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 イギリスが「国」の女性と親密になった事はないが、これからもそうだとは限らないのだ。未来は誰にも分からない。
 アメリカに傷つけられた傷心を癒す為にふかふかの胸に顔を埋めたくなるかもしれない。なんたってエロ大使だし。
 相手の女性の性格が良かったら、普通に恋が芽生えたりするかもしれない。
 誰だって優しい女性は好きだ。男というのは顔やスタイルよりも、心を包んでくれる相手を望む。
 イギリスの心は隙間だらけで、誰かが入りこもうとすれば容易く入りこんでしまえる。かつて日本と手を取り合ったように。

「冗談じゃないぞ。駄目なんだからな、イギリス。俺以外の手を取っちゃ」

 アメリカは慌てて立ち上がったが、何処へ行けばいいか分からない。
 フランスはああ言ったが、本当に北欧にいるとは限らない。アメリカを目の仇にしているキューバにいるかもしれないし、オーストラリアに潜伏しているかもしれない。なにせオーストラリアはだだっぴろいから隠れる場所はいっぱいあるし、ビーチでトロピカルドリンク片手に美女をはべらせているかもしれない。観光客に紛れたイギリスを探すのは困難だ。金髪で緑の目のイギリス系など、石を投げたら当たるほどいる。

「……ううっ。こうなったらやりたくないけど、恥を忍んで女王に頭を下げるしかないのか。合衆国が誰かに頭を下げるなんて屈辱なんだぞ」

 フランスは呆れて、情けない様の弟を見た。

「その程度のどこが屈辱だ。EUの連中は誰も彼も屈辱以上の辛酸嘗めて今までやってきたんだぞ。奴隷にされたり国を割られたり、それこそ頭を靴の裏で踏み付けにされるような扱いを受けて血を流してきた。お前の台詞を他の連中に聞かれたら鼻で嗤われるから止めとけ」

 兄の嗜めに、アメリカは口を尖らせる。
 フランスの言う事をすぐに理解して軽口を恥じたが、それを素直に認めるのは悔しい。
 経験の浅さは歴史の浅さ。
 お前は経験が薄いと言われた気がして腹立たしいが、フランスの言う事に分があるから反論もできない。

「……イギリスは謝ったら赦してくれるよね?」

 アメリカはイギリスに拒絶されるのが恐い。自業自得だが、独立後の百年は本当に酷かった。仕事上の会話はあるが、なんでお前とプライベートの時間を持たなきゃならないと冷たい目で見られた。
 泣きそうだった。独立を求めるのは国の本能なのだからいい加減赦してくれてもいいと思うのに、イギリスは岩のように頑だった。
 イギリスの膝を泥につかせた酬いだというのが分かっているから強引に出る事もできず、アメリカの進退は停止したままだ。
 アレをもう一度経験し直すなんて冗談ではない。

 しかしフランスは、どうかな? と首を傾げた。

「赦すって言ってよ」
「俺が言ってもしょうがないだろう。イギリスにだって忍耐の限界はある。今まで散々傷つけられてきたんだ。限界がきて、もう嫌だと放り出したくなったのかもな。お前はイギリスにとって特別だが、それに甘えて増長した弟より、よっぽど他の弟達の方が素直で可愛い。同じ顔ならカナダの方が性格良いから、そっちに鞍替えしたくなるかもしれないな」
「カ、カナダなんて影が薄いじゃないか。イギリスだってよく俺と間違えてる」
「間違えるくらい似てるならお前じゃなくてもいいだろ。あの顔が好きなら、カナダに心を移せばイギリスもこれ以上傷つかずに済む」
「フランスはどっちの味方なんだよ」
「どっちの味方でもない。お兄さんは愛の国だからね。愛に傷ついたイギリスを庇うのは当然でしょ。時間も機会も沢山あった。お前が素直になればいくらでも関係は修復できたのに、自分のプライドばっかり大事にして自分可愛さに愛を向ける相手を疎かにした報いだ。素直でない子供は報いを受けるもんだ。宝物を大事にしなかったんだから、玩具をとりあげられたって仕方がない。ましてやお前は子供じゃない。中身がガキでも、ガキだと甘えていいのは身内にだけだ。イギリスはもうお前の身内じゃないんだろ。とっくに独立したんだし。アメリカはもう二百三十年以上生きてる国なんだ。努力すれば大人の振るまいができるくせにしなかったんだから、自分のした事の結果を受け止めるのは当然だ。大人だって主張するのならば大人としての振るまいと責任が求められる。欲しいものには素直に手を伸ばす事だ」
「反省はしてる。……だから協力してくれよ。ちゃんと謝って告白するから。……だから、イギリスを探すのを手伝ってくれ」

 いつになく神妙なアメリカに既視感に襲われる。

『イギリスから独立したいんだ。……手伝ってくれ、フランス』

 英領アメリカ……まだ幼さを残す弟が迷いながらも真剣な目をして縋ってきた時、フランスは可哀想だと思った。
 アメリカはイギリスを失う。アメリカは独立すればまたイギリスと手を取り仲良くやれると甘い事を思っているだろうが、アメリカがしようとしている事はれっきとした裏切りだ。世界を知らない若者は愛を捨てる事がどんなに罪深いか知らなかった。
 知っていながらフランスは何も教えず「ウイ」と言い、アメリカに手を貸したのだ。






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