11/21擬人化王国/無料配布本『紳士で乙女なmayuge chan』題名変更して、再アップ

不毛地帯







    【01 / イギリスと剃刀



「しまった」
 イギリスは思わず呟いた。
 鏡の向こうには無防備に呆然とした見慣れた自分の顔が写っている。

「ガッデムッ! ××ッ××、××ー××ッ××!」

 言い慣れたスラングを吐き捨ててイギリスはズドンと落ち込んだ。
 手に持っているのは愛用の剃刀。鋼の刃が自慢のドイツ製、当然最高級品だ。
 メイド・イン・UKにこだわるイギリスだが、刃物だけはドイツ製を愛用している。切れ味最高だが切れすぎない鋭利な刃と、それを支える人間工学に基づき設計された持ち手。既製品だが見た目も使用感も最高級品。イギリスは日本から贈られたそれを気に入り、ずっと愛用していた。
 ちょくちょく遊びに来るアメリカが洗面台に置いてある剃刀を見つけて「君、剃刀が必用なの? 嘘だろ? だってヒゲ生えてないじゃないか」と心底驚いたように言ったので膝下……ベンケイノナキドコロ(←日本に聞いた。日本語はいつ聞いても奇怪で不思議だ。アイラブユーがなぜ月が綺麗に変換されるのだろう?)…を蹴とばして黙らせたのをなんとはなしに思い出す。
 確かにイギリスはヒゲがなかなか生えない。体質なのだろう。ヒゲを蓄えていた方が男らしいから、イギリスもヒゲを生やしたら更に格好良くなるかもしれないと思わないでもなかったが、かつて(顔だけは←★ハイ、ここ重要!)美しかったフランスの顎と鼻の下に汚い毛が生えたのを見てからは、考えを改めた。
 過去のフランスは変態で変質者で性格最悪の少年だったが、料理の腕と容姿だけは最高だった。ミルク色の肌と処女が紡ぐ金の糸のようなブロンド、イタリアの誇るベネチアングラスのようなブルーの瞳は澄んだ空を思わせ濁りがなく、まるで宝石のごとしだった。女性のドレスを着せたら違和感ないどころか、非のうちどころのない美少女ができあがった。昔のフランスは洒落にならないくらい美しかった。(外見だけはっ!)
 ……なのに。
 まさか『国』にも人間と同じような第二次成長期があるとはっ。すっかり忘れていた。
  国の発展と平行し、その化身達も姿を子供から大人に変化するのは知っていた。
 ……が、他国をあまり知らなかったイギリスは実感として捉えていなかった。知っていた大人の『国』はローマ帝国くらいで、大人の姿しか知らなかったから過去からの成長過程を想像できなかった。
 フランスやスペインはイギリスより大きかったがそれでもまだ子供の粋を抜けていなかった。だからイギリスは国の成長をぼんやりとしか認識できていなかったのだ。
 初めてヒゲを生やしたフランスを見た時。イギリスは美の崩壊を知った。
 あれはあんまりだった。芸術の終焉。美は永遠ではないと悟った。
 イギリスの知るフランスはあの時死に、イギリスは幻となってしまった美しいフランスに自慢の白薔薇を捧げて哀悼の意を示した(←酷い! あんまりよ、坊っちゃあああんんんっ!)
 時というのはかくも無情なものかと思い知らされた過去のできごとだ。
 などと色々あって、イギリスはヒゲを嫌ったが、それはあくまでフランスの顔にあるヒゲ限定だ。
 なぜなら。
 イギリス紳士の多くは立派な口ヒゲを蓄えている。太い葉巻きがよく似合う、切り揃え整えられた口ヒゲには貫禄と品がある。フランスの、適当に生えた汚らしい無精髭とは雲泥の差だ。
(違うのっ! これは計算されつくされた適当さ加減なの! 大人の男の美学なのっ!)
 イギリスだって成長して大人になった。つまりは。とうとうヒゲが生えた。……ちょっとだけ。
 イギリスはヒゲの生え難い体質だったらしい。しかし、イギリスはヒゲを蓄える気はなかったから気にならなかった。というかまったく似合わないので、生えたらさっさと剃った。ヒゲなどなくてもイギリスには紳士のシルシたる立派な眉毛があるから問題ない。
 それに。イギリスの心の友たる日本だってヒゲはない。ずっと年上の中国だって、妖精談義仲間のフィンランド、ノルウェーも、ポーランド、イタリア兄弟だってノーヒゲだ、あごツルツルだ。だから卑下する事は何もない。(←駄洒落じゃないからなっ)
 ヒゲの生え難い体質だからってまったく生えないわけじゃない。たま〜に生える。……ので、ヒゲ剃り用の剃刀だって所持している。たまにしか生えないので使用頻度は少ないが。
 しかし今日、剃刀を手にしたのはヒゲを剃る為ではなかった。鏡を見たらなんとなく額の産毛が気になった。だからシェービングクリームをつけて額に剃刀を当てたのだ。
 ……それがこんな事になるなんて!
 イギリスはガックリと肩を落とした。
『イギリス、大丈夫?』
 手のひらサイズのフェアリーが心配げに肩を落としたイギリスの顔を覗き込んだ。