04


「『お、俺もだアメリカ。お前は俺の大事な弟なんだから。お…兄ちゃんて呼んでもいいぞ』……だって。くたばれイギリス!」

 フランスは頭痛を堪えるように眉間を指で揉んだ。

「仕方ねえなあ、坊ちゃんは。お前もそこでキレんじゃないよ。坊っちゃん隙だらけなんだから、すかさずたたみかけなくてどうする。……『弟じゃないよ。男としてイギリスが好きなんだ! 俺の気持ちは誰だって知ってる。君だけだ、気付いてないのはっ。ずっと前から好きだった。君が欲しくてたまらないんだ。もう逃がさない。俺のベッドでオレの気持ちを証明する。覚悟してね』……そうアメリカは欲望を隠さない獣の表情で言うと、驚愕と疑いで動けないイギリスをかつぎあげ寝室に連れ込み、寝台に放り出した。慌てて逃げるイギリスにアメリカは獣のようにのしかかり、噛みつくように唇を奪い、引き裂くように服を脱がして……ハアハア」

 アメリカは手元のナプキンを投げ付けた。

「もう、やめてくれよフランス。そういう冗談を聞く気分じゃないんだ」

 余裕のなさそうなアメリカにフランスはいやらしい男の顔で笑い飛ばす。

「格好つけたってお前の本心なんて透け透けだぜ、アメリカ。惚れりゃヤリたくなるのが男の性だ。ましてや若いお前がヤリたがらねえわけがない。……じゃ、言ってみな。好きだって告白したのに、イギリスが勘違いして兄貴オーラ丸出しにした事が気に入らなかったお前はどうしたんだ?」
「どうも…」

 アメリカはブスッと不機嫌丸出しだ。

「どうもしないよ。頭にきたから、『俺に兄はいない。かつてはいたような気もするけど、気のせいだった。俺の兄弟はカナダだけだ』…って言ったら泣かれた」
「どうしょうもねえなあ、お前らは」

 フランスは宥めるようにアメリカのグラスにワインを足してやった。

「アメリカ。鈍チンなイギリスに苛つく気持ちも分かるが、イギリスがそういうヤツだと知って追い掛けてるんだろ。そこでキレてどうする。うまくやればイギリスも案外すんなりなびくかもしれないのに、双方で頭に血を上らせたらまとまるモンもまとまらねえぞ。だからお前はまだまだガキだっつんだよ。搦手を使えなんて言わないが、もうちっとうまくやれ。でないといつまでたってもイギリスと恋人になんてなれねえ。これはお兄さんからの忠告だ。そろそろ本腰入れてイギリスを口説け。でっかい疑心暗鬼飼ってるイギリスだが、大事な弟分に真剣に口説かれ続けりゃそのうち絆されるって、絶対に。あいつは寂しいヤツだから、愛情をくれる相手を無碍にはできない。お前が本気で口説いてくるなら、最初は拒んでも段々と心を開くさ。要は我慢くらべだ。イギリスが折れるかお前が諦めるかの。諦めなければイギリスは手に入る。うん、絶対に。だからそろそろ自分を偽るのを止めろ。でないとずっとこのままだぞ」
「そんなの分かってるさ」

 アメリカは悔し気に言い捨てた。

「分かってるなら即行動に移せ」

 ゴー、と犬にとってこいを命じる飼い主のようなフランスの仕種を、アメリカは睨み付ける。

「そうしたくても、イギリスが掴まらないんだからしょうがないだろ。いい加減にして欲しいよ」
「……アメリカ。お前、イギリスにまた何か言ったのか? 坊っちゃんが引き蘢るのは大抵心に打撃を受けた後だ。何もなかったらそんなに逃げまわらない。売られた喧嘩はきっちり買って倍返しがヤツのやり方だ。唯一の例外がお前だ。独立戦争ん時だって、イギリスが本気になればお前は負けてた。ありゃあイギリスが本気でアメリカを殺すつもりがなかったから、勝てたんだ。あの時のアメリカはまだまだ弱かったしな。グレートブリテンの敵じゃなかった。お前さんは自分の実力で勝ったつもりだろうが、そりゃあ違う。アイツは本気じゃなかった。ただそれだけだ」
「フランス、言っていい事と悪い事があるぞ。独立戦争を穢すような言葉は赦さない」

 フランスは鼻で笑った。

「何が赦さない、だ。イギリスがお前を撃てなかったのがその証拠だろ。撃ってりゃ国土に影響が出てアメリカ軍はガタガタになった筈だ。分かっていたのにヤツはそうしなかった。情に負けたんだ」

 アメリカは悔しそうに唇を噛む。分かっていた。あの時、イギリスは本気でアメリカを倒そうとはしていなかった。兄弟という情に縛られて本気で戦えずにいた。
 そこにアメリカはつけこんだ。それはアメリカの甘えだった。最後には赦してもらえるだろうという、家族としての甘えだ。
 フランスに見抜かれていたのだと知り、アメリカはいたたまれなくなる。
 アメリカの虚勢も背伸びもヨーロッパの古参連中にはお見通しだ。透けて見える稚拙を寛容に受け止められ、アメリカは逆にその鷹揚さが腹立たしくてたまらない。馬鹿にするのなら、侮るのなら正面からそういう顔を見せればいいのに、影で笑い者にするなど陰湿だ。






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