01(米英)仏+英


「おいヒゲ。てめえの×××を貸せ」
「へ? 坊っちゃん? なになになんなの突然?」
「うるせえ。てめえは黙ってそこでマグロになってやがれ。すぐに終わる」
「え、ええええっ? 何言ってんの? どうしちゃったの? 俺はフランスだぞ、お前の腐れ縁のヒゲワインだぞ。お前の可愛いアメリカじゃねえぞ」
「んなの知ってらあ。俺のアメリカとテメエを一緒にした事なんて現在過去未来ねえよ。自惚れんのも夢の中だけにしておけ。つか、煩いから黙れ。耳障りだ」
「ええええっ? 黙れるわけないだろ。お前にベッドに押し倒されているこの現状で」
 フランスがブンブンと首を振る。
「うるせえったら。黙んなかったらそのヒゲ毟って口に突っ込むぞコラ。反論は認めねえ。返事はja(ヤー)だ。分かったら黙って天井のシミを数えてろ」
「いやいやいやいや、坊っちゃんちょっと待ってったら。お前おかしい。どう考えたって変だ。なんで返事がドイツ語なんだよ。ja(ヤー)って、お前イギリスであってドイツじゃないんだから。反論は認めないってそりゃアメリカの定番の阿呆台詞だし。坊っちゃん何をテンパってんの? 天井のシミって、そりゃ処女のアレの時に言う台詞だろ。お兄さん処女じゃないし。……まあ落ち着け。まずはイギリスが何をしようとしているか言えよ。その理由もだ」
 チッとイギリスは舌打ちした。
「本当にうるせえヒゲだな。てめえヒゲ抜きは決定だ。愛の国を自称してるんだからその愛を俺にも分け与えろ。つか寄越せ。反論は認めねえ」
「だからなんでお前、俺のベルト外してんの? 素面に見えるけど実は酔ってんの?」
「酔っているように見えるか?」
「見えないから焦ってんでしょうが。お兄さんのベルト弛めて何しようとしてるわけ?」
「ナニ」
「言ったよ、言っちゃったよこの子! お前どうしちゃったの? 俺とお前の立場が逆なら分かるけど、お前が俺を押し倒してどうこうってありえないでしょ。罰ゲームだとしてもありえない! 本物のイギリスだったら断固拒否すんだろ。イギリス、気でも狂ったのか? それともとうとう自分の手料理で精神イッちゃったか?……ゴフッ!」
 イギリスの拳がフランスの頬にめり込む。
 イギリスがフランスの上でうっすらと笑った。その笑顔の凶悪さにフランスは本気で怯えた。
 え、お兄さん今日が命日? そんなに悪い事したっけ? そりゃ二百年前にアメリカと組んで独立の手伝いしたけど。それでイギリスが荒れに荒れちゃったけど。まだ根に持ってるの?
 誰かヘルプミー。
「誰の料理が最終兵器だって? 俺の料理を生物兵器呼ばわりしやがったのはテメエか? そんなに食いたいなら縛りあげてその口に存分に突っ込んでやるぜ。遠慮すんなよ。二度とそんな口きけないようにしてやってもいいんだぜ?」
「やめて坊っちゃん! 俺の味覚まで狂ったらヨーロッパの食文化が破壊される。フランス料理を穢さないで」
「安心しろ。ヨーロッパの美食の代表がテメエからイタリアに変わるだけだ。もともとフランス料理が良くなったのだってイタリアの王女がテメエんちに来てからだし、イタリア料理がヨーロッパの代表になるのが正しい道ってもんだ。王道だ」
「そりゃ王道じゃなく横暴って言うんだよ! お前にだけは料理を評価する資格はねえ。味にこだわるお兄さん達を軟弱だとか言って、まっずいメシに何の疑問を持たないイギリス人にだけは」
「……へえ」
 イギリスの顔から表情が消えた。
「イ、イギリス…?」
「てめえをフルボッコにしてやりたいけど、それはもう少し後だ」
 イギリスは両手でフランスのスラックスを引き摺り下ろした。
 フランスは慌てて自分のスラックスを押さえる。
「イギリス、だからなんでお兄さんのスボンを脱がしてんの? 理由を言え!」
「テメエの×××を△△して、俺の□□□に◇◇る為だ」
 予想通りの返答にフランスの混乱は増した。
「そ、それってお兄さんとSEXしたいって事?」
「気持ち悪ぃ事言うんじゃねえ」
「え、だって」
「誰がテメエとなんか。お前とセックスするくらいなら羊に突っ込んだ方がマシだ」
「そう言って俺のスボンを引き摺り下ろしてるのは誰?」
「俺様だ」
「ズボンを下ろした俺と何するって?」
「テメエの×××を△△して、俺の□□□に◇◇る」
「そ、それを普通セックスって言わね?」
「言わない。そんなのはセックスじゃねえ。ただの……排泄だ」
「ぎゃーーーっ、何言っちゃってんのこの子! 排泄って、お前自分で自分をトイレ扱いしてんの? その発言だけはありえないでしょ! プライド無くしたイギリスなんてイギリスじゃない! お前誰っ?」
「黙れ」
「ゴフッ!」 
 イギリスの拳にフランスが沈められる。
「フランスの分際でゴチャゴチャうるせえ。下半身丸出し、股間を飾るバラ以外全裸というテメエに正論を言う資格はねえ。うちの国花を汚しやがって。この二足歩行の恥知らずの獣が。てめえの貧相なナニが二度と使い物にならないように呪ってやろうか? バラの精は喜んで俺に力を貸してくれるぞ」
「呪いって……止めて。お前の呪いだけなら恐くねえが、妖精達を巻き込むとなると話は別だ。お前んちの妖精ちゃん達は可愛いけど奇麗なバラと同じで危ない刺も持ってるから恐いんだよ。本気でインポにされたら笑えないからっ。立たないお兄さんなんて燃え尽きた炭だよ。愛の国が灰の国に早変わりだよ」
「エロの国からエロが消えればただの国だ。良かったじゃねえか。汚名が一つ消えて」
「良くないでしょ。お兄さんから愛をとったら何が残るの? ただの国なんてつまんないものになりたくない」
「テメエからエロさをとったら昔の美しいフランスが戻ってくるかもしれない。今のお前は汚物だが、昔のテメエは一応美しかった。……一応な」
「そこ強調する所じゃないでしょ。……お兄さんはいつでも美しいの! ヒゲだって大人の魅力の一つなの。坊っちゃんのお前にゃ分からねえだろうが」
「一生分からなくていい。お前に魅力を感じる事が老成する事だっていうなら生涯若造で構わねえ」
「たまには人の言う事聞けよ。…………つかイギリス。お前お兄さんの事、昔は美しいと思ってたんだ」
 ニヨニヨと笑うフランスにイギリスはチッと残念そうに舌打ちした。
「てめえがヒゲを生やすまではな。……何をとち狂ってたんだか昔の俺はどうかしていた。今こうなると分かっていたら昔の思い出を穢さないようにテメエの息の根を止めてたんだが。残念な事にもう手後れだ」
 ハアッ、と心の底から悔やむ溜息に、フランスは密かに傷ついた。
 イギリスに馬乗りに跨がられたまま、フランスはイギリスを刺激しないように聞いた。
「……それで。お前がお兄さんをベッドに押し倒した理由は何だ? お前が俺を好きだって言うなら喜んで何ラウンドでも付き合うけど、違うだろ。だってお前はアメリカと…」
「言うなっ」
「アウチッ」
 イギリスがフランスの口を塞ごうとバチンと平手で口の上を塞ぐ。
「なんで殴るの? 乱暴者。お兄さんの美しい顔に傷がついたらどうするんだよ。フランス中の美女達が泣くよ?」
「勝手に泣け」
「今度は何があったの坊っちゃん? お兄さんに話してごらん?」
 フランスの上でイギリスが情けないような困ったような顔をした。
「アメリカが…」
「アメリカが?」
 またアメリカ絡みかよとフランスは突っ込んで追求したくなったが、我慢した。
 イギリスの奇行は珍しくないが、今回のはとびっきりだ。イギリスがフランスを押し倒してスラックスをひっぺがそうとするなんて、泥酔でもしてなければ起こりえない事態だ。しかもイギリスは完全に素面だ。
 嫌がらせとして、裸にして放り出すというのならば分かるが、イギリスは「フランスのペニスを立たせて自分の尻に突っ込む」と間違えようもなく断言した。幻聴ではなかった。
 フランスが自らそんな真似をしようものなら、黄金の右足で股間を蹴り上げて二度と使い物にならなくされる。反撃間違いなしだ。
 イギリスがフランスに欲情して、もしくは惚れて押し倒したのならば、カモンベイベー受け攻めリバどれもOKおつき合いするよ……となるのだが、フランスは忘れてはならない事実を知っていた。
 つまり、イギリスはアメリカに惚れててアメリカは独立前からイギリス一筋だって事をだ。
 二人は両想いだけれど、実は両方それぞれ片思いという、他所から見ればバレバレで面倒臭い片思いをしていて、時間ときっかけがあればいずれは両想いラブラブになるよね、絶対、でもそうなったらうざいから…というより、巻き込まれたらとばっちり食うから放っておこうね、というのが世界共通の認識だった。
 アメリカは独立前からイギリス一直線で家族愛も恋愛もごちゃまぜもうどっちでもいいんじゃね? だってどっちも愛だし。欲望? そりゃあるよ。若いからね……と、細かい事にはこだわらない大雑把さと適当さでイギリスを真剣に愛していた。
 一方イギリスはというと、何処をどう間違ったか育て子のアメリカにフォーリンラブして、結果、挙動不信だった。
 しかし愛は理解ではない。二人はお互いに片思いをしていると固く信じ、お互いの距離を計っていた。日本やフランスといった近くにいる者達はバレバレの恋愛に、苦笑いというか面白がっていつかくっつくその日まで邪魔しないように壊さないように観察……もとい、見守っていたのだ。
 そういう事実の上でイギリスに押し倒されたフランスはおいそれとイギリスに手を出すわけにはいかなかった。
 性格はアレだが顔はそれなりに良いイギリスはフランスのストライクゾーンに入る。イギリスとベッドでにゃんにゃん、いやっらめえっ、はむしろ望む所だが、アメリカの顔がチラついて立つモノも立たない。
 アメリカに事実がバレた日には確実に殺られる。殺られなくてもチョン切られる。

 事実、牽制されたのだ。
『イギリスに手を出したら……切るよ?』
 あの若造の目は本気だった。
 立ち向かってくるならひよっこの若造に負けるかよと嘯けるが、剪定ハサミ片手に迫られるのは嫌すぎる。股間が縮む。
 アメリカを愛しているイギリスが何故他の男と寝ようとするのだろう? 訳が分からないが、イギリスなりの理由がある故の奇行だ。イギリスの思考はいつも突飛で迷惑千万。
 アメリカにバレる前にイギリスをどかしたいが、イギリスは何故か本気のようでなかなかイギリスの下から抜け出せない。腐っても大英帝国。脳がかっとんでいる時の力は普段以上だ。
「アメリカに何か言われたんだな? アメリカはお前に何言ったんだ?」
 フランスは必死だった。このままでは100パーとばっちり確定だ。
 イギリスは言いにくそうに顔を顰めた。それでも口を閉ざす事はなくぽつりぽつりと言った。
「前に一緒に飲んだ時に……アメリカの好みを聞いたんだ。あいつモテるのに、付き合ってる女がいないからどうしてなのかと思って」
 アメリカがモテると断言するのね坊っちゃん。MI6使って調べたの? …とフランスは勘ぐった。








 

失敗最大だった