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 一息に言って、アメリカはイギリスの返答を待った。
 何の物音もしないのは、イギリスが葛藤している証拠だ。
 猜疑心の塊のイギリスはアメリカに冷たくされる事に慣れすぎていた。からかわれる事はあっても愛を囁かれた事はない。そんな期待もしない。愛は独立戦争を前に破壊され捨てられてしまったと信じている。
 アメリカと口論して、二度と顔も見たくないと言われたから今まで逃げ続けたのだ。
 ショックだった。
 アメリカは本気だった。本気でイギリスを拒絶した。
 これ以上アメリカの顔が嫌悪で歪むのを見たくなかった。だから逃げた。
 そんなに俺が嫌いかと酷く傷つき泣き続けていたのに、何を間違えたら突然の愛の告白になるのか。訳が分からない。妖精の悪戯だろうか?
 情熱的な告白を、イギリスは喜ぶより疑った。
 アメリカがこんな事を言うはずがない。
 これは嘘か、冗談かドッキリだ。絶対にからかわれているに決まっている。
 しかしフランスは否定し、アメリカの口調にからかいの色はない。アメリカは冗談はよく言うが、こんな形の嘘は言わない。ヒーローを名乗るアメリカは愛をからかいの種にはしない。
 …となるとアメリカの告白は本当だという事になるが、200年を超えて君が好きだと言われて信じられるほど、イギリスの心は柔らかくなかった。裏切り続けられた心の防衛本能はレベルマックスで、他人を信じる場所は何処にもない。
 かつて日本を信じられたのは日本がイギリスよりずっと大人だったからだ。日本は大人の余裕でイギリスを甘やかした。年上の相手に優しくされた事のないイギリスは優しくされる事で、すっかり警戒を解いた。イギリスの期待を日本は裏切らなかった。だから世界大戦でドイツに加担し敵対しても、イギリスは日本に裏切られたとは思わなかった。
 情勢により敵味方が入れ代わる事などよくあるし、寝返り技ならイギリスの方がよほど上手だ。
 しかしアメリカは違う。アメリカは徹底的にイギリスを裏切った。家族だと思っていたのにもう家族じゃないとイギリスの手を振り払った。
 そうしてイギリスが手に入れた世界の覇権を自分のものにして、世界一の大国だという顔で傲慢に振る舞っている。
 成長した弟は自慢だったが、そう思っていたのはイギリスだけで、アメリカは独立後は他人以上につれなく冷たかった。
 君なんかと家族だったのは汚点だというような言動に傷ついた回数はもう数え切れない。
 もう一度アメリカを信じればバカを見る。どんなにアメリカが真剣にイギリスを口説こうとも、イギリスの中にアメリカを信じて愛するという場所はなかった。
 イギリスにあるのはかつて愛した『弟』のアメリカという場所だけ。イギリスがアメリカを恋人にするという場所は何処にも無い。
 イギリスは半信半疑ながらアメリカの告白を信じ、仕方なく返事をした。たとえからかわれていたとしても、アメリカの告白を無碍にはできなかった。
 イギリスは自分の甘さを嗤った。

「……アメリカ。俺は……お前とは恋人にはなれない」
「どうして? 俺が君の弟だから?」
「そうだ。お前は俺の永遠の弟だ」
「独立後は他人になった」

 イギリスは割り切れなかった。

「たとえ独立しても、お前の誕生に関わり、お前を育てたという事実は変わらない。お前は大きな国だからいずれは独立しただろうが、俺が親でなければあんなに早くは一人前になれなかった。お前は俺の子供だ」

 イギリスの声に抗い難い母の響きを聞き、アメリカは短く絶望した。
 第三者に徹し一歩引いた場所で聞いていたフランスも、あんまりだと額を押さえた。

「イギリス。……俺は諦めないぞ」
「諦めろ。俺はお前を恋人にはできない。心の何処にもそんなスペースはない。俺の愛は200年以上前に終ってしまったんだ」

 心の場所に恋人というスペースはないとイギリスは静かに説明した。
 イギリスにとってアメリカは特別だった。裏切られても家族だった。どんなに諍って離れても家族は家族だ。
 淡々と告げるイギリスに、アメリカは焦る。
 頑に信じられないと喚かれたら、辛抱強く信じさせる努力をするが、イギリスは信じた上で恋人にはなれないと心を固めてしまっている。
 遅すぎたのだ。イギリスはアメリカに愛される事をとうに放棄してしまっている。心を整理して、「アメリカ」というスペースを作ってそこだけでアメリカへの感情を処理している。イギリスの中に恋人としてのスペースはない。
 イギリスは200年かけて諦める事を憶えたのだ。






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