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イギリスはアメリカに恋ができるとは思えなかった。
アメリカは間違いなくイギリスを愛してる。
だがイギリスはアメリカを弟にしか思えないのだ。
「イギリス。オレは君を愛してる。無理矢理してごめん。でも反省はしない。後悔してないから」
酷い言いぐさにイギリスは呆れたが、アメリカらしいと思った。寝た事を後悔されたらイギリスも傷付く。
「…アメリカ、諦めてくれ。オレはお前に恋できない。おまえは弟だ。たとえアメリカがそれを認めなくても、オレの中の英領アメリカは消えない」
「いいよイギリス。なら恋はしなくていい」
「……?」
アメリカはふっきたように泣き濡れた不細工な顔を上げた。
その笑顔にイギリスは嫌な予感がした。
アメリカが空気を読まない突拍子もない発言をする前に見せる、突き抜けたような陽気な笑顔があった。
「オレは、君を手に入れる。心をくれないというのなら、まずは身体全部を手に入れる」
酷い言いぐさを怒れないのはアメリカが真摯だからだ。
「身体だけなんて虚しいだけだ」
「始めはね。…君は優しい人だから、関係を持ち続ける相手を邪険にできないし、いつかは心を許してくれる」
「……なに?」
「オレが君を抱き続ける限り君の隣には誰も立てないし、君は情深い人だから、肌が馴染めば心も懐柔される。ましてやオレはアメリカだ。君の特別だ。君はオレを好きになる」
「……やめろ」
「止めないよ。諦めないって言っただろ。始めは身体だけでいい。身体が馴染めば心も受入れ始める。君は情け深いし愛情に飢えている。オレの愛を拒めない」
「アメリカ……嫌だ……」
「君が嫌がっても止めないよ。オレは望みのものを手に入れる。君の愛と、未来を」
イギリスは顔を顰めて目を閉じた。
これ以上アメリカの言葉を聞きたくなかった。
アメリカの言う通りになるなんて冗談じゃない。
長い年月をかけてアメリカへの思いを閉じ込めたというのに。悲劇を繰り返すのは沢山だ。愛が永遠に続かない事をイギリスに身をもって教えたのはアメリカだ。
「逃げようとしても無駄だよ。オレがそう決めたんだから」
アメリカは傲慢な態度だが、その笑顔は再び歪み、泣きそうな顔に戻っていた。
アメリカが背後からイギリスを抱き締める。
重みをイギリスは恐れた。
アメリカは容易くイギリスを征服してしまえる。身も心も。
アメリカがイギリスの耳たぶを軽く食む。
「愛してるんだイギリス。君がオレを育てたママだ。子供が一番愛するのは母親だって決まってるだろ。オレを育てた時点で君は恋人も同時に育てたんだ」
イギリスは沸き上がった嫌悪のまま口に出す。
「くたばれ、マザーファッカー」
「うん、そうだね。オレはマザコンで近親相姦を強いた最低の男だ。でも最低でも幸せになりたいし、好きになった人を大事にしたい。……諦めてオレのモノになってよママ・イギリス。愛してるんだぞ」
「できるかっ」
「できなくても君はオレを愛しているよね。こんな事をされてもオレを嫌いになれないくらい」
「……お前は最低だ」
「知ってるよ」
「オレを捨てて独立したくせに」
「うん。でも後悔してない」
「お前なんか……好きになるはずないだろ」
アメリカは不器用に顔を歪めて微笑んだ。
「好きじゃなくていいよ。それがイギリスの逃げ道になるなら。君を泣かせたくないんだ。オレの側で笑っていて欲しい。イギリスの不味い手料理を食べ続けてるのも、君に笑って欲しいからだ。でもオレだけなんだぞ。君の作った食事を全部食べられるのは。それだけでも充分恋人の資格あると思わないかい?」
「う、うるせー。偉そうに言うんじゃねえっ。オレの料理はまずくねえっ」
ポコポコするイギリスの怒りが半分演技だと知っていながら、アメリカは知らないフリでイギリスの湿った背を撫で続けた。
愛を強くのは卑怯者のする事だが、アメリカはもうヒーローではない。イギリスに、育ててくれたママに欲情した時からただの獣になった。
本当は背徳感に押しつぶされそうだ。肉親を抱くのは予想以上に心の負担だった。どんなに言葉で否定してもイギリスはアメリカの兄であり母なのだ。
だが、イギリスを諦めるのは無理だった。
それだけは絶対だ。
だから吐きそうになる近親相姦の嫌悪も飲み込み、イギリスを手の中に収める。
いずれは自分の中の葛藤も消えてなくなるだろう。痛みが疼きになって忘れるように、アメリカの中の母への幻想も消える。
……いや。消えずに残って大事な母をその手に抱く背徳感を楽しむようになれるかもしれない。
未来はもう分かっている。アメリカの隣にいるのはイギリスだ。
独立を200年かけて許したように、乱暴した事も強制的に恋人にした事も、いずれ水に流れていくのだろう。人とは違い、国には永遠に近い時間があるから、恨みも痛みもずっと憶えてはいられない。いつかは思い出になって感情は剥がれ落ち、記憶だけが残る。
そうしてイギリスがいつまでも隣にいればいいとアメリカは思う。
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