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 食事を終えたアメリカが満足そうに腹を撫でた。

「ご馳走様。美味しかったよフランス。……イギリスから連絡があったら教えてくれ。隠したりしたら酷いんだぞ」

 冗談の欠片も見えない冷やかな声と目付きに、フランスはどっちにしろお兄さんが板挟みになって苦労するのね、と身内の横暴を諦める。アメリカ相手に正論は時間の無駄と悟っている。

「お前の言う通りにしてもいいが、タダだと動く気が失せるなあ」
「何が欲しいの? お金かい?」
「フランス産のワインの輸入量を上げろ。自家製ワインばっか優遇してんじゃねえよ」
「カルフォルニアからクレームがくるんだぞ」
「カルフォルニアの連中に、フランス産のよりうまいの作れと発破かけろ。自由競争が自由の国のモットーだろ」
「フランスのワインの品評会で優勝したのは、確か、カルフォルニアワインだったよね?」
「…………………………」

 グウの音も出ない。フランスの黒歴史だ。

「それに、国が国民の生活を守るのは当然だろ」
「国民ばっか守ってるから大企業が偉そうな顔して反省しないんだろうが。お前の国、どっかおかしいよ。大人なんだから責任を取る事も憶えようぜ」
「国内の政治の事は上司に任せてある」
「自分は関係ありませんて顔してんじゃねえ。とにかく……」

 ガンガンガンガンッ。

 ドアノックというよりいやがらせのような破壊音が聞こえ、アメリカとフランスは会話を止めて顔を見合わせた。

「イギリスだっ!」

 言葉と同時にアメリカがダッシュで席から消える。
 あまりの素早さにフランスは呆気にとられる。
 まるで獲物に狙いを定めたチーターだ。人間の出せるスピードじゃない。
 フランスも席を立つ。

「アメリカ? 来たのがイギリスとは限らないぞ」

 言いながら、フランスももしかしたらイギリスかもしれないと思った。
 勘というより、フランスの家の重厚なドアに酷い扱いするワースト・ワンツーがアメリカとイギリスで、アメリカはここにいるのだから消去法でイギリスしかいない。

「イギリス!」

 グワシャッ!
 外に向って開くはずのドアが、内側に開かれた。
 アメリカに引張られたドアは、蝶番ごと引き千切られた。

「ぎゃーっ、お兄さんちの玄関がーっ!」

 フランスは両手を頬に当て、ムンクの叫びのごとき悲鳴をあげた。

「ド、ドアがっ? ……アメリカ? なんでフランスんちに……!」

 すぐさま踵を返そうとしたイギリスの手を逃がすもんかとアメリカは握りしめ、背後から抱きつくように拘束するとすかさず持ち上げて、屋敷内に引きずり込んだ。

「は、離せ、アメリカっ!」
「やーなこった」
「うわっ、落ちる!」
「落とすもんか」

 笑顔のアメリカは捕獲した獲物を逃がすまいと大股で歩き、イギリスをリビングのソファーに座らせた。
 その隙を逃すイギリスではない。玄関から逃げる事は不可能だと判断し、中腰の姿勢からタメもなくジャンプし、絨毯の上でコロリと一回転した後立ち上がりざまにダッシュしてキッチンに飛込んだ。

「イギリス!」

 叫んだアメリカだが、キッチンには出入り口が一つしかないので余裕だった。

「逃げられないんだぞっ」
「うるせえっ」

 アメリカが追い掛けるとそこには誰もいなかった。広いキッチンには先程の食事が放置され、イギリスの姿はない。

「イギリス?」

 ぐるりと見渡すが、彼の人の姿はどこにもなかった。

「何処に行ったんだい?」

 広いキッチンは奇麗に整頓されていてフランスがこの場所を愛しているのが分かる。白と黒のタイルの床には塵一つ落ちていない。戸棚には食器が美しくディスプレイされ、人が隠れられる隙間などないのは一目瞭然だ。

「か、かくれんぼかい? 出てきなよイギリス」

 隠れられるスペースもないのにイギリスの姿はない。
 どういう事か分からずアメリカは立ち竦んだ。
 戸棚や引き出しを開けてみるがそんな場所にいるはずがない。キッチンに人が隠れられるスペースはない。

「イギリス? ……いないのかい?」
「おい、アメリカ、イギリスは?」

 ショックから立ち直ったフランスが怒りの形相のままアメリカの背中をどついた。

「あうちっ、酷いよフランス」

 カッとなったアメリカは振り返って抗議したが、怒りならフランスの方が勝っていた。

「うるせえっ、お兄さんの家のドアに何してくれるんだ、このメタボ大国。きっちり弁償してもらうからな」






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