イギリスがフランスの言う事を素直に聞くと、フランスが不幸になる一例




 後編

 早朝、自宅で寝ていると携帯がしつこく鳴り続けた。延々三十分間。寝てらんなくて仕方なしに携帯に出る。
「……フランス、何したの?」
「……へ? アメリカ?」
「フランス。よくもやってくれたね。嫌がらせ? それとも明確な敵対行為? 君は俺の邪魔をしないと思ってたのに。甘かったよ。さっさと邪魔者は消しておくべきだった」
「は? 何言ってんだ? 朝から寝惚けてんのか?」
 フランスは欠伸を途中で止めた。アメリカの声がマジすぎて目が覚めてしまった。
「どうしたんだアメリカ。何かあったのか?」
「とぼけてるの? それともそれが君の手か」
「だから、なんだっていうんだ。何があったのかお兄さんに一から説明してみろ。理由も分からないのに喧嘩腰に電話されてもなあ…」
 電話の向こうから威圧感が漂ってくる。
 こりゃただごとじゃないな。身体を起こしてテレビをつけた。テロか大企業の倒産か。アメリカで何か起こってないか、テレビのチャンネルを次々変えた。
「イギリスから電話があった」
「イギリス?」
「イギリスがどうかしたのか? 酔っ払ってイタ電でも掛けたのか?」
「その方がマシだ。……恋人つくるから、次のクリスマスもバレンタインも会えないって言われた。スコーンも持っていかないし、これからは距離を置いて正しい兄の姿でお前を見守るから、お前もひとりでしっかりやれって。……イギリスに恋人作る事を勧めたのはフランスだって? フランスに言われて目が覚めたって言ってたぞ。これからはEUで楽しくやるから、お前はお前で人生楽しめよって。俺への執着はもうないから、安心しろだってさ。……仕事以外じゃ会わないから、プライベート用の携帯にはもう電話しないって言った…。あはははははははは、恨むよ、フランス」
 震えるような声は激昂を抑えているのがまる分かりで、静かな声が逆に恐ろしかった。これならいっそ怒鳴られた方がマシだ。
 いっぺんで目が覚めた。
「え、え、マジ? イギリスがそんな事を?」
「とぼけるの、フランス? そっちがそういうつもりならこっちにも考えがある」
 イギリスのヤツ、なんて事を。行動力ありすぎだろ。昨日の今日だぞ。
「ちょっと待て、アメリカ。誤解だ。俺はそんなつもりで言ったんじゃねえよ。お前がイギリスをうざいっていうから、そんなべったりなのはおかしい。距離を置いた方がアメリカの印象も良くなるって忠告しただけで……。分かった、分かったから怒るな。……イギリスが電話に出ない? そんなの仕事の方の携帯にかけたら……プライベートの話題になった途端に切られる? だったらイギリスの自宅に直接押しかければ……。自宅をひきはらった? だったら仕事場に行けば……。アーサー・カークランドは長期休暇? でも緊急時の連絡はつくはずだぞ。…………え、アメリカ関係の連絡は一切回すなと厳命されてる? 徹底的に避けられて距離をおいてんのか、イギリスは? ああ、分かった、分かったから。怒るな。今、イギリスに聞いてみるから。……ちょっとだけ待ってろ。だから経済制裁なんて止めて。お兄さんの頭がハゲちゃう!」
 急いでイギリスに電話した。俺からだと出ない恐れもあったが、イギリスが携帯をとらないのはアメリカだけのようだ。
 イギリスの声にホッとする。
「イギリス、お前アメリカに何言ったの? そこまで避けろって言ってねえぞ。今すぐにアメリカに電話しろ!」
 必死になって怒鳴ると、イギリスが穏やかに言った。
「お前の言うとおりだな、フランス。ありがとう、お前に感謝するなんて三百年ぶりくらいかな」
「今何処にいる! なんでそうやってやる事が極端なの、お前はっ! アメリカからの電話に出ろよ」
「それじゃあ意味がねえだろ。お前が言ったんだ。アメリカと距離を置けって。兄と弟は距離を置くのが普通なんだろ。恋人とか友達の方を優先するのが普通の兄弟なら、難しいけどやるしかない」
「やらなくていい! 恋人なんていないでしょ、お前にはっ」
 恋人ができそうになってもアメリカが陰で全部潰してきたのだ。絶対に他人にとられてなるものかという執念だ。イギリスの動向を伺って、プライベートで親しくなりそうな人間がいると、それと分からないように邪魔してきた。
  お兄さん、イギリスの情報をアメリカに売ってたから全部知ってるんだぞ。
「だから、恋人をつくる旅に出てるんだ。バカンスだと気持ちも身体も開放されやすくなるからな。100人の女性に声をかければ何人かはつきあってくれるだろうし。うまくすりゃバカンス後も、継続して付き合えるかもしれない。俺、頑張るから」
 明るく言うんじゃねえよっ。どうしてお前そういう行動力だけはあるんだよ。アメリカに知られたらお兄さん死亡フラグだよ。
 お前はいつも努力の方向があさってなんだよ。いい加減自覚しろっ。
「頼むから場所を教えろ。それから好きでもないのに恋人なんかつくるんじゃねえ。不誠実だぞ、紳士の名が泣くぞ!」
 イギリスに恋人ができたら俺がアメリカに殺される! 200年以上も邪魔し続けてきた執念は伊達じゃないんだぞ。
「大丈夫。好きになれそうな女にしか声かけないから。会話と身体の相性さえ良ければ、好きになれる自信はある」
「そんな自信持たなくていい! いいからそこの場所言いなさい。帰り辛いなら迎えに行ってやるから。なんなら俺とバカンス楽しもう。……な?」
「なんでテメエとバカンスしなきゃなんねえんだ。周りにフリーの素敵なお姉様が沢山いるっていうのに。ヒゲは邪魔すんじゃねえ」
「ノーーッ! 駄目だから、ナンパは禁止! お前がアメリカと距離を置けるわけないだろ。イギリスがアメリカに構わないなんてできるはずないんだから、できない事を無理してするんじゃねえ。お願いだからいつものイギリスに戻れ」
 携帯の向こうから波の音が聞こえた。どこのビーチにいるんだ。早く場所を言え。
「フランス」
「おう」
「俺はお前に言われた事をちゃんと考えた」
「それで?」
「お前の言う通りだ。家族は仲良くあるべきだが、べったりしてるのは逆に不仲の原因になる。ドラマや小説でもよくある事だ。兄弟関係は多少距離がある方がうまくいく」
「多少、だ。うんと距離が空けばまんま不仲でしょ。加減を間違えんなよ」
「俺はその加減というのが分からない。フランスも知っての通り、兄達はあんなんだし、仲の良い家族はアメリカしかいなかったけど、結局出てかれてしまった。それで嫌われてんだから、俺は正しい家族関係を作れなかったって事だ。俺には正しい家族のあり方が分からない」
「アメリカの独立は必然なのっ。お前の育て方が良かろうと悪かろうといずれは独立したんだよ」
「そんな俺が正しい距離感を測れるだろうか? 無理に決まってる。それに俺にはアメリカに構わないなんてできない。どうしても気になっちまう。あいつがどうしてるか、可愛い彼女ができたのか、病気はしてないか、アイスとバーガー食べ過ぎで体脂肪増やしてないか、不況で苦しんでないか、ずっと考えちまってアメリカに電話したり家に行っちまう」
「行けよ! 電話しろ!」
「それじゃあ何も変わらないだろ。アメリカをうんざりさせて増々嫌われちまう。そんなのは嫌だ。これ以上嫌われない為に、俺は必死で我慢と努力をする事にした」
「我慢? できるのかよ?」
 すっごく嫌な予感がした。
「アメリカの噂が耳に入れば気にしちまう。だから徹底的にアメリカから離れる事にした。アイツの声を聞かず、何をしているか動向も知らず、姿を見なければなんとか耐えられる。会いたい気持ちを耐える為にも恋人を作る。そしてアメリカを自由にしてやるんだ。いつまでも子供扱いするからウザがられるんだし、アイツの自立を認め、ひとりでやっているだろうと信じて、アメリカを見ない。世界会議に行っても開始ギリギリにかけこめばアメリカと話さないで済むし、会議中は仕事の話しかしないから、問題ない。会議が終ったら速攻で逃げる。とにかく、アメリカに会わなければアメリカにはウザがられない。なんでもっと早くこうしなかったんだろう」
「どうしてそこまで徹底しちゃうの、坊っちゃん! 適度に距離を置けとは言ったが、徹底的に距離を空けろとは言ってない。友好国なのにそこまで距離置いちゃダメでしょ」
「大丈夫だ。上にも話は通した。大人として距離を置く事は決してマイナスにはならない。俺が兄貴面するから、アメリカがムキになっていつまでもバカみたいな言動ばかりとるのかもしれない。そうアメリカの上司に言ったら、快く承諾してくれたぞ」
「このバカ、バカ。どうしてそういう所だけ根回し早いの坊っちゃん。どうりでアメリカがお前を攫まえられないわけだ。情報局が使えないのか」
 飛行機を使えば記録に残る。足どりはある程度追えるはずなのだ。船や陸路を使われてしまえば逃げられてしまうが。
「フランスの言う通りだった。逃げれば追い掛けてくるんだな。アメリカが俺から逃げる気持ちが分かったぜ。追い掛けちゃ駄目なんだ。こうなったらアメリカが俺をうざいと思わなくなるまで徹底的に逃げきってやる。……そうだ。彼女を作るんだったら料理の上手な女にしよう。うまいスコーンを持っていけばアメリカも食うだろう」
「女にスコーンを作らせる気かよ。……アメリカが食うわけねえだろ」
「食うさ。あいつは菓子全般が好きだからな。美味だと分かってれば捨てる事はしねえよ。……俺のとは違って」
 途端に暗くなる声。
「アメリカが食いたいのは、お前がアメリカの為に作った菓子なんだよ。他人の為に作ったものをまわされるのも、他人に作らせるのも、嫌がるだけだ。あいつを怒らせたくなかったら、他人を絡ませんのは止めろ。フォローしきれない」
「分かった。怒らせないようにアメリカには会わない」
「どうしてそういう答えになる?!」
「会わなければ怒らせる事もないからな。もうアイツの嫌がる顔は見たくないんだ。嫌がられる度にそんなに俺が嫌いかって悲しくなる。フランスも俺の愚痴につきあうのは楽しくねえって言ってただろ。アメリカに会わなければこれ以上嫌われない。辛いけど我慢する。これからは愚痴も言わないようするにから、フランスも一安心だろ。今後、愚痴は恋人にだけ聞いてもらう事にする」
「恋人なんて作るなっ。愚痴なら1000回だって聞くから。アメリカだってお前に会いたくて探してるんだぞ。アメリカの気持ちを誤解して逃げるな。ちゃんとアメリカに会ってヤツの気持ちを聞いてやれっ!」
「だから、ちゃんと別れの電話をしたぞ。お前にウザがられなくて済むように距離を置くって。恋人を作ってちゃんと兄貴らしい態度をとるから安心しろって。お前はお前で恋人作って楽しくやれよ。体調管理はもう大人だから自分でできるだろって。俺、ちゃんと普通の兄貴らしく弟に電話できた……。やればできるんだ」
「………お兄さんが悪かった。普通にしろなんて無理言って。もう普通に距離置けなんて言わないから、頼むからアメリカに電話しろ、アメリカからの電話に出ろ。お前の居場所を教えろ」
「今電話しちまったら折角決心して離れた意味ねえじゃん。大丈夫、俺はちゃんと普通の兄貴らしく弟と距離を置いて恋人も作って、誰にも後ろ指差されない生活をする。もうフランスにも愚痴を零さねえ」
「やる気満々に言うんじゃねえよ。頼むからいつものイギリスに戻って。……つか、今お前何処にいるの? 教えろよ。アメリカが必死に探してんだよ。イギリスが見つからなきゃ俺が殺される」
「何切羽詰まってんだよ。まだ酔っぱらってんのか? …………あ、彼女が手を振ってる。……誰だって? さっきナンパしたんだ。同じイギリス人の弁護士だって。胸は標準だけど身体のバランスはいいし、髪が奇麗で、何より美人だ。こんな美人が一人でバカンスなんて間違ってるよな。これから二人で街に買い物がてらドライブして、ランチして、プールに行く予定だ。夜はどうなるか分からない。簡単に身体を許すような女じゃなさそうだ。けど、外国にいるっていう開放感で奔放になるかもしれない。別にヤれなくていいんだ。こんな事言うと何言ってんだろうと思うだろうけど、俺だって本気になれる相手が欲しいからな。身体だけじゃなく中身を知ってから、本気で付き合うか検討する。……まあ、あっちから誘われたら当然断らないけどな。据え膳は食うが、基本的にはガツガツしないでのんびり楽しくやるつもりだ。というわけで邪魔すんなよ。仕事以外で邪魔しやがったら、お前んちの妖精に頼んでお前のワイン蔵にあるワインを全部酢に変えるからな。……じゃあな、フランス」
「え、イギリス? 切るな、切っちゃ駄目、切らないで……切れてる……。リ、リダイヤル! ……って、もう電源切ったのか? 早すぎだろ、アイツ!」
 携帯に叫んでたら、電話の音。画面も見ずに電話に出る。
「イギリス! 彼女とデートはキャンセルしてアメリカに連絡しろ! 頼むからアメリカに電話してくれ。性格良い美人なら、5分くらい電話の時間を割いたって怒らないから。とにかく美女としっぽりする前にアメリカに電話を……」
「イギリスが美女としっぽりって……どういう事? フランス?」
「あ、アメリカ?」
 しまった。イギリスじゃなく、アメリカからの電話だったのか。焦っても遅い。
 アメリカの声は地獄の蓋が開いてその下から漏れ出たみたいな声だ。
 怖気が震って電話を切っちまいたかったけど、切ったら直接乗り込まれそうで恐くて切れない。
「……フランス。どういう事か全部説明してくれるよね? イギリスは美人と一緒なんだね? デートだって?」
「いや……その……」
「イギリスに恋人を作る事を勧めたのってフランスだって?」
「恋人を作れと言ったわけじゃなく、普通の兄弟は距離を置くものだって言っただけだ。お前だって兄貴面するイギリスが嫌で邪険にしてたんだろうが」
「そうしてイギリスは俺と距離を置いてるのか。美人とデートしながら。しっぽりデート? 俺の200年に及ぶ邪魔はなんだったんだろうね。……で、イギリスは何処にいるんだって? こうなったら直接邪魔しに行くよ」
「あ……イギリスの場所は……聞いてない。あいつ喋んなかったし」
「何やってんだよ、フランス! 今まで何を会話してたんだ!」
「そ、そんな事を言われても…」
「……そう。君はそういうつもりなんだ。………独立に手を貸してくれたのだって、俺とイギリスを引き離す為だったよね。イギリスがフリーになればフランスにもチャンスがあるから」
「余計な邪推すんじゃない! 俺はイギリスの事なんて好きじゃねえぞ、お前とは違うんだ」
「そう思ってたけど、見事に騙されたよ。…………憶えときなよフランス」
 忘れてしまいたいような脅し文句と共に電話が切られた。
 ツーツーと鳴る携帯を片手に呆然とする。俺が何したっていうの?
 のろのろと着替えて、キッチンに行く。美味しい朝食を食べて一息つけばうまい案も浮かぶだろう。とにかくあいつらのペースに巻き込まれては駄目だ。
 ガレットを焼いている時だった。
 自宅の電話が鳴ったので出ると、部下からだった。
「ボンジュール。どうした」
「大変です、フランスさん! アメリカの銀行がフランスの企業から一斉に貸し付けの回収を始めました!」
「なんだって!」
「それが変なんです。銀行が資金を回収しているのは、どうやらフランスの企業だけに絞られているようなんです。市場は大混乱です。一体何があったんでしょうか…?」
 目眩がした。アメリカめ。動くのが早すぎる。私事と仕事を一緒にすんじゃねえ。復讐したいのなら直に来いってんだ。
 怒りを納める為に、気つけのワインを開けた。冷静になるには一杯必用だった。
 ……が。
 ぶはっ!
 吹き出した。赤ワインだと思って飲んだのに、酸っぱかった。まんまビネガーだ。
 悪い予感に、まだ新しいワインのコルクを抜いてみた。
 一口飲んで咽せる。これも酢だった。
「イ、イギリスーーっ!」
 もうやだっ、あの兄弟。俺が何したっていうの。ちょっと意地悪しようとしただけなのに。
 独立に手を貸した復讐か? それとも小さい頃に苛めた仕返し?
 フランスはぐったりとテーブルに伏せた。何もかも投げ出したい気分だった。
 鳴り続ける携帯を切って、フランスは出かける事にした。イギリスがバカンスなら、フランスもそうすればいい。可愛いセーシェルの顔が見たくなった。呑気な南国ムードで癒されよう。
 鞄に荷物を詰めているとドンドンと玄関のドアが激しく叩かれている音がした。
 フランスは手を止めて、窓から逃げるべきか、クローゼットに隠れるべきか本気で迷った。
 一番始めに電話をかける先は決まっているが。世話になっている大工に連絡しないと。きっと玄関は使い物にならなくなるだろう。まっ二つに割られるか、それとも蝶番から引き千切られるか。どっちにしろロココ調の玄関の命日は今日だ。
 フランスは小さく十字を切った。
「アレルヤ。くたばれバカ兄弟。…………もうやだっ!」
 フランスは携帯を攫んで逃げ出した。
 アメリカの声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う事にした。フランスが今聞きたいのはセーシェルの可愛い声だけだった。






 ←前編


 novel top