アメリカ製






 【#02 英と仏と米と日(米→英)


 なんでアメリカは突然怒り出したんだろう。あの野郎、訳が分らない。きっとカルシウム不足なんだろう。コーラばっかり飲んでいるからだ。牛乳飲め。
 後に残されたオレ達の間に気まずい空気が流れる。
「アメリカも若いねえ。素直じゃないったら」
「いえいえ。ある意味素直すぎるのですよアメリカさんは。フラグクラッシャーに振り回されるなんて美味しい役回りだと思いますけど」
「その場合、お兄さんは自分が巻き込まれて不幸になる未来しか想定できないよ」
「仕方がありません。誰よりアメリカさん、イギリスさんに深く関わってきたのはフランスさんですから。実はイギリスさんが好きだったというライバル宣言もよし、よき兄として弟達の未熟な恋の手助けするもよし、フランスさんの立場は美味しすぎて涎じゅるじゅるですよ」
「だったら代わってよ日本。お兄さんイギリスにボコられ続けて、本気でお隣止めたいんだけど。なんでイギリスはこうなの?」
「そりゃあフランスさんみたいな人がお隣さんだからでは? 散々幼いイギリスさんをボコッたのだから、今ボコられてこそ対等。復讐は当然の権利です。過去の自分を反省しましょうねフランスさん」
「……日本。お兄さんの事、嫌い?」
「いいえ。フランスさんの事は好きですよ。アメリカさんと同じくらい」
「……それって嫌いって言われてる気がすんだけど。アメリカと同評価なんて酷いよ日本。お兄さんそこまで酷くないもん」
「仕方がありません。私はイギリスさんの味方ですから。イギリスさんをボコッたあなたを殴りたいと思うのは自然の摂理。いわばこれは友情の証なのです」
「友情……。日本」
 日本とフランスの言っている事はよく分らないが、日本が味方だというのは分る。
 感激して日本の手を握ると、日本は握り返してくれた。
 にっこりと微笑む日本の微笑は、初めて「私たちお友達ですよね」と言ってくれた時と同じ笑顔だった。
 やっぱり日本は優しい。どっかのヒゲやメタボと違って。どうして日本が隣人じゃないんだろう。日本みたいなイイ奴が近くにいたら、オレだってきっともっとマシな性格になっていたかもしれないのに。
「日本。アメリカがいないと思ってイギリスにベタベタし放題か」
「アメリカさんがいるとイギリスさんと友情を育むのも大変なんですよ。私に下心はないというのに。誤解されるのは心外です」
「仕方ない。何せ300年に及ぶ片思いだ。いい加減煮詰まるって」
「執念深いというか諦めが悪いというか…。そこまで思っているならさっさと告白すればいいものを」
「相手は強固なフラグ折りの達人だからな。言っても本気にされないのが分かってるから、タイミングを見計らっているうちにズルズルきちまったんだろう」
「それにしても300年は長すぎです」
「半分成就を諦めてるのかも。イギリスと恋愛なんて、アメリカが空気読むより難しいんじゃね?」
「フラグクラッシャー、イギリスさんですからねえ…。友情を育むのさえ躓きぎみなのに、ハードル高すぎます」
「千年も生きて初恋もまだだからねえイギリスは。愛の国の隣なのになんでこうなのかね」
「フランスさんがこうだから、反面教師を見てこうなったのでは? ほら、だらしがない親を見て育った子供はこうはなるまいと真面目になると言いますし」
「日本……本気でオレの事嫌い?」
「嫌いなら一緒にお茶したりしませんよ。嫌いな人とは同じ部屋にいて同じ空気吸うのも嫌ですから」
「……可愛い顔して恐いよ日本は」
「おそいれいります、すいません。八つはしが品切れになってしまいました。遺憾の意」
 フランスと日本は何げに仲が良い。
 や、焼きもちなん焼いてないんだからな。うらやましくなんかないんだからな。
 畜生。オレを抜かして二人だけで仲良くしやがって。
「坊っちゃんがアメリカの恋心を信じられればうまくいくのにな」
「本当にねえ。あと500年くらい経てば、なんとかなるんじゃないんでしょうか。それだけ経てば、さすがのイギリスさんもアメリカさんのお気持ちに気付くと思いますけど」
「あと500年も巻き込まれ続けるなんて嫌あっ」
「御愁傷様ですフランスさん」
 本当にフランスと日本は仲が良い。言っている事はさっぱり分らないけど。
 なぜオレがアメリカの気持ちに気が付くという話になっているのか。
 言われなくたって分かっている。
 アメリカはオレが嫌いだ。何を今更だ。
 人の傷口拡げて何が楽しいんだ。畜生っ。
 オレが責めると、フランスと日本は揃って溜息吐きやがった。なんなんだよ、畜生。







 フランスと日本が揃って夕飯の材料の買い出しに出かけたので、オレは留守番だ。一緒に出かけても良かったのだが、アメリカが戻ってきたら締め出されるからという理由でオレが残る事になった。アメリカが戻った時に家が開いてなかったらきっと窓を破壊しての不法侵入になるだろうから、お兄さんの家を壊さないでえっとフランスが泣くので、仕方なくオレがフランスの家で留守番をしている。
 ヒゲの家なのでやる事がなくて暇なので、この隙にフランスが隠している上等なワインを飲んでしまえとワイン蔵に入り込んだ。味オンチには飲ませられないとふざけた事を言ったのを忘れてはいない。報復として隠してたワイン、全部飲みほしてやる。人の心を傷つけた報いだ。
 オレの料理は不味くないんだからなっ。周囲の味覚がオレについてきてないだけなんだ。オレが味の最先端なんだよっ。
 ……いや、さすがにそれは無理があるか。畜生。







 飲み過ぎたらしい。あれから何時間経ったんだろう? ヒゲと日本はまだ戻っていないらしい。
 ふらふらと居間に戻ろうとすると、人の気配がした。いつのまにかアメリカが戻ってきたらしい。テーブルには見慣れたMの文字の袋が置いてある。いったいいくつハンバーガーを買ってきたのやら。フランスがこれからメシを作るのに。あのハンバーガーは前菜かよ。
 アメリカに声をかけようとして、一瞬止まる。
 アメリカの様子がなんとなく変だ。あちこち周りを見回して周囲を伺っている。まるで悪戯する前のガキのようだ。
 何かドッキリでも仕掛けようとしているのだろうか。それともフランスの大事にしている皿でも割ってしまって、どこに隠そうか迷っているとか。アメリカの位地からはオレの姿は見えないので観察し放題だ。
 アメリカが何をするのか何となく見ていたら。
 何を思ったのか、アメリカはオレがさっきまで使っていたティーカップを手にとった。
 テーブルの上はさっきお茶したまま、片付けられていない。後でカップを洗おうと思っていたのだが、ついつい飲みすぎてしまった。
 マイセンの白い陶器は美しいがそこまで真剣に観察するもんでもないだろうに。あのティーカップにヒビでも入っているんだろうか。
 首を傾げながら、何してるんだろうとボーッとアメリカを見ていたら。
 ふいに。
 アメリカはオレの使っていたティーカップのフチ、オレが口をつけていた部分に顔を近付けて。唇を触れ……ペロリとカップのフチを舐めた。
 ゆっくりと舌がカップのフチをなぞる。カップを両手に大事そうに抱え、カップに口付けるアメリカの様子には悪戯するような空気はどこにもなく、どこか厳粛で真剣で、だからこそいっそうおかしかった。
 とても大事な物に口付けるような仕種でティーカップを嘗めるアメリカに、オレは声を掛けられず立ちすくんだ。
 アメリカが。あのアメリカが。
 アメリカの行動する意味が分らないほどウブでもバカじゃない。
 アメリカは。


 ティーカップフェチだったんだ!


 あまりの衝動にオレは声も掛けられず立ち竦むしかなかった。