03


 イギリスはフランスに一発くれてから悔し気に顔を歪めた。
「てめえ言っていい事と悪い事があるだろ。俺がアメリカに片思いしてるのを知っててそういうタチの悪い冗談言うなんて酷え……。……本気で死にたいのかよ」
「今まで散々からかって悪かったけど、これは本当なの。アメリカはお前さんに本気で惚れてる。お前らはとっくに両思いなんだよ。お前らが好き合ってんのなんて、とっくに世界中にバレバレだ。みんな知ってて見守ってるんだ。お前ら鈍いから気がついてないかもしれないけど、そういう事だから安心してアメリカの所に行って処女与えてこい。アメリカは喜び勇んで抱いてくれるから」
「嘘つくな。アメリカが俺を好きなわけがない」
 怒らず単なる事実だとそっけなく言うイギリスに、フランスはしょうがないと思う。
 イギリスがアメリカに愛されているとまったく考えなくなってしまったのは、アメリカのせいだ。
 アメリカは独立後それまでの態度を一変させ、ツンデレのツンを発揮してイギリスに冷たく当たった。一人前の男と認めて欲しいと元保護者の手を振り払い、虚勢を張り強がった。
 それがアメリカなりの努力だというのをフランスは知っているが、イギリスは知らない。
 やがてアメリカの努力が実り本物の強い男になったのはいいが、イギリスがアメリカの強さを認める頃にはイギリスはアメリカからの愛情をまったく信じなくなってしまった。当然の結果とも言える。
 アメリカが独立したのはイギリスを疎んじたからで、その後の態度が証拠だと、イギリスは悲しんで泣いて泣いて、ついにはアメリカに愛される事を心の底で諦めた。アメリカに対する態度は兄のソレだが、心ではアメリカの愛はもう過去のものだと区切りをつけた。自分を守る為に。
 それほどにイギリスにとってはアメリカの別離は堪え難いものだったのだ。
 そういうイギリスを知っているが、フランスは二人の間を取り持つなどしない。邪魔はしないかわりに協力もしない傍観者でいた。たまに茶々を入れる事はあるが、あくまで第三者として距離を置いたものだ。他人の恋愛に絡むなど馬鹿馬鹿しいというか、巻き込まれたくないというのが本音だ。
 しかし近付きすぎたようだ。イギリスは積極的にフランスを巻き込もうとしている。
「……とにかく。イギリスは冷静になって自分のしている事を顧みて、それでも俺と寝たかったらこっちも考えるから。……だから今はやめとけ。後で絶対に後悔するから」
 フランスはなんとかイギリスの気持ちを変えようとした。
 勢いに流されるのも据え膳食うのも大歓迎だが、アメリカに本気で恨まれるのだけは勘弁したい。一生が百年満たない人間と違い、国は千年単位で生きる。数百年間、去勢の恐怖に怯えて暮らすなんて嫌すぎる。
 アメリカはイギリスを奪った他人を一生許さないだろう。それくらいアメリカはイギリスに対して本気だ。
 イギリスは不機嫌そうにフランスを睨みながら言った。
「……そんなに俺を寝るのが嫌なのかよ」
「嫌っていうか……嫌じゃないから困るんだよね。寝たいのは山々だけど、その後のトラブルを考えるととてもじゃないけどお兄さんはお前とヤれないよ。自分も国民も大事だからね。美人局より恐いガキがお前の後ろに控えてんだよ」
「それ誰の事だ? もしかしてアメリカって言いたいのか?」
「アメリカしかいないでしょ。アメリカはお前が好きなんだよ。処女だって知ったら大喜びでベッドに引き摺り込まれるぞ」
「まさか。アメリカはストレートだぜ。ゲイじゃない。よしんばゲイだったとしても俺だけは選ばない」
「イギリスの愛情不信は知ってるけど、お兄さんは嘘ついてないぞ。アメリカはずっとお前が好きだったんだ」
「何か俺を引っかけて面白い事があるのか? スペイン達と賭でもしてんのか?」
「お前がそう言いたくなる気持ちも分かるしアメリカを信じられないという気持ちも分かるけど、全部本当だ。信じられなきゃアメリカに会ってこいよ」
「……会ってどうするんだ?」
「告白……を簡単に出来てりゃ今まで苦労してないか…。うーん。……ちょっと遊びに来たって顔で会って、酒飲みながら実は男とは経験ないんだ……とでも言ってみるとか」
「んな事言ったら、処女が苦手なアメリカに面倒臭いヤツだって思われるかもしれないじゃないか」
「だから、アメリカはイギリスが好きだから未経験なのは大歓迎なの。お前だけは別なんだって」
「信じられるかそんな事。……こうしていてもラチがあかねえ。フランスが駄目なら最終手段はプロだな。そっちの方が後々の事を考えるならいいか。初めからそうすりゃ良かった。男専門にしているヤツならこっちが初めてでも不都合なくヤれるだろ。口が固くて後腐れがない男娼を探す事にする」
 真面目に頷くイギリスにフランスはますます青くなる。
「ちょ、ちょっと待て、待て待て待て! 早まるなよイギリス! そんなサラッと気軽にとんでもない事言うな! 十世紀も後生大事に守ってきたバックバージンを簡単に見知らぬ他人にやるな。早まるな。よく考えろ。ノーマルなセックスしかした事ない男がいきなり後ろで遊べるわけないだろ。痛いし後味悪いというか、絶対後悔するから。お兄さん保証するからっ。とりあえず保留にしてよく考えろ!」
「よく考えたら駄目そうだから勢いでヤッちまおうかと思ったんだ。男なんてオエエッ、だけど、何事も経験というか、ぶっちゃけ一度男とやってやっぱり同性相手は駄目だっていう諦めが欲しいのかもしれない。アメリカとはうまくいくわけないし、この際とことん男が駄目になって正常な恋愛を取り戻すのも悪くねえな」
 イギリスの極論にフランスはクラクラした。
「……どこが正常か異常かそんなに知らないけど、お前が間違った曲がり道に入って行こうとしてるのはよく分かるぞ。……つか、お前に男相手は絶対無理だから止めろ。無意識に相手をブチのめして警察ざたなんて笑えねえ。俺は笑うけど」
「大丈夫だ。探せばアメリカに似た男もいるだろ。アメリカだと思えば耐えられそうだ」
「いやいやいやいや。無理だって。どんなに似てたってそれはアメリカじゃないから。お前が他人をアメリカと思えるわけない。代わりで我慢できるならそんなに苦しんでないだろ」
「……それは、そうだけど」
「なあイギリス。お前がアメリカを好きで悩む気持ちも分かるけど、自棄になってもいい事なんて何もないぞ。頭が冷えれば絶対に後悔する。アメリカはイギリスが好きなんだ。ヤツがお前に冷たく当たるのは強がってるだけだ。本当はお前と仲良くやりたいんだ。あわよくば……というか、確実に恋人同士になりたいと思ってる。……俺の言う事が信じられないって言うなら、日本にでも相談してみたらどうだ? 日本の言う事は信じるんだろ?」
 仲の良い日本に諭されれば少しは冷静さを取り戻すだろうと、フランスはなんとかイギリスを宥めようとした。
 イギリスは少し逡巡した後、自信なさげな顔になる。
「……アメリカが本当は俺と仲良くしたいって?」
「そうだ。アメリカはイギリスが好きなんだ。自らを顧みろよ。お前だって好きなヤツに素直になれないだろうが。アメリカは完全にイギリス似だ。元兄弟なんだから似てても不思議じゃないだろ」
「アメリカは本当は俺の事が好き…」
「そうだ。アメリカはイギリスが好きなんだ。お前が素直に好きって言えばアメリカだって意地張らずに素直になるさ。……さっさと大平洋渡って告白して来い」
「……分かった」
 素直に頷いたイギリスにフランスは、ホッとしかけたが。
「海を渡る前にモンマルトルの男娼街を案内しろ。お前ならあの辺詳しいだろ。高くて良いから質の良いプロを紹介しろ。容姿がアメリカ似がいいが、いなきゃ仕方が無い。この際贅沢は言わない。顔がまともでしつこくなく後腐れがないのがいい。お前なら知ってるだろ」
「ちょっと坊っちゃん! 俺の話聞いてた? アメリカがイギリスを好きだって納得したんだろ? なんで話がフリダシに戻ってんの?」
「だから。アメリカが…お、俺を好きだっていうのは分かった。……ちょっと信じられないけど……信じてみる事にする。……だからこそ男とヤっておくんじゃねえか」
「……はい?」
 フランスは首を傾げた。
「アメリカは処女が嫌いなんだ。アメリカが俺に少しでも好意を持ってくれてるなら、頼めばお情けで抱いてくれるかもしれない。でもいざそうなったとしても、俺が初めてだって知ったらアメリカは嫌がって絶対抱いてくれない。だってアメリカはバージンが嫌いなんだ」
「いやいやいや、それはないから! 女のバージンは嫌いでも、イギリスのバージンなら大歓迎だから! 真実知ったらアメリカ狂喜乱舞だから! お兄さんが保証するからっ!」
「てめえの保証ほど説得力ないものはない」
「またそういう憎まれ口を! だったら日本の保証もつけるか? そっちは説得力あんだろ?」
「日本は優しいから俺を傷つけまいと嘘をつくかもしれない」
「なんで日本ばっか贔屓すんの? お兄さん泣くよ?」
「泣け。……いや鬱陶しいから泣くな。泣いたらドブ川に放り込むぞ」
「酷いっ!」
「とにかく。折角フランスまできたんだ。モンマルトルを案内しろ」
「女の子達の紹介ならするけど、男は駄目。絶対に。俺はまだ命が惜しいし愛の国として承諾できません」
「役立たずのてめえの唯一の取り柄をケチるんじゃねえ。てめえのナニ貸さねえならさっさと適当な男を紹介しろ」
「処女に紹介する男はいません! もうヤだっ! 誰かこの子の説得手伝って。俺一人じゃ手に余る。日本ヘルプミー。アメリカ、イギリスが大事なら今すぐ海越えて来い!」
 叫ぶフランスをイギリスは退屈そうな目で見ながらつぶやいた。
「……バイブ突っ込んだらロストバージンて言うかな……」
 フランスの苦労はまだ続きそうだった。








 

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