06



「テーブルクロスなんてどうだっていい。いや、よくないけど、今はいい。……え、そうなの? お前童貞なの? 未経験? ……230年生きててマジで? ずっと? あ、ありえねえぞ、そりゃ。……本当にマジで? フカシとかじゃなく?」
 
 フランスはありえないモノを目の前にしたかのごとく、アメリカの気まずげな顔を凝視した。
 この年で童貞って……潔癖にも程があるだろう!

「本当にね。イギリスを諦めようと、女の子とベッドに入ろうとした事は何回もあったよ。オレだって正常な生理を持つ男なんだから、柔らかい身体には興味がある。……でもその度にイギリスの泣き顔が頭を横切るんだから、勃つものも勃たない。冷めるし萎えるよ。柔肌剥き出しにした女の子を前に反応を止めちゃう息子にどれだけ気まずい思いをした事か。女の子は自分に魅力がないんじゃないかって泣くし時には叩かれるし、インポだとか、もしかしてゲイなんじゃないかと疑われ、合衆国のプライドはガタガタだよ。もうありえないっ。あれもこれも全部イギリスのせいだ。後生大事に貞操守ってきたんだ。ここまできたら絶対に初体験はイギリスだ。これは譲れないし、誰にも邪魔はさせない。早くイギリスの後ろにブチこみたいのに、俺のマグナムは無駄弾撃ってばかりだよ」
「……恋愛ベタな所までママンに似なくても良かったのになあ。……エロ大使の子供とは思えないほど身綺麗な性生活だな。感心するより泣きそうだよお兄さんは。その年まで童貞だって知ってたら何とかしたのに」

 おかしな所で兄以上に不器用な弟に、フランスは心から同情した。
 普段はKYで傍若無人で、その性格生まれ変わってなんとかしろ、と言いたくなるジャイアンな弟は、恋愛に関しては不器用を通り越して哀れだった。
 その気になればいくらでも女の子を引っかけられそうな容姿と性格をしているのに、そのお楽しみを蹴ってジメッた元兄を欲し続けていたと知っていたら、手ほどきしてくれる優しいマドモアゼルくらい紹介したのにと、愛の国はアメリカを不憫に思った。
 230歳で童貞というのはそれだけ衝撃だ。兄の不器用さをおかしな形で受け継いでしまったらしい。

「俺がそうやって貞操守ってイギリスに誠実にあろうとしているのに、あのバカギリスはしたり顔で、女の子とベッドに入る時はちゃんとゴムを使えだとか、国だから妊娠はしないが、それでもセックスする時の礼儀だとか、真顔で言うんだぞ。俺が突っ込みたいのは君だ! ……って本音はこっちを恋愛対象にしてないイギリスにはとても言えないから、つい……」

 アメリカが目を伏せる。

「『くたばれアーサー。家族でもないのにそんな事言われたくないよ、君こそエロ大使で下半身ユルユルじゃないか。少しは自分の変態性を恥じればいい』…とでも言ったのか?」

 アメリカは苦い顔で頷いた。

「フランスにも分かる事が、どうして分からないのか、オレには分からないよ。オレはあの人の為に遊びの付き合いもしないでいるのに、自分は好きでもない女をとっかえひっかえして、どこが紳士だ、エセ紳士め。あんまりムカついて情けないから、
『君って本当にムカつく。二人きりで会ったのにそんな下世話な話題しか持てないの? そんなんだから友達がいないんだよ。最低下ネタキング。君って本当に下品だ。何が英国紳士だ、言ってる事はチンピラそのものじゃないか。………ああ、我慢の限界だ。もう嫌だ。その性格を直さない限り、顔も見たくない。この家にも来ないし、俺の家にも来ないでくれ。プライベートじゃ顔も見たくない。仕事以外で話しかけないでくれよ。……君なんかに育てられたなんて、本当に嫌だ。過去は変えられないから諦めるけど、未来を共有するつもりなんかない。二度と兄貴面しないでくれ。俺は恋人以外の人間とベッドの中の話をするつもりはないんだ。俺は欲望だけでセックスをこなしてきた君とは違うんだ。相手が好きで愛しあいたいから、ベッドを共にするんだ。ニヤニヤ笑いながら恋人との情事を酒の肴にするなんて、どこまで君は下品なんだ。オレが君の恋人だったら速攻別れるね。……最低だ。君は本当に不愉快だ』…って言ってやった」
「うわ、そりゃあイギリスは大ショックだ。弟だと思ってるヤツにそんな風に言われちゃったらなあ。イギリスが全面的に悪いが、手加減してやれよ。言い方ってものがあるだろ」

 若造は遠慮がない。
 フランスは、蒼白になっただろうイギリスを思って同情した。
 空気が読めなくても若者の潔癖さを残したアメリカに真正面から軽蔑も露に薄汚いように見下され、プライベートでは二度と会いたくないと最終通告を突き付けられたら、フランスだって泣く。
 追い縋る事もできずにへたりこんだイギリスが想像できて、フランスは頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだ。
 どうしてこの二人は拗れる時はとことん拗れるのか。いい年した大人なのに譲歩という言葉を知らない。
 理論で好きな相手に勝ったところで得るものなど何もない。
 言い負かした方はすっきりするだろうが、言い負かされた方は傷つく。






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