イギリスがフランスの言う事を素直に聞くと、フランスが不幸になる一例




 前編

 イギリスが泣いている。酒が入るといつもこうだ。酒が無くても泣くけれど。
 毎回、よくもベソベソと男が人前で泣けるものだ。
 お兄さん呆れるより感心する。
 ……いや。イギリスは昔からよく泣くやつだった。兄達に苛められ続けてきたからな。
 涙はもう標準装備だ。……小さいイングランドは可愛かった。
 昔から眉毛は立派だったけど。でも可愛いかった。ちっさい手足とか、お前の為じゃなく俺の為なんだからな、という定番ツンデレとか。
 しかしバリバリヤンキーを経てまで泣き虫顕在って、ある意味凄いよね。いい年した大の男がマジ泣きで「アメリカ、アメリカ」……だぜ?
 イギリスは出ていった弟に未練タラタラで、どうしょうもなく女々しい。はっきりいってウザイ。
 ウザイと感じているのだから飲みになんか誘わなきゃいいと思うんだけど、イギリスと飲もうなんて、俺以外いないからね。寂しい坊っちゃんが増々寂しくなっちゃったら可哀想だ。俺は面倒見が良いのだ。
 腐れ縁の幼馴染みをこれ以上孤独にするとなけなしの罪悪感で胸が痛むし。
 アメリカの独立を手伝ったのは俺だからね。弟が去り、腐れ縁まで去っちまったらイギリスは本当に孤独になっちまう。……なんて甘い事を考えていたお兄さんがいけないのかな。
 今日も今日とてイギリスはうざくてしつこくて女々しい。でも指摘すると途端にヤンキーに早変わりするので要注意。こいつの左ストレートは強力だ。

「……俺が嫌いだから、アメリカは独立したんだ」

 ……ん、それは違う。ガキが大人ぶって一人で立ちたくなっただけだ。好きなヤツにいつまでもガキ扱いされてちゃたまんないもんな。

「アメリカは俺の事が嫌いなんだ。分かってる。日本といるとすぐに邪魔してくるし。日本が好きだからってあんなに冷たい態度とる事ねえじゃん。アメリカのバカァ!」

 違うからソレ。立場が逆だって。アメリカはイギリスの邪魔してんじゃないの、日本の邪魔してんの。日本といるとイギリスはアメリカを見ないから。日本にデレデレしてるイギリスを見てらんなくて、邪魔してんの。

「アメリカにうざいって言われた。昔の事をいつまでも引き摺って、本当に君は暗いねって。そんなんだから友達ができないんだって。……分かってるよ、そんな事。だけどしょうがねえだろ。性格はそうは変えらんねえし。ウザがられてもアメリカが弟だったって事を忘れたくねえんだよ」

 そりゃウザイよね。アメリカが必死になって独立して世界一の国になっても、やっぱりイギリスの中ではアメリカはちっさなアメリカでしかない。もう一人前だってアピールし続けても、イギリスは全然一人の男として見てくれないから、アメリカも苛立ってる。
 正直に恋人になって欲しいって言わないアメリカも悪いけど。プライドが邪魔して素直に言えないなんて、ホント青い。まあ青少年ていうくらいだから。
 片思い歴200年だから、ずっとその間恋人いなくて右手がお友達だし。
 アメリカのヤツ、ヒーロー名乗るくらいバカで健全だから女遊びもしないし。
 ……うん、イギリスが悪いよな。アメリカに女の気配がある度に「お前もそういう年になったんだな」とか言ってしみじみ兄貴面するから。一人前扱いされるのは喜ばしい事だけど、そういう喜び方だけはされたくないよな。好きな相手に、彼女ができた事を喜ばれるってどんな自虐プレイだろう。
 アメリカもそんなに悶々するくらいなら、いっそ押し倒してヤッちまえばいいのに。そうすりゃ、さすがのイギリスも目が覚めるだろう。アメリカはもう弟じゃないって。
 きっと夢や妄想の中じゃ、イギリスとあんな事やこんな事を百回も二百回もやってるだろうに、現実のアメリカは初恋の人を前にするとチキンだ。強姦魔になっちまったらヒーローは二度と名乗れないだろうが。

「あいつが喜ぶだろうと思ってスコーン焼いても、マズイって言うし。昔は喜んで食べてたのに」

 いや、それ正直な感想だから。スコーンに限らずイギリス手製の食品全般、すごく不味いから。
 昔のアメリカは空気の読める良い子だった事を思い出せ。お前が喜ぶ為なら豚の餌でも笑顔で食う優しい子だったぞ。自分の手料理の酷さを自覚しろ。
 味音痴じゃないくせに、どうして自分の手料理を不味いと思わないのか、お兄さん不思議。スパイ使ってありとあらゆる情報得てるくせに、自分の料理の評判だけ知らないのっておかしくない?
 もしかして無意識に聞かないようにしてるのか?

「この間も作ってったスコーンをこんなもの食えるかって、アメリカのヤツが庭に捨てたんだ…。食い物を粗末にするような育て方してない筈なのに。いくらなんでも酷すぎるから怒ったら、「これは食べ物の範囲には入らないよ。お腹壊すのが分かってる物をなんでわざわざ持って来るんだよ。嫌がらせ?」とか言うし。……アメリカのバカッ。俺がそんな嫌がらせすると思ってんのかよっ」

 悪意がないから、ナチュラルに嫌がらせになってるんだろ。あの最終兵器、別名スコーン。
 イギリス。なんでアメリカが怒ったのかちっとも分かってねえな。
 アメリカにやったあのスコーン、もともとはシーランドの為に焼いたやつだろう。シーランドがスウェーデン達と帰っちまって、結局渡せなかったヤツだよな。アメリカなら食うだろうって手渡すのは構わないが、そこでなんでバカ正直に言っちゃうかな。他のヤツの為に作った物を、どうして食いたいと思うんだよ。
 お前本当にバカじゃないの? アメリカがイギリスの作った物を本当に捨てると思ったのか?
 後で回収して全部食うに決まってるだろ。
 あいつはそういうヤツだ。お前に育てられただけあって、ツンデレなんだよ。いい加減気が付け。

「俺の顔を見るだけで嫌な顔することねえじゃん。そんなに俺が嫌いかよ……。うえ、うええ」

 あ、本格的に泣き出した。
 アメリカがイギリスの顔を見て嫌な顔する理由?
 そりゃあ出合い頭にネクタイが曲がってるとか服装がどうのとか、メタボだとか、文句ばっかり言われればな。その時のイギリスってまんま兄貴の顔だ。告白の機会を伺っているのに、全然隙を作ってくれないイギリスに苛立ってんだろうな。普段は隙だらけで間抜けなくせに、対アメリカだと兄貴モード全開だからな。
 告白しようとしても、撃沈予想しかできないんだよな。可哀想なアメリカ。やっぱ押し倒しちまえ。

「フランス、なんとか言えよ。どうしてアメリカは俺が嫌いになったんだろう。どうしたらアメリカに昔みたいに好かれるのかな…?」

 いい加減うんざりしたので、ちょっと意地悪をしてやろうと思った。
 だって本当にうざい。イギリスと飲んでるのは俺なの。ちょっとはこっちにも意識を向けろってんだ。アメリカ、アメリカ。イギリスの中にはアメリカしかいない。
 イギリスに好かれてんだから、アメリカもその幸運を大事にすりゃいいんだ。あんな手酷い裏切り方しても嫌われなかったんだぞ。自分で兄弟愛を恋愛にシフトするように、地道な努力すりゃいいんだ。そうすればイギリスだって兄貴面じゃなく、恋する恋人の顔を向けるかもしれないのに。イギリスは孤独なんだからそこに充分つけこめるのに、何やってんだか。
 お兄さんはつけこまないよ。だってあのクソガキが恐いし。イギリスは可愛いけど、こういう曖昧な腐れ縁っていう距離感を無くすのも惜しいんだよね。
 だって千年の付き合いだよ? 千年かけて築いた関係を崩すのって勢いが必用だし、力がいる。そんなパワーがいること、疲れるから面倒臭くてやりたくない。正面きってアメリカとやりあうのってしんどいし。
 アメリカには狡猾さが足りないから、負ける気はしないけど、眉毛がらみでそこまでする気力はない。
 アメリカも可愛い弟だしね。大分成長しちまったけど。

「イギリス」
「うう、ヒゲ。お前がアメリカの独立に手を貸さなきゃ良かったのに」
「イギリスの邪魔するのが俺の生き甲斐なの。お前だって立場が逆なら同じ事しただろ」
「俺に勝って高笑いだったんだろうが、お前、俺への嫌がらせで国庫空にしただろ。身体を張ってまで俺の邪魔するなんてバカだよな。国が荒れて暴動が増えるたびにイギリスのBARでは笑いのネタだったぜ、ケケケケ」
 あ、カチンときた。マジでムカついた。どうせアメリカから戦費を回収できずに金がなくなったよ、市民の不満が爆発して暴動が起きたよ、ついには革命が成っちまったよ。
 ナポレオンのおかげでフランスは他の国には潰されなかったけど、王家がなくなっちまったのは本当にショックだった。革命後にイギリスに会ったらお前、そりゃあイイ顔で笑ったよな。悪意に満ちたってああいうのを言うんだな。でもアメリカの別離でイギリスも内心ボロボロだったからしょうがないか。……と思ったけど。
 ムカつくので意地悪する事にしました。

「お前さあ。いい加減弟離れしろよ。人間の家族だって二十歳過ぎればそれぞれ独り立ちするだろ。男の兄弟がそんなにべったりっていうのは珍しいっていうより気持ちが悪い。普通だったら、恋人や友達作って家族は二の次になる。健康で仕事持ってる普通の男は、兄弟と疎遠なのが普通なの」
「普通…」
「そう、それが普通。兄と弟は距離を置くものなんだよ。べったりなんてウザイだけだ。お前だってドラマとか見るだろ。母親の過干渉にうんざりしてる娘とか、父親の横暴に憤る息子とか、兄貴と比べられてグレる弟とか、家族っていうのは近付きすぎちゃ逆に良くねえんだよ。だから、家族とうまくやりたかったら距離を置け。ガキはいいんだ、シーランドくらいだったらまだ。だけどアメリカはいい年した大人だ。ガキ臭くても200歳以上だぞ。上から兄貴面してべったりしてきたらうざいって思うに決まってるだろ。お前の態度は普通じゃないんだ。これからは普通の態度をとれ。アメリカを少し離れたところで見守ってやれ」
「そうすりゃアメリカに嫌われない?」
「ああ。嫌われない」
 断言するとイギリスは顔を上げた。ブスな顔だ。イギリスの泣き顔はいいかげん見飽きた。
 イギリスはアメリカと少し距離を置いた方がいい。長くは無理だろう。アメリカが気になって仕方がないに決まってる。イギリスが兄貴面を止めればアメリカだって少しは素直になるだろう。イギリスと恋人になりたくてうずうずしてるんだから。
 さっさとくっついちまえ。
「普通か…」
 イギリスは何かを考えて自分の世界に入っちまってる。お前本当に周りが見えないね。そこまでお兄さんを無視する事ないじゃん。今日の飲み代はお前が全額持てよ。……は? 嫌だとは言わせないぞ。相談料だ。アメリカとうまくいったら高いワイン奢れよ。
 何笑ってんだか。アメリカとうまくやってる想像したか? お手軽なヤツ。
 イギリスが暴れなかったので今日の終り方は悪くない。眠りかけたイギリスを前に、追加の注文をして、寝顔を携帯のカメラで撮ってアメリカに送ってやった。サービス兼嫌がらせ。アメリカは嫉妬深いからな。恋愛にはいいスパイスだ。せいぜい焦って早くイギリスに告白しなしさい。お兄さんからの選別だよ。






 後編→


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