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 今更アメリカとの新しい関係を築く気はないと言う。
 アメリカを信頼する事は自殺行為だとイギリスは信じこみ、思い込みは真実となってイギリスに根付いた。
 アメリカを信じない事でイギリスはアメリカを愛する自分を許せたのだ。今後裏切られても、始めから信じていなかったと保険をかけた。そうすれば再び裏切られても堪えられる。
 イギリスの防衛本能で、そうしたのはアメリカ他、フランスや他の国々だ。誰もイギリスに信じる事を教えなかった。
 唯一、純粋に愛する事を教えたアメリカはイギリスを裏切った。
 そうしてイギリスは今のイギリスになった。

「だからお前とは恋人になれない」

 あっさりと告げられた本音にアメリカは絶望した。
 イギリスの顔に恨みはない。だからこそ堪える一言だった。
 愛する事の無意味さを、信じる事の愚かさを教えたのは目の前にいるお前だろ? と、イギリスは言う。穏やかな声でアメリカの恋に刃を振う。

「お前を愛してるよ。可愛いアメリカ。いつか俺以外の誰かに恋をするようになる。永遠の愛など何処にもない。人の心は変わる。お前の心もだ。だから俺をずっと好きだというのが本当だとしても、いつかは嘘に変わる。恋なんてそんなものだ」

 諦めという達観の海で他人の恋愛を遠くに見てきたイギリスは、淡々とアメリカに告げた。
 恋愛とは遠くにあって眺めているものだとイギリスは信じている。

「そんな風に言わないでくれ。俺は本当に君が好きなんだ。君と出会ってからずっと君だけだ。諍いもしたし君を諦めようとした事もある。でも駄目なんだ。諦められない。イギリスを愛している。君への愛は魂に刻みこまれてる。これは運命なんだ」
「運命なんてない。あったらお前は独立していない」

 情熱的な告白もイギリスには届かなかった。
 イギリスは恋の熱を知らず、愛の温かさは過去に置いてきた。イギリスの手から愛を無理矢理もぎ取り放り投げたのは、アメリカだ。
 かつての自分に復讐され、アメリカは呻く。

「またその話題かい。君と他人になる為には独立するしかなかったんだ。国が独立を望むのは本能だ。君だってフランスの属国から独立したじゃないか」
「俺とフランスは元から他人だ。でもお前は幼い頃、ずっと俺と一緒にいると誓った。俺が大好きで離れる事なんてありえないと言い切った。だが独立の本能が芽生えたらあっさりその気持ちを忘れた。…………そういう事だ。人の気持ちは虚ろいやすく、容易く変質する。逃げるのを追い掛けてるからそれが絶対だと思い込んでいるだけだ。手に入れてしまえばこんなものかと、途端に冷める。お前は勘違いしている。俺が初恋の相手だというのは光栄だが、初恋は実らないものだと日本も言っていた。この際だからちゃんと失恋して、新しい恋を探せ。やけ酒くらいフランスが付き合うだろ。フランスに奇麗どころを集めてもらって女の身体に溺れて俺への気持ちなんて捨てちまえ。そうして今度こそ可愛いくて優しい女と幸せな恋をしろ。女はいいぞ。柔らかくて温かい。男には理解不能な生き物だが側に置くだけで癒される。アメリカは俺が側にいても癒されないだろ。俺には硬い身体しかないし、性格もお前の言うとおり愚痴っぽく湿っぽく一緒にいて楽しい人間じゃない。いつまでもつまらない感傷を引きずるな。……お前が俺を愛してなくても、俺はずっと愛してるよ、アメリカ。可愛い弟。お前には幸せになって欲しい」
「そうやって兄貴面しないでくれよっ。そういうところがたまらなく嫌いなんだ。俺は君に恋されたいんだ。恋人として愛して欲しいし、他の女と付き合うなと嫉妬して欲しいんだ。俺を求めて欲しい。俺は絶対に君を諦めないぞ。俺の愛は執念深いんだ。かつて君の弟だったんだ。しつこいのは君譲りだ」
「嫌な所が俺に似たのか…」

 イギリスの心が動かないのを知り、アメリカは焦る。
 告白すれば変化がおこると思っていた。
 少なくともイギリスは動揺して『そんなの信じない』と泣き喚くかと思ったのに、妙に凪いでいて、そこにはアメリカが付け入る隙がない。
 暖簾に腕押しということわざを何故が思い出し、のれんてなんだっけとよそ事まで考える始末だ。
 イギリスの母性本能にアメリカはたちうちできない。
 このパターンは想定していなかった。
 だがアメリカは引くわけにはいかないのだ。

「嫌だぞ、絶対に諦めるもんか。君を恋人にする。心をくれないのなら、始めは身体からでもいいよ。君を抱きたい。抱かせて。やらせて、やらせてよ、君が好きなんだ、愛してるんだ。イギリスが欲しい」

 バンバンと扉を叩いても、響く音は鈍く、アメリカの腕力を持っても破壊できないような壁を感じた。
 ファンタジー王国イギリスは時々アメリカには理解できない技を使う。こんな時まで不思議技を使わなくてもいいと思うが、こんな時だからこそ使っているのだろう。

「アメリカ。ずっと俺だけじゃないだろ。ガールフレンドだっていたじゃないか。この230年で可愛い子とも付き合ってきただろ。これから先いくらでも素敵な女性は生まれてくる。諦めず他の運命を探すんだ。お前はゲイじゃないんだから、普通に女を好きになれる。早く勘違いから覚めて周りに目を向けろ。可愛い女性は沢山いるぞ」

 優しい気遣いが逆に鞭になる。

「勘違いしないでよ。確かにガールフレンドは沢山いたよ。でも俺が抱きたいのはイギリスだけだ。悔しいけど君しか抱きたくないんだ。他の娘じゃその気になれない」
「嘘つけ。お前のタイプはバン、キュ、ボン、のX体型じゃねえか。知ってるんだぞ。男なんだから彼女が自宅に泊まって何もしないわけないだろ。今まで散々とっかえひっ替えだったくせに」






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