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「一番ムカつくのはそんな君を諦められない俺自身だ。何度も諦めようと思ったのに、こんな魅力に乏しいエセ紳士より何倍も可愛い女の子がいるのに、どうしても俺は君じゃなきゃ駄目なんだ。俺だけに笑って欲しいし、抱き締めたい。……君を独占したい」
「……へ?」

 間抜けなイギリスの声がした。
 顔が見えなくても幻聴を聞いたのだろうかという顔のイギリスが想像できた。

「聞いてくれ。これから言う事は冗談でもからかっているのでもなく、俺の真剣な気持ちだ。疑うなんて許さないんだからな」
「わ、分かった」

 声の勢いに押され、イギリスは承諾した。
 アメリカはドキドキと早鐘を打つ心臓の胸を押え、決心した。

「イギリス、君が好きだ。兄弟としてじゃない。家族愛でもない。ひとりの人間として、君を愛してる」
「…………う…えぇ?」
「俺は君に育てられた。幼い頃はまぎれも無く君の弟だったけれど、独立して俺たちは他人になった。他人なら、恋人になれるだろう? ……オレは君を心から愛してる。恋人になって欲しい。君の全てが欲しいんだ。合衆国としてブリテン島を望むんじゃない。個人のアメリカがイギリスという人を望んでるんだ。兄貴面なんてしないでくれ。『お前は恋愛対象にならない』と言われ続けているようで辛いんだ。俺が君に怒ったのはそういう理由だ」

 アメリカはイギリスの応えを待った。
 シン、と地下は物音一つしない。
 葛藤しているだろうイギリスが分かるので、アメリカは辛抱強く待つ。

「ねえ、イギリス。これは嘘じゃないよ。俺の本当の気持ちだ。君に辛く当りたくなんかなかった。分かってもらえない焦りを君にぶつけてしまった。好きな人に当たるなんて、ヒーロー失格だ。もう皆のヒーローでいられない。俺は君だけのヒーローになりたいんだ」
「ちょ、ちょっと、待て、アメリカ、嘘だろ、からかうのは止せ、あんまりだ……」
「俺の気持ちを疑わないでくれよ。嘘じゃないって言ったはずだ」
「ヒ、ヒゲと賭でもしたのか? 俺を堕とせたら借金チャラとか」

 フランスは床を蹴っとばした。

「お兄さんがそんな野暮な真似するわけないだろ。愛の国なんだから人の恋心を玩ぶような真似はしません!」

 口を出すまいと思っていたフランスだが、つい口が出る。

「イギリス、俺は君が好きだ。君を恋人にする。反対意見は認めないぞ」

 アメリカは強い声で断言した。

「認めないって……恋愛は一方通行じゃ成立しねえぞ」
「大丈夫だぞ。俺は執念深いし君への愛は誰にも負けない。何せ230年越しの恋だ。恋愛未満の君の気持ちが変わるまで待つ自信はあるぞ。身体から始まる恋っていうのもあるし、その身体にじっくり分からせてやってもいいんだぞ」

 自信満々のアメリカに、イギリスは冷静さを失いかける。

「ちょい待て、アメリカ。それはヒーローじゃなくヒールの台詞だ。……それに230年越しってなんだ、嘘ばっか言うんじゃねえっ!」
「嘘はつかないって言ったじゃないか。いい加減俺の言葉を信じてよ。独立前は兄弟だったけど、独立後は他人だって言ったじゃないか。君から独立できて、ようやくスタートラインに立てたんだ。いつか君の恋人になって君を幸せにするんだって、独立前から思ってた。なのに独立した途端に離れていくなんて酷いよ。君のつれない態度にどれだけ苦しめられたか。君だけだよ、オレが君を好きな事を知らないのは」
「俺だけ……知らない?」
「俺の気持ちは全世界にダダ漏れだって事だよ。俺がイギリスを愛してる事なんて、君以外の全員が知ってるよ。知らないのは本人の君だけだ。本当に君って肝心な所が鈍いよね」
「う、嘘言うんじゃねえっ。お前がどれだけ俺に冷たく当たってきたか! アメリカが俺を疎んじてる事は誰だって知ってるっ。お前は俺が嫌いで独立したんだ。冷たい態度がその証拠じゃないか。全員がお前の恋を知ってるだって? んなわけあるか。だったら周りの哀れむような目はなんだっていうんだよ、いい加減な事言うな、阿呆っ! 外道! お前は酷えっ!」
「冷たくしてきた事は謝るよ。君が好きなのに肝心の君が全然分かってくれないんで、苛ついてたんだ。皆が嗤ってたのはそういう俺の稚拙さだよ。好きな人を傷つけるしかできない俺の幼稚な振る舞いを皆は嗤ってたんだ。誰もそれを君に教えなかったのは、教えたくなかったからだ。いざとなれば自分達に有利に事を運べるかもしれないという打算で、みんなは口を噤んでいたし、俺が力をつけてからは俺の不興を買うのが恐くて黙ってた。……イギリスが恥じる事なんて何もない。恥すべきは俺だけだ。俺が君を好きでやつ当たりしてたことは皆にダダ漏れだったんだから。公然の秘密だからあえて誰も口にしなかったんだ。鈍チンのイギリス。俺はずっと君に苦しめられてきた。君を諦めたくても諦められない。君と恋人になりたくてみっともなくふるまって、もう230年だ。……俺は諦めるよ、降参だ。君に首ったけで君以外を選べない。だからイギリスも諦めて俺の恋人になってよ。君に俺以外の相手ができるなんて絶対に許さないから、もしそうなったら全力で邪魔して壊すよ。君の恋人はこれからはずっと俺だけだ。俺が最後の恋人だ。反対意見は認めない」






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