05


「あれはもう230年以上も前の事だろ。ずっと昔の過去だ」
「忘れられなければ230年前も1日前も変わらねえよ。イギリスにとっちゃあれは歴史の分岐点だ。心にグッサリ刺さった杭の痛みに耐えてここまでやってきたんだ。それを当事者が否定するな。お前だって独立戦争が心の真ん中にあるくせに」

 何もかもを見透かすフランスに、アメリカは唇を噛んだ。
 なんだかんだいってフランスは面倒見が良く、アメリカもこうして甘えている。しかし兄貴面で説教されると自分がいかに子供かと自覚させられ、悔しくなる。どんな大国に成長しようと歴史の浅さと経験は埋められない。それはこれから積み上げていくしかないものなのだ。
 お前はまだ未熟だと諭されて面白いわけがない。

「……まあ、確かに230年も経っちまったんだから、そろそろふっきれてもいい頃合かもしれないが。イギリスがああいうヤツだって分かってるんだから、あと少し待ってやれ。俺達は人間と違って寿命がない。国が続く限り生も続くんだから、イギリスのジメジメ湿気に付き合ってやるのも男の甲斐性だぞ」

 なんだかんだいって弟に甘いフランスに、アメリカは不承不承頷く。フランスの言う通りだと分かっている。イギリスの性質はそう簡単に変えられるはずがないし、恋い焦がれているのはアメリカのほうなのだから、アメリカが癇癪を起こせば二人の関係は進展しない。
 忍耐の二文字を胸に黙ってイギリスの気持ちが懐柔されるのを待つしかないのだ。

「お前さんは若いから焦る気持ちも分かるが、イギリスの気持ちも分かってやれ」
「分かってるよ」
「分かってても我慢できないか」
「どうしてあんな人が好きなのか分からないよ。性格だって良くないし、後ろ向きで鬱陶しいし、見栄っ張りだし、酒癖悪いし、友達いないし、エロ大使で下半身だらしないし、好きになれる要素なんてどこにもないじゃないかっ」
「それでもお前はイギリスが好きなんだろ。恋は頭でするもんじゃないよベーベ。恋はするんじゃなく落ちるんだ。理屈じゃない所で感じてコントロール効かないのが恋だ。まさしくお前が感じてるのがそれだ」
「ジーザス! 独立したての頃はイギリスを忘れようと可愛い女の子と付き合ったりしたのに、頭の片隅に住みついてるのがあの鬱陶しい泣き顔なんだから、他の子に夢中になれるわけがなくて、未だに不毛な片恋続行中だよ。こんな想いさっさと捨ててしまって、奇麗で優しい子と素敵な恋愛がしたいよ」
「んな事言ったってできねえだろ。お前さんの根本はイギリスが作ったもんだ。ママン大好きっ子だったんだから、他人になった途端に家族愛を恋愛感情にシフトしたっておかしかねえ。身内じゃマズイが、他人ならいくらでもおつき合いできるからな。…とはいっても向こうはまだママのつもりだから、告白しても仰天マザーファッカーだ。可愛い息子が狂ったって半狂乱になるぞ」
「くたばれイギリス。あの人に育てられた年月よりずっと長い時間が経ってるんだから、そろそろ俺をひとりの男だって認めろよ。何もかも分かった顔して人の交友関係や下半身の心配は止めてくれ。頭に来ると同時に惨めだよ。好きな人にどんなセックスしているのか想像されるなんて!」
「へえ。お前、どんなセックスしてるんだ? 型通りのボインで笑顔の似合うキュートなフロイラインか? それとももっと大人の、割り切ったキャリアウーマンとラブアフェアか?」

 ニヨニヨするフランスにアメリカは若者らしい潔癖さで顔をしかめる。

「どんな想像しているのか知らないけど、俺は心もないのに身体だけ求めるなんて事はしないよ。大事な国民を踏みにじるような真似はしない」
「国民は抱けないか? みんな自分の子供みたいなもんだからな。若いお前には割り切れないか。……だとすると、今までのガールフレンドは外国人か? ……カナダとかメキシコの子か? カナダの子は色白で肌が奇麗だし、メキシコ人は情熱的だ。お前のタイプはどっちだ?」
「どっちでもないよ。俺の好みはジメジメ鬱陶しい貧相で眉毛の太いおかしな性格の男だよ。……まったく我ながら趣味が悪い」

 アメリカは吐き捨てた。
 仮にも恋しい相手を形容するような言葉ではなかったが、事実なのだから仕方がない。アメリカが止めてしまいたいと願っても無理はない。

「ちょっと待て…」
 フランスは真顔になった。

「まさかとは思うが……そんな事はねえと思うけど、気になるから聞くぞ。……アメリカ、お前まさか他の人間と……女と付き合った事がないとか言わないよな。付き合うっていうのはつまりベッドの上までって事だ」
「まさか」
「そ、そうだよな。200以上生きて童貞って事はない…」
「俺の純潔はイギリスに捧げるって決めてるんだぞ。浮気なんてするわけないだろ」
「じゅっ…!」

 ブハッ、とフランスはワインを盛大に吹き出した。

「汚いなあフランス。御自慢のテーブルクロスがだいなしだぞ。早く洗った方がいいぞ」






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