」
 本当だ、じゃねえっ。己の胸をしげしげと見て納得してる場合か。オマエには危機感てものが無いのか?
 ……そりゃあったら一人で黒芒楼に乗り込んだりはしないか。
 瀕死にされた限の仇を取る為に良守が黒芒楼に乗り込もうとしたのにつき合わされて(というか、無理矢理攫われて)酷い目に合ったのは記憶に新しい。
 あの時オレは学習したね。良守とは距離をおいて付き合わなきゃ駄目だって。良守はスゲエけど、危なすぎる。限と同じタイプだ。オレらとは基本が違う。
 思ってたのに、オレは烏森と良守の監視役に回されてしまった。距離を置きたいのに学校は同じクラスだし。限は良守と同じクラスになりたかったらしく、違うクラスでガッカリしてた。あいつも懐いたもんだ。孤高のロンリー妖しだったくせに。
 あれか? 餌付けされたって本当か?
 良守んちのゴハンは旨いからな。
 でもあの限がそれくらいで懐くだろうか。


 良守は自分に生えた胸にびっくりして、袴の間から見たり、おっかなびっくり触ったり、色々観察してた。
 そしたら急に良守がオレの方を見て、やっぱりジロジロ見て、一言。
「ずりぃっ! 影宮の方がデカイ!」
 爪で刺したオレは全然悪くねえ。ここで怒らなければ何処で怒れっつーんだよっ。粗相をした時すぐに躾けないと犬は分からないんだぜ。良守は犬と同じだ、いやそれ以下だ。血統書付きの駄犬め。
 それにしても良守のヤツ、貧乳萌えだったとは。普通男はボイン好きだろうが。アイツの女の基準は雪村時音だから、今度からは巨乳萌に変わるかもしれない。
 雪村時音はカラス天狗のいたずらで桃からメロンに変貌した。あの女は中身がすでに女ではないので、身体の変貌などどうでもいい。
 ちなみに雪村はブラのサイズ変更で、こずかいが全部無くなったらしい。
 ……と、オレがしみじみと回想に浸っていると。
「ど、どういう事だ、閃」
 あ、復活した。良守の気配が消えたら妖混じりの丈夫さで回復したらしい。
 しかし限、オマエメンタル面グズグズだな、知らなかったぜ。
 顔が引き攣ったままオレのセーラー服を見ている限は、危険物を前にした猫のように毛を逆立てて警戒している。
 だから、ただ身体がちょっと女になったんで女の格好してるだけだって。
「……だから良守の言ったとおり。同じ事を二度も聞くな」
 説明するのが面倒臭ぇ。昨日散々秀に言い聞かせて疲れてんだよ。お前には良守が説明するからって任せたんだぞ。
「言った通りって……。嘘だろ?」
 限のヤツ、そんなにショックなのか。普通当事者の方が卒倒するのだが。
 オレ達の場合、精神面の強度があるというか、ツラの皮が厚いというか、精神が柔軟だというか、三人ともぶっちゃけ応用が効く性格してたので助かった。
 会羽山のカラス天狗の悪戯で、オレと良守が女の身体に変わり、雪村がナイスバディに変貌した。すぐに元に戻るかと思いきや
『神様の呪いは誰にも解けないんですよ。諦めて下さい』……と宣言されてしまった。アハハ……。
 諦められっか! と思ったオレ達だが、敵もサルものひっかくもの。大の女好きのカラス天狗が美少女(←オレが言ったんじゃねえ!)に変貌したオレ達を元に戻すはずもなく。
『諦めて第二の人生を過ごして下さい』とのたまった紫堂というお守役を滅したくなった。
 ゴネにゴネた良守とオレだが、紫堂の方が一枚上手だった。
 やつはターゲットを良く知っている良守に絞った。
「女性になれば時音さんに優しくしてもらえると思いますよ」
 いきなり雪村を持ち出してきやがった。やるな。
「そ、そっかなあ……。で、でも、女同士だと結婚できないし」
 グラつくな、良守。…………て、結婚?
「男でもアナタと雪村時音の婚姻は適いません」
「え、な、なんで?」
 なんでもクソもねえだろう。オマエ本気であの女と結婚するつもりだったのか? 趣味悪いという以前に相手にされてないのに気付けよ。
 哀れむように紫堂が言った。
「雪村の当主が生きている限りそれは永劫ありえないと、神託が下りました。そして雪村の当主の寿命は百歳を越えます。あと三十年は生きるでしょう」
「た、確かにあのバアさんが生きてたら墨村と雪村がくっつくなんて絶対ありえないけど。…………で、でも…………時音ぇぇ……」
 泣くなっ。そこでベソかくから男として見てもらえないんだと気付け。
「それに良守さんは男のままでも身長が伸びません。故に雪村時音の守備範囲に入る事は絶対にありません」
「ええっーーーっ? オレって背が伸びないでチビのまま? だから時音はオレの事好きにならないのか?」
 紫堂という知性漂う男前のカラス天狗はきっぱりと断言した。
「なりませんっ」
 容赦ねえ。一刀両断だ。
 良守の顔が情けなく崩れる。
「そ、そんな事ないと思うんだけど……。これから頑張って牛乳飲むし……」
「飲んでも手後れです。何故なら良守さんのポジションは雪村さんの中では生まれた時から手の掛かる弟なのですから。つまりはアナタにとっての利守さんのようなものです」
「オレにとっての利守……」
 良守は相当ショックを受けたようだ。呆然としている。
「もし利守さんと血が繋がらなくて、女の子だとして、恋愛対象になりえますか?」
「無理。で、できない。利守は……オレの家族だ。もし血の繋がりが無かったとして、女になったとしても、弟であり妹だ」
「…………と、いうわけです。雪村さんの中のアナタのポジションもそんなものです。したがって結婚どころか恋愛対象にもなりません、掠りません」
「か、掠りもしないのか?」
「しません」
「ですから諦めるのが肝心かと。未練たらしい男は嫌われますよ。うちの殿を見てれば分かるでしょ」
「…………と、時音ぇ………ウッ………グスッ…………」
 泣くなよ。言い包められてどうする。そこで諦めたらオマエ一生大事な何かを欠けて暮らす事になるんだぞ。そんな人生送っていいのか? オレは嫌だ。
「大丈夫です。アナタはもう女性なので、雪村さんにウザがられる事もないでしょう。もしかしたら一緒にお風呂でウフフアハハ…………なんて可能性もあるかもしれないし、ないかもしれません」
「と、と、と、時音と……………ふ、風呂ぉ…………」
 真っ赤になってんじゃねえ。現実を見ろよ。あの女がオマエと風呂に入る可能性は、象を針穴に通す可能性よりないぞ。
「それに、女性になれば良守さんが大好きな『スイーツ女性限定食べ放題もってけ泥棒! 一年中1000円ポッキリ』のお店に入れるじゃないですか。……女性になった記念という事で私が御馳走しましょう。今度の日曜日に一緒にどうですか?」
「スイーツ食べ放題……。…………で、でも悪いよ。何もしてないのに驕ってもらうなんて」
 おい、声が嘘だと分かるぞ。そんなに甘いもの食べたいか。話が逸れてる。千円で性別売るな。騙されんな。
「全然悪くないですよ。私と良守さんの仲じゃないですか。遠慮はいりません」
 カラス天狗は人型になるとやたら男前だった。
 どんな仲なんだか。頭領が知ったら滅されるぞ。
 良守、タダより高いものはないというありがたいことわざを知らんのか。
 …………知らないんだろうな。コイツバカだから。
 そんなこんなで良守は言い包められ、オレも抵抗したけど土地神に逆らえるはずもなく。
 頼りになる最強の鬼、時音様は、良守の『ささやかな胸』発言にいたく気分を害したらしく、
「……なってしまったものはしょうがないわね。このままでいいわ」と男前に言い切った。
 何もかも良守が悪い。オレが女になったのもスカート履くハメになったのも、昨夜のオカズが肉じゃなく豆腐だったのも、郵政民営化が可決されたのも、全部良守のせいだ。
「良守。男がいつまでグズグズ言ってんじゃないのっ。イイ男もイイ女も過去は振り返らない。未来を見据えて計画的に生きてくものよっ」
 雪村の叱咤は良守にとっては絶対らしい。反射的に
「分った」と返事したよオイ。
 少しは考えて喋れよ。後悔すんぞ。
 そんなこんなでオレと良守はこれから一生女として過ごさなければならなくなったのだ。あんまりだ。
 やっぱりオレの勘は正しかった。良守に関わると不幸になる。…………もう後悔しても遅いけど。
 頭領も実家に居た時は苦労したんだろうな。良守が家族じゃ心の休まる暇がない。退屈はしないだろうけど、平穏もない。
 だから義務教育終ったらさっさと家を出たのか。後を雪村に託して。
 頭領の判断は半分正解だ。良守には関わるべきじゃない。…………だけど雪村に任せた事で、雪村のイエスマンというか下僕にされてしまったのは誤算だったんだろう。
 素直とバカは紙一重。良守の場合、その境界線を行ったり来たり。バカの方が比重が大きい。
 でもバカな子ほど可愛いっていうから誰もに愛されてる。我侭犬の方が可愛がられるし、ブス猫の方が愛着が湧く。……良守はペットか。似て非なるものならば同じようなものだ。
 良守はやっぱりバカで関わっちゃいけない相手だ。





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