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「よく知ってるなヒゲ。彼らだけが使う通路なら、誰にも見付かない。人間の目には見えないからな。……ただ妖精界と人間世界は時間の流れが違うから、うっかりあっち側に行くと5分くらいだと思ってたら30年経ってたりするんで危険だが、気をつければ大丈夫だ」
「あっさり恐い事言わないの。……お前世界中の妖精とお友達になれるんだね」
「国によって性格はまるで違うが、妖精はみんな可愛いぞ。ロシアの妖精だけはあんまり可愛くないが」
「ファンタジーをリアルに語らないで。アメリカの忍耐が無くなりそうだから、早く出てこい。お兄さんのキッチンを破壊しないで。もう美味しいもの作ってやんないぞ」
「別に頼んでねえ。お前が勝手に作って持ってくるんだろ」
「なんて傲慢なのお前。お兄さんの親切を足蹴にして。神様の痔が治ったら罰が当るからな」
「そういうわけだから、入口を破壊しても無駄だぞ。妖精回廊を通って逃げるから」
「自慢げに言うな。……お前は紳士だろ、栄誉ある大英帝国だろ。逃げるなんて紳士らしくねえぞ。貴族なら女王の名に掛けて堂々戦え。逃げて問題が解決するかっ。逃げたらイギリスが尻尾を捲いて逃げ出したって言いふらすからなっ」
「そうしたらお前のワインはみんな俺の腹の中だ。……お、この貴腐ワインうまそう」
「ギャーッ、それはお兄さんが特別な日に飲もうと思ってたワインだから開けるなっ。滅多に手に入らない代物なんだぞ、絶対に飲むなよっ!」
「どうしようかなぁ」
「イギリス!」
「そのバーガーメタボをなんとかしたらワインは開放してやる。取り返しがつかない事をされたくなかったら、そのバカを説得して追い掛けるのを止めさせろ」
「無理言うな。アメリカを説得するなんて、ロシアがイタリア並に陽気になるくらい無理だ。できる事とできない事があるだろ」
「……お前のワイン、気の毒だな」
「ちょ、ちょと待て。アメリカと話をするから」

 フランスは今にも扉に飛びかかりそうなアメリカを抑えながら叫ぶ。

「アメリカ、ちゃんとイギリスに謝れ。あれは嘘でしたって言うんだ。イギリスを掴まえたら告白するって言っただろ。今がそのチャンスだ。勇気をふりしぼって素直になれ」

 アメリカがフランスを押し退けた。

「イギリス! この扉を開けるんだ、君は完全に包囲されている。今なら情状酌量の余地はあるぞ。自分から出てきたら俺の五十二番目の州に加えてあげるよ」
「さりげなく日本を五十一番目に数えるんじゃねえっ」

 フランスは頭を抱えた。駄目だこれは。
 イギリスよりもアメリカの方が厄介だ。
 
「落ち着けアメリカ。煽ってどうする。もう少し大人になって頭の良い会話をしろよ。頭に血を上らせてるイギリスを挑発してどうする。まずは謝るんだろ。落着いて深呼吸しろ。俺の言う事が分からないくらい脳味噌が燃えてるなら頭に水をぶっかけるからな」

 フランスにピシリと言われ、アメリカは唇を噛む。
 フランスも必死だった。猛獣二匹は手に余る。

「分かったよフランス。……冷静になるよ」

 アメリカは扉に手を当てて、向こうにいるイギリスに神妙に話し掛ける。

「……イギリス、ごめんよ。君に二度と会いたくないって言ったのは嘘だ。……ううん、兄貴面している君に会いたくないのは本当だ。……でも違うんだ。君が嫌いだから会いたくないんじゃない。別の感情があるから君に兄貴面されるのが辛いんだ」
「……アメリカ?」

 真剣なアメリカの声に、イギリスが戸惑う。
 アメリカの殊勝な態度の理由が分からない。

「聞いてくれイギリス。君以外、全世界が知っている事があるんだ。君だけが知らなくて、俺はそれを分かって欲しくて苛ついて、君に当ってしまった」
「俺以外の全員が知ってる事……ってなんだ? オレだけを除け者にして、何か企んでいるのか?」
「違うよ。国じゃなく、個人的な事だ。俺が君をどう思ってるかだよ」
「……お前はどうせ俺を嫌ってるんだろ。そんなのとっくに知ってるさ。アメリカは俺を疎ましく思ってるんだ。だから独立して離れていったし、側に寄ると邪険に冷たく振る舞う。……、そんな事。今更弁解しなくたっていい。ちゃんと分かってる。傷口に塩塗って楽しいか? 酷いやつだな」
「全然分かってない!」

 アメリカは怒鳴った。感情を隠す事なく苛立たしげに入口をドンと叩く。

「確かに兄としての君は鬱陶しいよ。すぐにメソメソするし他人の気持ちなんて全然分かろうともしないし、悪巧みばっかりするし、料理が下手でそれを平気で他人に押し付けるし、基本的に全部が駄目だ。ウザくて湿っぽくて側にいるとこっちまでカビが生えそうだ」
「わ、悪かったなぁ、バカッ!」

 ガシャンとが何かが砕ける音がした。

「イギリス、何投げた!」

 フランスの叫びを二人は聞いていない。






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