アメリカ製







 【#01 英と仏と米と日


 アメリカはオレを好きらしい。……恋愛の意味で。
 そうヒゲに言われたオレはゲラゲラ笑いとばし、ついでくだらない冗談を言ってくれたフランスに心をこめて拳を送った。暇だとロクな事を考えないという見本に対するささやかな礼だ。
 ヒゲはふっとんで酒場の椅子とテーブルを巻き込んだ。悪い事をした。年代物の椅子とテーブルには罪はなかったというのに。当然弁償したのはフランスだ。ぶつかったのはフランスだしな。
「ぼっちゃんがオレを殴ったからでしょ。お前が払えよ」とフランスがごねたので、オレとフランスどちらの責任なのか第三者に判断してもらおうじゃないかと、人間性に信頼おける日本と、話題の当事者のアメリカの判断を参考にすると言ったら、フランスは真っ青になって「それだけはやめて!」と、雑巾絞るような声を出してオレを止めた。
「アメリカの片思いをバラした事が分かればお兄さんがアメリカにバラされる。マジ解体される。いやあっ!」というわけの分らない事を言って、フランスは自分が壊した椅子とテーブルを弁償した。
 本当にヒゲの言う事は理解できない。
 年を取り過ぎてボケたのか?
 千年以上生きてりゃボケもするだろう。
 痴呆症になったらどうしよう。徘徊するフランスなんて危険物が隣人なんてキモすぎる。フランス人をブリテン島に入国禁止にしたいけど、上司は許可しないだろう。さすがにユーロスターが一方通行なんて許されない。





「君の作るお菓子は本当に酷いね。お菓子というよりほぼ炭だよね。これを使って炭火料理ができるかもしれないね。日本で食べたヤキトリをこの炭スコーンで作ってみようか。ちょうど庭にニワトリがいる事だし」
「んだとうっ! 人のスコーンを燃料扱いすんじゃねえっ。オレのはれっきとした料理だ。ちょっとくらい焦げたからって文句つけんな。素人料理なんて完璧じゃないから逆に味があるんだろうが」
「イギリスの料理の酷さはどうだっていいけど、お兄さんの可愛いジョゼフィーヌは食料じゃありません! さばかない、見ても肉だとは思わない! アメリカは一生マックを食べてなさい」
「マックは最高なんだぞ。でもフランスの鳥料理もなかなかだから食べてあげてもいいんだぞ。鶏が駄目なら鴨でもいいぞ。セーヌ川にプカプカ浮かんでるだろ」
「なんで捕まえてくる事前提? 野生の肉が食いたかったら今度材料用意しとくから。頼むからその辺の鳩だの鴨だの捉まえてくるなよ」
「おいフランス。てめえ料理でアメリカを手なずけようったってそうはいかないぞ。アメリカはマックで満足できる味オンチなんだからな。折角の料理の腕が役も暖簾に腕枕だな」
「イギリスさん。言葉の使い方が間違っています。……遺憾の意」
「ほらほらイギリス。日本もお前のスコーンは酷すぎるって言ってるぞ。こんなもん土産に持ってくるなんて、アメリカのKY以上に空気読んでないよお前。イギリス料理食えるのは、世界広しといえどイギリスに育てられたアメリカだけだ。日本の繊細な舌を破壊するんじゃありません。お前の手料理は嫌がらせと同じなんだから。数少ない友達がいなくなるぞ」
 裏拳でヒゲを沈める。
「死ねヒゲ……。に、日本。オレは……」
「イ、イギリスさんのスコーンですか。な、なるほど、真っ黒ですね。一瞬炭と間違っ…げふんげふん大丈夫です。私も日本男児。好き嫌いは申しません。ハチの子やイナゴが食べられるのに、小麦粉とバターの塊から逃げるなんて日本男児が廃ります。………しかしこの焦け臭さはどうしましょうか。口に運ぶ前から味が予想できてしまいます。焦げた部分を削れば大丈夫ですね。……たぶん。胃薬あったでしょうか」
「日本、日本。ぼっちゃんのスコーンだけど、焦げた所を削ったら食う所なくなるから。お兄さんも日本と同じ事考えた事あるんだけど駄目だった」
「フランスさん。……そ、それじゃあどうやってこの炭……じゃなくてスコーンを食せば」
「食わなくていいから。それは人間の食べられるものじゃない。それを食えるのはアメリカだけだ」
「しかし折角イギリスさんが私達の為にと作ってきて下さったものを、多少不味そうだという理由で食べないなんて失礼すぎます」
「その料理を他人に食わせようって考えて行動するイギリスの方が絶対失礼だから。イギリスの手料理食って卒倒したプロイセンの二の舞いになりたいのなら、止めないけど。なんなら救急車手配しとくか?」
「……ああ。そういえばドイツさんのお兄さんのブログ拝見しました。なんというチャレンジャーなのかと感心しきりでしたが。さすがあのドイツ帝国の基礎を築いた方だと感嘆したのですが、プロイセンさんをしてもイギリスさんの料理には勝てなかったのでしたね。私は果たして勝利する事ができるでしょうか」
「料理に勇気と覚悟と勝敗が発生する時点で、もうそれ料理じゃないから。イギリスの手料理を拒んだとしても非礼には当たらないとイギリスの上司はおろか女王陛下だっておっしゃるだろうから、安心して辞退しろ」
「しかし……」
 イギリスはもう泣きそうだった。泣いていいかな。
 あ、涙が溢れちゃう。
 フランスは後で殺害決定だけど。日本までイギリスの土産に持ってきたスコーンを拒まなくてもいいじゃないかと思う。
 日本にぜひイギリスの手料理を食べてもらいたくて喜んでもらいたくて、一生懸命作ったのに。そりゃあ多少焦げて失敗はしてしまったが、元は小麦粉とバターなのだから食べられない事はないはずだ。外側は真っ黒だけど、中は大丈夫な筈だ。たぶん。
 アメリカを見ろ。ちゃんと食ってるじゃねえか。味オンチと言われてオレだってそう思っているけど、でもアメリカは我侭だから不味いと思ったものは絶対に食べない。文句を言いつつ食べているのは、本当は美味しいと感じているからだ。アメリカがオレに対して素直じゃないなんていつもの事だし。
 ……と言ったら、皆に哀れむような立腹するような、なんとも言い難い目で見られた。なんだよ。
「坊っちゃん。なんで普段はネガティブなのに料理に関してはポジティブなの。信じらんない」
「イギリスさん。焦げた食べ物はガンの元です。今度お菓子を作る時は焼くのではなく蒸し料理にしましょう。それなら多少火を通しすぎても焦げませんから」
「HAHAHAHA。大笑いだよイギリス。君のスコーンが美味だなんて、もの凄く笑えるジョークだね。イギリス製のスコーンはバッドフード代表と言われてるの知らないのかい?」
 頭にきたのでフランスの口に一番でかいスコーンを突っ込んでやった。大き過ぎたらしい。喉につっかえて卒倒しやがった。
 プロイセンといい、人の料理を食って倒れるのが最近の流行りなのだろうか。ヨーロッパの流行にはついていけない。やっぱりユーロ導入は考え直そうか。伝統と女王を重んじるイギリス人に、最近の流行は突飛すぎる。




 なんだかんだいってフランス主催のお茶会に持ってきたスコーンは殆どなくなった。フランスと日本は食べず、食べたのはアメリカだ。
 アメリカ、そんなにスコーンが好きだったのか。今度大量に焼いてアメリカにプレゼントしようか。べ、別にアメリカの為じゃないんだからな。オレがアメリカに食って欲しいだけなんだからな。オレの為なんだぞ。
「……数個でも大変なのに、いったいいくつ作るつもりだい? 人の事を空気読めないと言う前に自分も空気読もうよイギリス」
 アメリカの発言にフランスが訳知り顔で頷いているのが目障りで、回し蹴りで沈める。
「ど、どういう意味だ?」
「君のスコーンはすっごくまずいって言ってるだけだよ」
「ざっけんなっ」
「本気で言ってるんだけど。食料を捨てるなんて非常識な事できないから全部食べるけどさ。オレがスーパーヒーローじゃなかったら、君の料理でとっくにおだぶつだね」
「オレの手料理は生物兵器じゃねえっ」
「小麦粉とバターをあそこまで変質させておいて生物兵器じゃないなんて、よく言えるよ。DDDDD。イギリスは面白いなあ」
「面白くねえっ」
「日本とフランスがイギリスの手料理を食べないのはなんでなのか分るかい?」
「…………腹がいっぱいだったから?」
「わお。今日のイギリスはとことんポジティブだね。さすがエロ大使」
「エロ関係ねえっ。フランスも日本もスコーンが嫌いなんだろ。今度はマフィンを作ってくる」
「あのねえ。スコーンならフランスは自分で作るさ。日本も普通のスコーンは好きだって言ってたぞ。でもイギリスの作ったスコーンは二人とも食べないんだぞ。毒殺の心配してるんじゃなければ、食べないのは単純に不味いからだろ。いい加減学習したらどうだい。君の手料理は食べられたもんじゃないレベルの不味さだって自覚しなよ」
「お、お前は食ってるじゃねえか」
「うん。世界広しといえと君の手料理を食べられるのはオレだけなんだぞ。だからイギリスはオレにだけスコーンを焼いていればいいんだ」
 何故か日本が横で親指を立てていた。なんだ?
 アメリカ。そうか。アメリカは食えればなんでもいいんだな。単に腹が減ってただけか。オレはアメリカに材料費の請求しないから、たかられ放題だったってわけか。便利なヤツと思われてたんだな。
 アメリカは会議中にもバーガー食うくらいいつもすきっ腹を抱えてる。大国だから燃費が悪く、きっと腹が減って仕方がないのだろう。大きな身体を維持するのも大変だ。
 傷ついたけれど、オレの料理を食ってくれるのはアメリカだけだし、多少の無礼は許そうと思った。
「スコーンを焼くのは構わないが、それ以上食ったらメタボが加速しそうで恐えな。お前が豚になってもこっちを訴えないと念書を書くなら、いくらでもスコーンを焼いてやる」
 アメリカの腹を突ついたらぶにゅっといった。
 うおお。マジでメタボだ。若いのに肥満だ。
「くたばれイギリス。君のまっずいスコーンなんか誰が食べるもんか。君の料理なんてゴミ箱に入る前から生ゴミ同然じゃないか。オレが食べなかったらゴミ箱行きなんだぞ。オレは好きで食べてるんじゃないぞ。他の人間が犠牲にならないように戦ってるんだ。いわばこれはボランティアなんだぞ」
「誰が生ゴミ同然だこのやろう。そ、そんな風に言うんだったら二度とアメリカにはスコーン作ってきてやんないからな」
「オレがスコーンを作ってくれなんていつ頼んだ? 記憶を勝手に捏造するのはやめてくれないか」
「今じゃねえ。ガキの頃の話だ。あの頃のお前は素直で可愛くて……」
 アメリカがバンッ、とテーブルを叩いた。テーブルにヒビが入った。バカ力め。物に当たるんじゃないと小さい頃にちゃんと教えたのに。
「ぎゃー、お兄さん自慢の樫の木の一枚板のテーブルがーっ」
 ヒゲが悲鳴を上げたのがうるさい。その口閉じないと刺繍糸で縫い付けてやるからな。それとも舌切り雀のように料理鋏でちょきんと舌を切り落とすか。さてどっちがいい?
「うちの童話を惨劇の参考にするのは止めて下さい。日本文化が誤解されます」日本が抗議する。
「オレが君の手料理を食べていたのは材料を無駄にしたくなかったからだ。国民が大事に育てて加工した食物を捨てるわけにはいかないからね。そんな事も分らないのかい君は」
 アメリカは本気だった。声が違った。冷たくて突き放すようで、そこには情の欠片も見えなかった。
 いまいましそうにアメリカは持っていたスコーンをテーブルに戻し、立ち去った。