04(ところ変わって、米&日)


「……なんでそんな事言ったんですか?」
「だってイギリスは世界に名だたるエロ大使じゃないか。女も男もイケイケだろ。経験無いウブな子が良いなんて言ったら、イギリスは自分は絶対に対象に入らないって思うだろうし、遠回しのアプローチなんだぞ」
「遠回しすぎてイギリスさんには通じてないと思いますよ、アメリカさん」
 日本はアメリカにお茶漬けを勧めながら言った。
 早よ帰れの合図だが、外国人には通じない。
 こたつをどっかりとアメリカに占領されて日本の機嫌はよろしくない。犬のぽち君が不機嫌オーラを発する飼い主を不安そうに見上げている。
 アメリカは出されたお茶漬けをペロリとたいらげた後、足りないとばかりにこたつの上の煎餅をバリバリと齧った。ぼろぼろと溢れるカスに日本の眉が寄り、ぽち君が増々怯える。
「日本からも俺の事をさりげなくイギリスにアピールしてくれよ。俺は爛れた淫乱ビッチでも愛する自信がある心が広い男だって」
「淫乱ビッチって……。仮にも好きな人の事をそんな風に言ってはなりません。たとえそれが事実だとしても。……アメリカさんが正直に自分の気持ちを伝えた方が早いと思いますよ。イギリスさんに遠回しなアプローチは逆効果だと思います。あの方は外交には鋭いですが私事はドニ……おっとりした方ですから。男らしく正面からの告白が一番です」
 自分を巻き込むなと日本は八つはしに包んでノーと断った。
 しかし空気読まないヤンキーには通じない。
 遠回しが通じないのは兄弟同じ。嫌なところばかり似る。
「嫌だよ。イギリスにとって俺はまだ弟なんだぞ。あの鬱陶しい島国は未だにこの超大国を弟扱いだ。ふられて玉砕なんてヒーローの文字にはないぞ」
「遠回しのアプローチもヒーローの文字にはないと思いますが」
「イギリスはヒロインて柄じゃないからいいんだぞ。……百年以上も恋焦がれた相手がエロ大使なビッチだなんて……ありえないけど諦められないんだからしょうがないだろ。酷いんだぞイギリスは。俺の気持ちを全然分かってくれないんだ。わざとやってるんじゃないかと疑うぞ」
 自分のしてきた事を棚上げした言いぐさに、日本はもう溜息しか出ない。
 真摯な恋愛相談なら受けるが、アメリカのはただの子供の愚痴だ。単なる甘え。
 さっさと追い出したいのだが、誰かに愚痴を吐き出したいアメリカは日本をスケープゴートに選んで放さない。
 わたしはあなたのゴミ箱じゃないんですが……と日本は心の中でアメリカ死ねと十回言った。
「イギリスさんにそんな器用な真似ができるなら、フランスさんからからかわれる事もないと思いますけど。あの人は天然のツンデレです。なかなかいない貴重種です。そして全然萌えないけどアメリカさんも一応ツンデレ。ツンデレ萌えの私が萌えない無駄なツンデレ……ああなんて勿体無い。……というわけで、両方ツンデレだからうまくいかない。アメリカさんはいつも自分に素直なんですから、イギリスさんに素直に好意をぶつければいいじゃないですか。『どんな君でも愛してる』とでも言えば、一発です。なんて簡単なんでしょう。I LOVE YOUの三単語で済む話なのに、何を百年もグダグダしてるんだか私にはさっぱり分かりません。そんなヘタレだから未だに弟扱いされて片思いなんです。何がヒーローですか。単なる臆病者のヘタレのくせに」
 日本がバンバンとコタツの天板を叩いて叫ぶ。
 切れかけの日本は締めきり前のテンションに似ていた。
「にほん……八つはしが剥がれてるぞ。……お、俺は臆病者じゃないぞ。ヒーローなんだから」
「真のヒーローなら他人を使ってのアプローチなんてしません」
「…………………………」
「臆病じゃないのならこんな極東の僻地を出て、今すぐヨーロッパに飛んできなさい。片思いのあの人に向って『アイラブユー』と叫んで抱き締めてキスしたらハッピーエンドです。さあ、アメリカさんゴー! ハウス……じゃなくてイギリスさんに向ってとってこいです」
 ビシッと日本が玄関を指さす。そちらはヨーロッパの方向ではなかったが双方気にしない。
「にほん……俺を犬扱いしてないかい?」
「何言ってんですか。犬の方がよっぽど扱いが楽です。ぽち君くらい素直な良い子なら私の苦労もありません。自惚れないで下さい、図々しい」
「にほん……八つはしが………俺は君の飼い犬以下?」
「ヘタレを返上したければさっさとブリテン島に渡って告白して来い! ……両思いなのに片思いのつもりだなんて、そんなの少女漫画で使い古された定番で飽き飽きしてます。私を萌えさせたいのならヤンデレか入れ代わりネタ転校生でも持って来い! グダグダ片思いなんてブックオフだって引き取り拒否です」
「何言ってるか全然分からないけど、恐いんだぞ日本」
「ブリテン島に行き、イギリスさんを押し倒しズボンを引き摺り下ろしてひっくり返し、焼き鳥の串のようにアメリカさんのナニをブスッと挿してきなさい。それがアメリカさんの望みでしょうに。やりたい事分かってるならさっさと行動しなさい、この軟弱者!」
「に、日本が八つはしを捨てた……。焼き鳥は好きだけどイギリスは焼き鳥じゃないんだぞ……。ブスッとイギリスに……」
「美味しくいただくという点ではどっちも同じです。頭からガツガツ食いたいくせに格好つけるんじゃありません。イギリスさんの尻にグサッと挿したいくせに」
「日本……言い方ってものが……らしくないんだぞ」
「私らしくないってなんですか。充分私らしいです。やる時はやる、それが日本男児です。フニャチンヤンキーと一緒にしないで下さい。日本人には芯があります」
「フ…フニャチンじゃないぞ……俺のはバズーカだぞ」
「使わずサビつくだけの武器に何の価値があるんですか。標的が分かってるくせに無駄弾ばっかり撃ってる役立たずは、フニャチンで充分です。このヘタレチン」
「ヘ……ヘタレチン……。さすがに怒るよ日本」
「怒ったらどうですか? 迷惑かけてる私に怒る力があるなら、イギリスさんに告白するなんて簡単ですよね。さっさとロンドンに行って淫乱ビッチなイギリスさんの穴にブスッと挿してきなさい。慣れてるのならそのでっかいナニでも入るでしょう。突っ込んで告白もいいですし、告白した勢いで突っ込んでもどっちでもいいから、さっさとやる事やってこい!」
「に、日本が恐い……」
 仁王立ちする日本には戦前の気迫が宿っていた。
「ビッチが好みだと遠回しなアプローチしかできないフニャチン野郎の汚名を返上したいなら、さっさと行動を起こしなさい。経験抱負な相手が好きだと当の本人に言ったついでに『君も経験抱負だったね。俺に教えてくれよ』くらい言えなくてどうするんです。ヒーローなら正面からぶつかるものでしょう。好きな相手にぶつかる事もできないならヒーローを返上しなさい」
「嫌だぞ。ヒーローは俺だけだ」
「だったらさっさとイギリスさんを押し倒して来い!」
 日本の締めきりが間近だと知らないアメリカは日本の勢いに圧倒された。知っていたとしても圧倒されただろうが。オタクの萌え熱を舐めてはいけない。締めきり前にはとんでもない力が出るのがオタクなのだ。
 日本は握りこぶしに力を込めて言った。
「イギリスさんは脚を拡げて待ってます。淫乱ビッチなあの人を満足させられるのはアメリカさんしかいません。グダグダ抵抗される前に縛り上げてブスッと突っ込んでおしまいなさい。やっちまったもん勝ち、感じさせたら勝利です。イギリスさんが欲しいなら格好つけて手段を選んではいけません」
「日本……。君……日本じゃないんだぞ」
 日本は皮肉げなアルカイックスマイルでアメリカを見下ろした。
「ナニを想像してるんだか、ナニおっ立ててビビったフリしても全然可愛くありません。そのテントの中身を処理したらさっさと成田からヒースローに行ってイギリスさんのズボンを引き摺り下ろしてきなさい」
「に、日本が壊れたんだぞ……」
「……とはいっても、アメリカさんがイギリスさんの所に行ったのに留守というのも肩透かしですね。イギリスさんもお忙しい方ですから。……少々お待ち下さい」
 日本は着物の袂から携帯を取り出した。
 短縮を押して声を対イギリス用に変える。
 その百八十度の変容にアメリカは増々怯えた。
「……もしもしイギリスさん? 日本です。こんにちは、お元気ですか? 突然すいません。仕事の話ではなくプライベートなんですがお時間よろしいですか? ……はい、私は元気です。…………はい……はい……そうなんです。ええ、是非また今度。…………それでお聞きしますが、今イギリスさんはどちらにいらっしゃいますか? 自宅じゃない? …………はい? フランスさんのベッドの上? フランスさんと二人きりで? ……ええええっ? それってどういう状況なんですか? もしかしてイギリスさんはフランスさんと……」
 アメリカは日本の携帯をひったくった。
「イ、イギリス? なんで君がフランスとベッドの上にいるんだい? それはどういう状況なんだい? もももももしかして……いやそんな筈ないよね、淫乱ビッチな君でもそんな恥知らずな事しないよね、しないと言ってよ。……許さないんだぞフランスと寝るなんて。ヒーローの名にかけて許さないからなっ。というか、フランスを出して。電話に出せっ、フランスに話があるんだぞ。電話に出なかったら酷いんだぞっ」
 電話の向こうからフランスの悲鳴とイギリスの怒号が聞こえ、アメリカの額にビシッと血管が浮き上がった。
「あははははは。イギリスがビッチだって知ってたよ。男を銜え込んでるのだって知ってたさ。知ってたけど……。酷いよっ! あんまりだ! そんなに男が欲しいなら俺が嫌ってほど突っ込んであげるのに! 今から行って根を上げるまで突っ込んであげるから自宅で待っててよ。……そうそう、フランス。俺の気持ち知ってるくせにイギリスとお楽しみとは……そんなに命がいらないのかな。それとも去勢されたかった? 今から行ってお望みどおりニューハーフにしてあげるからちょっと待ってて」
 アメリカは笑顔で携帯を放り出し、挨拶もせずに日本の家を飛び出した。
 放り出された携帯を拾い、日本は顔を顰めた。
 何か聞こえた。耳をつけると悲鳴のようなフランス語が聞こえる。
「アメリカ、誤解だっ! 俺はイギリスとは何もしてない! されそうにはなったが。……そうだ、聞けっ。イギリスは実は処女だそうだ。未経験だぞ。信じられないけど本当なんだ。お兄さんは処女には手は出さない主義だからっ。というか恐いから出せないからっ。さっさとこっち来てイギリスを引き取ってくれ」
 一瞬で状況を察した日本は哀れみを込めて言った。
「フランスさん、日本です。アメリカさんは出ていきました。横浜か成田に向っている途中でしょう」
 キャーッ、とフランスの悲鳴が上がる。
「そ、それじゃあアメリカは誤解したままこっちに来んの? いやあっ!」
「お気の毒ですがそういう事です。……ところでイギリスさんが処女というのはどういう事でしょうか? ブリタニアエンジェルの奇蹟か何かですか?」
「それどころじゃないって! アメリカに殺される! 逃げなきゃっ!」
「逃げても無駄だと思いますけど。説明してもらえないのなら手助けもできません。頑張って股間を死守して下さいね」
「日本、日本! 頼むから助けて! お兄さんは無実だ!」
 てめえ携帯返せ、日本と話をさせろとイギリスの声がしたが、フランスは蹴られても携帯を離さず日本に何があったかを説明した。最悪の結果が寸前にあるからまさに必死。
 フランスの話を聞いた日本は雷落に当たったような衝撃を受けた。
 ヨロリとよろけてふすまに背を預ける。
「……イギリスさんが処女……。なんて事でしょう。なんという新事実! 嗚呼、富士山が噴火しそうです。今世紀最大のニュースです。信じられません。驚愕で萌え死にそうです。とっくにバカスカヤッてるビッチだと思っていたのに……処女! エロ大使なのにバージン! ああ、ツンデレここに極まれりですっ。ラピュタは本当にあったんです」
「お兄さんも信じられなかったけど本当なの。でもってアメリカが処女嫌いと聞いてバージン捨てる気満々でお兄さんを押し倒してる所。俺が抵抗するもんだから、今度はプロを使って脱処女ヤル気満々で、それを必死に止めてる所。日本からもイギリスを説得してくれっ。このままじゃ俺がアメリカに殺される!」
 フランスの悲鳴のような声を聞いて日本は微笑んで言った。
「善処します」








END?

 

失敗最大だった