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「このワイン、美味しいね。チーズも」
「今年のワインの出来は最高だったからな。若くてもボディがしっかりしてる。お前もようやくワインの味が分かるような年になったんだなアメリカ」
「やだなあフランス。いつまでも子供扱いはやめてくれよ。もう200年以上も生きてるんだぞ俺は」
「まだ、200年だろ。俺達と比べちゃまだまだお前はヒヨッコさ」
「あははは。本気で絞めようかフランス。年寄り連中は何かと言っては揃って人を若造扱いするんだから困ったもんだよ。若さが羨ましいからって僻むのは分かるけど、そんな事言うと余計に惨めになるだけだぞ」
「言ってろ、若造が」

 フランスは、
なんで御馳走してやって感謝もされず当然のように食卓を荒す傍若無人なガキにここまで言われなきゃならねえんだと思いながら、ワインを足の細いグラスに継ぎ足した。
 フレッシュなモッツァレラチーズで和えたパプリカとレタスのサラダ、ひき肉たっぷりのラザーニャ、コンソメ入りの手作りマヨネーズで味付けしたアスパラガス、岩塩と黒胡椒をまぶしたマッシュポテト、完熟したトマトをくり抜きリゾットを詰めたライスボール。心尽くしのイタリアン。全部フランスのお手製だ。
 どれも間違いなく美味な品々が、味わう余裕もなくアメリカの腹を満たしていくのをフランスは複雑な目つきで眺めた。自分の料理を美味しそうに貪ってくれるのは料理人の喜びだが、マクドナルドを美味だという舌の持ち主に美味しいと褒められてもあまりうれしくはない。
 第一アメリカはフランスが招いた客人ではなかった。





「やあフランス。ちょっと散歩がてら寄ってみたぞ。お腹が減ったから夕飯を食べさせてくれよ。反対意見は認めないぞ」

 持ち前のずうずうしさでフランスの家に上がり込み、フランスが自分で食べようと思って用意した料理をアメリカは遠慮なく胃に詰め込んでいる。
 量を余計に作ってあったのは、余ったら食の哀れな隣人に持っていってやろうと思っていたからだ。
 フランスの文化に憧れていたくせに食べ物だけの味は頑に真似ようとしなかった島国は、今では立派に味オンチだ。
 クタクタになるまで煮てビタミンを全て壊した野菜や、炭の味しかしない肉料理を見るたびに、フランスはイギリスが可哀想でならない。
 ルール(法律、伝統)にやたらこだわるくせに、料理のルール(調理法)には無頓着なイギリスは絶対におかしい。
 おかしいのは破壊され修復不可能な味覚なのだからもう手後れだと分かっていても、時々美味しいものを食べさせたくなるのは、お節介な性質と持ち前の面倒見の良さからだ。
 兄体質を自然に身に付けたフランスは、こうして遠慮の欠片のない若者がきても歓待してしまうのだった。
 一人でする食事よりも誰かがいた方が美味しいに決っている。
 あらかたの皿が空になる頃、フランスはワインを傾つつアメリカを眺めた。 
 目の前にいるのが美女でなくても、気心しれた人間ならそれなりに楽しい。
 ……が、何か言いたい事があるのを隠してそわそわしているのを見るのにも飽きた。

「今度は何やったのお前」
「な、何がだい?」
「うちにきた理由だよ。アメリカ大陸から欧州まで散歩する馬鹿がどこにいる。壊滅的に言い訳がヘタクソなツンデレは隣だけで間に合ってる。言いたい事があるならさっさと言っちまえ。優しいお兄さんに聞いて欲しくてわざわざフランスまで来たんだろ」
「美味しい料理が食べたくて食の文化のフランスを散歩してただけだよ。隣の変な形の国ばかりに行ってると味覚が破壊されちゃうからね。あそこで美味しいのは朝食とお茶だけだ」
「うまいものなら日本の家で散々食ってきたんだろ。冷蔵庫が空っぽにされたって日本が嘆いてたぞ」
「あははは。日本の家のゴハンは美味しいけどちょっともの足らないんだよね。味がさっぱりしすぎてて、あれじゃあ老人向けだよ」
「日本は老人だからいいんだよ。お前の何倍生きてると思ってんだ」
「知らないよ、そんな事」

 アメリカはモグモグ口を動かしながら、ラザーニャの大皿を底まで奇麗にした。
 コーラのようにワインをガブ飲みされてフランスはがっかりする。
 今年採れた葡萄から作られたもので高いワインではないが、本来ならワインはもっと味わって飲むべきものだ。
 甲斐ねえなあと思いながら、フランスは諦めつつアメリカを見た。






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