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 仮にも好きな相手を傷つけるなど愚の骨頂だ。そんな簡単な事が若造には分からない。
 しかしアメリカの気持ちも分かるから、頭ごなしの説教もできない。
 確かにイギリスは下品だ。女が好きでも、好きだからこそセックスの話題を嫌悪する男もいる。全ての男が下ネタを好むとは限らないのに、自分がエロ事大好きだからアメリカも好きだろうと勝手に決めつけて話題に上げたのは失敗だった。
 男らしいアメリカが未だに童貞だというのも驚きだが、今はイギリスだ。あの鬱陶しい隣国は今頃誰にも見付からない所で号泣しているか、場末の酒場で泣きながら呑んだくれているだろう。
 探し出して『あれは勢いであって、アメリカは決してお前を見捨てたんじゃない』と言ってやりたいが、イギリスが何処にいるか分からないし、そこまでするのはお節介が過ぎるかと、腰も重い。
 フランスの立場は微妙だ。友達じゃないのに、友達の位置に一番近い。
 イギリスの事なんか好きじゃないから、殴れる機会があれば容赦なくぶっとばすが、腹を減らしていたら飯くらい食わせてやろうかと思うし、泣いていたらやけ酒くらいは付き合う。
 腐れ縁で、矛盾した感情が両立している。それがフランスとイギリスが長年築いてきた距離感だ。
 アメリカの恋を応援する気持ちはある。イギリスが幸せになればいいと思う気持ちも本当だ。
 だが、手放しで隣国を自分以外の相手に手渡す気もないのだ。
 このままの微妙な距離感が続けばいいとフランスは狡い事を考えている。
 どうやらアメリカは本気で焦っているらしい。

「その後、イギリスと連絡がとれなくなった。携帯も自宅も数ある別荘の電話も通じない。仕事場にかけても秘書が出て『カークランド卿は本日は休暇をとっております』とか居留守を使うし、自宅にも戻らずどっかに雲隠れしてる。イギリスでないと駄目な仕事以外はせず、目下所在は不明。CIAに頼んで探らせても何処にいるか分からないなんて、ジャパニーズ忍者かあの人は」
「……嫌われたものだねえ、お前」
「イギリス人はみんなイギリスの味方さ。俺がイギリスを苛めたんだろうって、言葉遣いは丁寧なのにまるで虫ケラを見るような目で見られてるよ。合衆国のイギリス大使なんか、俺をモノの分からない田舎者だと思ってるのが見え見えで、よっぽど、君達の『国』の方が私生活滅茶苦茶だって言ってやろうかと思ったぞ。酒癖女癖悪いアバズレビッチで妖精の妄想を信じる電波系不思議ちゃんのくせに、部下の前じゃ格好つけの見栄っぱり。カークランド卿なんて、一皮剥けばただのエロ大使じゃないか。何がグレートブリテンだ。ただのぷかぷか浮いてる変な形の島だ」
「アメリカ、お前なあ……。余計に拗れさせてどうする。お前が悪いんだから、ひたすら下手に出て、イギリスに会わせてくれって頼むしかないだろ。CIAを使っても分からないのはイギリスが本気で隠れてるって事だから、お前がいくら騒いだ所でイギリスは出てこないぞ。……どうせ次の世界会議は絶対に出てくるだろうから、それまで待て」
「次の会議は半年後じゃないかっ。そんなに待てないんだぞ」

 アメリカが容赦なく机を叩くので、皿が下にずり落ちないかとフランスはハラハラした。
 アメリカにマイセンは勿体無い。今度料理を出す時には日本のワンコインショップで大量購入したメイド・イン・チャイナの食器にしようと思った。
 フランスは普段そんな安物は使わない。料理に失礼だし、美学に反する。
 安物食器の主な使用方法は、イラついた時のストレス解消だ。壁に叩き付けると苛々がスッと消える。
 日本のショップで売っているものは安物でもそれなりに質がいいのに、安価というだけで酷い扱いだ。
 皿割りストレス解消を教えてくれたのは日本。
 モッタイナイという言葉を大事にしているくせに矛盾しているが、日本は日本であちこち板挟みになってストレスだらけでフランス以上の頭痛にみまわれている。
 アメリカは要求ばかりをつきつけ、アジアの兄弟も同じく権利を盾に要求と抗議、肝心の政府は二転三転ガタガタ転がり、日本は目を血走らせて皿を投げ付ける。
 いいんです。どうせ中国さんの所で作ったものですから、うちの窯のは一つだって壊すものですか、国民の努力の成果でなければ壊したっていいんです。私が買ったものを私がどうしようと私の勝手です。店も儲かるし、私のストレスも解消されてどっちも満足なんだから問題ないんです。…と問題だらけの発言をイエスの言えない国は叫んでいた。
 壊れかけた日本は恐い。大和魂というより、主婦のヒステリーだ。

「……フランスはイギリスが潜伏しそうな心当たりはないかい?」
「心当たりねえ。…お前が探してない場所か。……英連邦はとっくに探したんだろ? イギリスは友達少ないから、行くなら身内だろ。カナダとかセーシェルは?」
「カナダには一度顔を出したらしい。セーシェルはうちのエージェントが探したけどいなかった。日本を通過して香港に入ってからの足どりが掴めない」






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