02(米英)仏+英


 アメリカに彼女がいないのは当然だ。アメリカの想い人はそんな無神経な事を聞いちゃう、その人だから。
 イギリスの無神経さをフランスは笑う。
「坊っちゃんも思い切ったね。やっとアメリカにそういう事を聞けるようになったんだ。……で? アメリカに付き合っている相手がいないのはどうしてだって?」
「それが……ヤツは片思いしてるらしい。相手は百戦錬磨の年上のエロい美人だってさ。酒癖悪くて根暗くて湿っぽくて性格に難はあるけど、そこを含めて全部愛してるって言ってた…。なんでそんな女がいいんだよ」
 イギリスが悲しそうに悔しそうに言った。
(そこで相手が自分だと考えないのがイギリスだよな)
 フランスはしょうがないなと苦笑いするしかない。好きな相手から「恋人をつくらないのか?」…なんて聞かれたら誤魔化すか、告白かのどちらかだ。
 アメリカは前者だったがフランスから見ればただのヘタレ。折角の告白のチャンスだったのに。
『俺が本気で愛しているのは君だイギリス』とでも言っていれば、今頃は長年の片思いのピリオド&エンドロールだったろうに。100年も告白の機会を伺っているせいで、チャンスがどこか分からなくなっているのかもしれない。
 アメリカも可哀想なヤツだと、ただの傍観者たるフランスは思った。
 アメリカの片思いはイギリスにはさっぱり通じていない。アメリカが素直でないのがいけないのかもしれないが、イギリスの鈍さにも一因あり、どっちもどっちだ。
「……で、なぜそれが俺を押し倒す事になるんだ?」
「そんな性格の悪い女やめてもっと性格の良い女にした方がいいと思うぜ…って言ったら、『性格が良いから惹かれてるわけじゃない。惚れようと思って惚れた相手じゃないから逆に本気なんだよ』だって。……畜生。エロい美人だって? そりゃそうだよな。美人の上にベッドで百戦錬磨なら恐いもの無しじゃんか。アメリカが言ったんだ。『処女は面倒だよね。痛がられたり泣かれると萎えるよ。経験豊富で一緒に楽しめる子がいい』……って。アメリカは処女が嫌いなんだ」
「それで?」
「だから……ちょっとでもアメリカの理想に近付こうと思って」
「……は? 訳が分かんねえんだけど。お前の後ろは処女じゃねえだろ? ……ゴフッ!」
 イギリスは拳をフランスの顔にめり込ませた後、歯をギリリと噛み締めて宣言した。
 凶悪な面構えにフランスは本気でビビった。
「何キモイ事言ってやがる。この大英帝国様が男と寝るわけねえだろ。女とは散々やりまくったが、野郎とは一度もねえ」
「へ?」
「何驚いてやがる。当然だろ。まさかてめえ俺が男のナニをケツに突っ込まれた事があると思ってやがったのか? 舐められたもんだな」
 剣呑に目を光らせるイギリスの凶暴さより、フランスは驚きが勝って腹筋だけで上半身をエイヤッと起こし、油断したイギリスはベッドの上にコロリと転がった。
「今なんて言った坊っちゃん? お前マジで未経験なの? バックバージンなの? え、清らかさん? 嘘だろ? 誰も信じねえぞそんなデマ……ゲフッ!」
 イギリスの黄金の右足がフランスの鳩尾にめり込み、フランスは腹を抱えてくの字になり悶絶した。
 安定の悪いベッドのスプリングの上で仁王立ちになり、イギリスは悪鬼の顔をフランスに向けた。
「てめえ本気で俺が男と寝てると思ってやがったな。このエロヒゲオヤジ。誰が男の汚い×××を尻にぶっ挿されっかよ。そんな事をされた日にゃ、それがそいつの最後の時だ。この俺様にそんな真似をした日にゃただ殺すだけじゃ飽きたらねえ。ナニを引き千切ってそいつの口に突っ込んでセルフフェラさせた挙句、さらに奥まで捩じ込んで窒息死させてやる。俺はやると言ったら必ずやるぞ」
 ふはははは、と高らかに笑うイギリスにこれは本気だろうとフランスは理解して、恐れいった。
 イギリスがエロいのは世界共通の認識だから、当然男ともとっくに経験済み、3Pやら4Pやらやりまくり、口と尻に突っ込まれながらのサンドイッチくらい当然と思っていたのだが、それは過ぎた想像だったらしい。いや、女とならそれくらいやっているかもしれないが、男は管轄外だったらしい。
 確かに男に興味があるような素振りを千年に及ぶ付き合いで見た事も察した事もない。……アメリカ以外は。
 だとすると本当にイギリスは女オンリーなのか、10世紀も。
 考えてみれば同性も可、という国はあまり多くない。フランスが両刀だから同性愛について深く考えた事はないが、イギリスはエロ大使でありながら結構信心深いから、同性のセックスは宗教上拒否感が強いのだろう。その分女とはユルユルだが。
 改めてイギリスの真実を知らされ、フランスはへえと目からうろこが落ちる思いだった。
「坊っちゃん、処女だったのか…」
「きめえ事言うんじゃねえ。男は大抵一生処女のままだ。ゲイやバイじゃないかぎり女で充分だろ。何を好き好んで野郎と挿しつ挿されつつやんなきゃなんねえんだ。悪趣味な。野郎のモノなんか突っ込まれた日には痔になるし、ぶっちゃけキモイ。世の中にはおっぱいという神器を持つ女という素晴らしい生物がいるんだぞ。男なんてぺっぺっぺのアウトオブ眼中だ」
「ヘテロの言いぐさだな。……エロ大使という肩書きに騙されちまったか。そういやお前に男の影はなかった。……まさか本当に後ろが未経験だとは。……知ってりゃ一回くらい突っ込んじまったのに……」
「その時はそれがフランスの「男」としての最後の日だ。俺の愛剣エクスカリバーで切れねえものはねえ。……いや。てめえのナニ相手に神剣は勿体ねえ。貧相なソーセージを切るだけだったらナイフで充分だな。ドイツ製の良いのを日本に貰ったんだ。日本の刃物も優秀なのになんでドイツ製なんだかよく分からんが。植木の手入れ用の頑丈なもんだから引っ掛かりもなくスパッと切れるぞ。試してみるか?」
「恐い事言わないで坊っちゃん! お兄さんのは立派なバズーカよ。なんなら生で見てみる?」
 イギリスは「誰がっ、気持ち悪いモン見せんな汚物!」と言いかけ、顰めた顔を素に戻す。
「そういやテメエの汚ったないナニをちょっと使わせてもらおうと思ってたんだ。さっさと出して立たせろ」
「なにその命令口調? お兄さんのナニを立たせて見せるのは萌えるからいいけど、使われるのはちょっと……嬉しいけど駄目でしょ!」
「どうして駄目なんだ? 俺はてめえのストライクゾーンに入ってるって前に言ってただろ、オエッ、キモッ。冗談じゃないけど、緊急事態だ。ちょっとその汚ねえ汚物を使わせろ。フランスのスペルマが体内に入るなんて冗談じゃないからゴムは必須な。さあ出せ」
「坊っちゃん人格変わってる! 酔ってないのにどうしてお兄さんと寝ようとすんの? お前がフランスラブならお兄さん大歓迎だけど、違うでしょ。他の男が好きなら浮気は駄目だろ。愛の国としての忠告だ。後で絶対後悔するから止めとけ。なっ?」
 フランスになだめるように言われ、イギリスは逡巡した。
「でも……他のヤツを探すのも面倒だし……。国民を殺すわけにはいかないし……」
「……殺すってなに?」
「男と寝た事を後で我慢できなくなったら、その時は相手を殺っちまおうと思って。相手が死んでれば溜飲も下がるし、しょうがねえと諦めもつくから」
「ちょっとイギリス! お前、お兄さんを殺すつもりだったの? 信じられねえっ。そこまで鬼畜かお前はっ!」
「当然だろ。俺とお前の関係だぜ?」
 けろりと言われ、フランスはさすがに頭にきた。このままイギリスを押し倒して未経験の尻に突っ込んじまおうかと本気で思ったが、恐い若造の面影がストップをかける。
 アメリカはイギリス一筋で、本気でイギリスを愛している。心とは裏腹に冷たくあしらうのも愛情のうち。ツンデレのツンなのだから仕方がない。
 元保護者の口説き方のマニュアルなんてありがたいものはマニュアル天国のドイツにだって売っていないから、アメリカは自分なりのアプローチでイギリスに迫るしかないが、対女性用の口説き文句ではイギリスは口説き落とせない。……とアメリカは思い込んでいる。ただ単に素直になるのが恥ずかしいというのと、自信がないせいだ。
 イギリスはアメリカが大好きなのを全然隠してないが(本人は隠しているつもり)それは兄弟愛だとアメリカは思い込んでいる。イギリスもそうだったのだが、何をどう転機が訪れたのかアメリカ同様恋愛感情に移行した。
 自分に自信いっぱなアメリカもさすがに元保護者と恋愛というのは困難だと覚悟している。こうもあっさりイギリスがアメリカを思い始めたとは考えもしない。イギリスも保護者としての顔を変えないから仕方がないのだが。
 フランスがイギリスの初めてを奪ったと知ったら……。昔の事ならばとっくに時効だと言えるが、現代でそれは通じない。
 イギリスはアメリカの恋人ではないのだから、イギリスとフランスが寝ようがナニしようがアメリカが文句を言う権利はないのだが、アメリカとイギリスが両想いだというのは本人以外は誰でも知っている。フランスが本気でもないのに間に割り込んだのを知られたら、日本辺りが真実をアメリカに伝えるだろう。
 日本はイギリス贔屓だから応援は頼めない。つまりアメリカは本気の本気、本気と書いてマジと読んでフランスに復讐にかかる。よりにもよってイギリスの処女というアメリカが望んでも望めないとっくに諦めていたものが目の前にぶら下がっていたのを気付かず、気付いたフランスに横からかっさわれたのを知れば、歯軋りどころか血反吐を吐いて悔しがり、血の涙を流して復讐を誓うだろう。
  そんなアメリカを見てみたい気もするが、本当にそうなったらそれがフランスの最後の日になる、確実に。
 あ、うっかり間違っちゃったとばかりに核をパリに落とされてはかなわない。イギリスにも影響するだろうからそんな攻撃はしないと思うのだが、事故に見せかけて人工衛星を落とされるかもしれない。フランスでテロ騒ぎなんて珍しくないし、それが中東の仕業ではなくCのつく組織が主体だって事もありえる。さすがにエッフェル塔や凱旋門を破壊されたりオルセーやルーブルを燃やされたりヴェルサイユを更地にされるのは嫌なので、イギリスの処女を貰うという役得にだけは手が出せない。
「……言いたい事は分かった」
「分かったらさっさとその汚いペニスを出して立たせろ。俺に触ったら、ソレ直角に折るからな」
「勝手な事言うなよ。……誰もお前に貸すって言ってないでしょ。てか、好きでもない相手と寝るなよ。自分を大事にしろなんて臭い台詞は言わないけど、バージンは一回しかないんだから、よく考えて行動しろ」
「よく考えた結果だ。俺がアメリカを好きなのを知っててからかう癖に、こういう時だけ尻込みかよ。このヘタレ」
「お兄さんがヘタレなんじゃないの。お前のダーリンが凶暴なのよ。お兄さんまだ去勢されたくないからっ。イギリスのバージンなんてすんごいチャンスだと思うけど、ヤッたら確実にアメリカに切られるから。お兄さんバイセクシャルだけど、ニューハーフになろうと思った事はないの。だからお前とは寝られないから。頼むから冷静になってちゃんと考えろ」
「なんでアメリカがフランスを去勢すんだ? お前あいつの彼女でも寝とったのか?」
「これからそうなりそうなんだってば! いいかイギリス。お前が処女だろうとやりマンだろうとどっちでもいいが、アメリカ的にゃよくないんだって。アメリカはお前が好きなんだから、イギリスが自分以外の誰かと寝たと知ったら傷つくし怒るし、俺がお前のバージン奪ったと知ったら確実に復讐の鬼になる。いいか、よく聞け。アメリカはイギリスが好きなんだ、お前ら両思いなんだよ」








 

失敗最大だった