1/9インテ/無料配布ペーパー

 愛 の 酸 化 (not讃歌)







    【02/おじいちゃんちで…



 強姦しといていけしゃあしゃあと。どの面下げて言ってんですか、この強姦魔。
 日本が珍しく憤った口調で言った。イギリスとの事は誰にも言ってないはずなのにどうして日本が知っているかといえば、たぶん盗聴器がしかけてあるからだろう。
 諜報活動が下手な日本らしからぬ狡猾さだが、その盗聴器が仕事ではなく日本のプライベートに使われていると知っているのは少数だ。
 だってまさか。イギリスやアメリカのプライベートを探っているのが、国交や政治のまな板に乗せる為ではなく、年に数回あるイベント(〆切りの数日前は日本はアメリカの知る日本ではなくなる壊れる)や、一日に数回あるつぶやきの為(米英ktktーーッ!)日本の口癖『萌ええええっ』の為だなんて、日本の上司が知ったら号泣だ。
「……で、その後イギリスさんとは気まずいままだと」
 日本の追求は容赦ない。
「手段は最悪だけど、その後ちゃんと口説いてプロポーズしたんだぞ」
 人を最悪の強姦魔のような目で見ないで欲しい。そりゃやった事はまんまソレだけど。いや、オレの場合はちゃんと『愛』という前提があるのだからその辺の犯罪者と一緒にして欲しくない。
「一方的な愛情は『ストーカー』というのですよ」
 日本は本当に容赦ない。イギリスの友人として意見しているから目が恐い。
「けれど、イギリスさんは信じずアメリカさんから逃げたまま、と」
「フランスにもカナダにも香港にもオーストラリアにもいなかった。日本に逃げていると思ったのに、ここにもいないのか」
「イギリスさんは本気になれば誰より狡猾に振る舞えますからね。本気で逃げると決めればアメリカさんには捕まえられませんよ」
「一生逃げてるなんて無理なんだぞ。仕事もあるし」
「仕事とわたくしを一緒にする気ですか。己の立場を弁えた方がいいですよ」
「君こそ自分の立場をわきまえなよ」
「……脅しですか?」
「……いや、そんなんじゃない、けど……」
 日本の目が本気で冷やかだったので、これはまずいと思った。優柔不断で言いなりの日本だが、キレるとかつてのカミカゼ特攻隊が甦る。自暴自棄。日本の中にはやばいスイッチがあって、うっかりそれを押すと無意識の銃が発射される。
 しどろもどろで言い訳するより、開き直るがベターだ。
「恋愛に第三者が絡むのは野暮だぞ。これはオレとイギリスの問題だ」
「ならこちらにその問題を持ち込まないで下さい。ここにはイギリスさんは来てらっしゃらないのですから」
 正論だ。勝手にやってきて勝手に愚痴零して日本に八つ当たりした挙句『君には関係ない』では、日本でなくても怒るだろう。
「……本当にイギリスが何処に行ったか知らないの?」
「知りません」
「心当たりは?」
「ありません」
「…………あと、何処を探したらいいだろう」
「知りません。優秀な情報局を抱えているのですから、そちらにお願いしたらいいじゃないですか」
「彼らを使うと、イギリスがオレから逃げている理由も知られる……」
 さすがに強姦して逃げられた相手を探してくれ、というのは痛すぎる。ましてや相手がイギリスだ。
 普段、どうでもいいって態度をとっているのに、その実本当は愛してました大好きでした辛抱たまらん…………で、我慢できず獣になって襲ったなど、自国民に言えるわけがない。知られたら双方いたたまれない微妙な空気になる事間違いなしだ。正義のヒーローを自称しながら、その実、初恋抱えたマザーファッカーのレイプ野郎だなんて、恥ずかしすぎて知られるわけにはいかない。
『アメリカ』は正義のヒーローでなくてはならないのだから。
「イギリスさんを強姦した時点でヒーローもなにもあったものじゃないでしょうに。とりつくろってどうするつもりですか。堕ちたかつてのヒーローさん」
「……人の心を読まないでくれよ」
「読んだのは空気です。全部空気に書いてあります」
「『読める空気』はアメリカには売ってないんだぞ」
「アメリカ人に見えないだけです」
「…イギリスに会いたいんだぞ。逃亡先を教えてくれないんなら『ナツコミシメキリ前』に、邪魔しに行くぞ」
 一瞬で空気が冷えた。笑顔を崩さず殺気だけを飛ばす日本はまるでニンジャだ。やっぱり本場ものは違う。
「アメリカさんは日本と国交断絶したいのですか?」
「したいのは、イギリス探索だ」
「誰が自分を強姦した卑怯者に会いたいものですか。反省の欠片もなく、イギリスさんに何を言うつもりです」
「オレの恋人になってくれ」
「いけしゃあしゃあと。犯罪者に迫られるのが嫌だからイギリスさんは逃げているんじゃないですか」
「犯罪者だけど、イギリスが誰より愛しているのはオレだぞ」
「ええ、『弟』のアメリカさんですね」
 痛烈なジャブに言い返せない。
 イギリスの最愛はオレなのに、恋人に一番遠いのがオレなのだ。だってイギリスにとってアメリカはいまだに
『弟』なのだから。独立して他人になっても、想い出は変えられない。昔オレがイギリスの腕の中で眠った事も背に負われて家に帰った事も、オネショの始末をしてもらった事も、全部セピア色のアルバムの中だ。心の中のアルバムだからこそ焼却できない。
 シモの世話された想い出は痛いが、今度はオレがイギリスのシモの世話をすればいい。オシッコ漏らしてもちゃんと洗ってあげるし笑ったりしない。泣きべそかくイギリスの涙を舐めて寛容を示してあげるのに。……というかオレはそんな事がしたいのだろうかしたいに決まってるオレは変態か。
「一番愛しているなら、恋人にしてくれてもいいのに…」
「甘えるんじゃありません。甘やかす度量もなく愛を説くのは間違いです。勢いだけの恋愛が許されるのは十代の若者だけです」
「一応、公式十九歳だけど」
「二百年以上生きた十九歳は十代じゃありません」
「……イギリスはどこへ行ったんだろう。逃げきれるわけないのに……」
 しょげるオレの頭を日本が叩く。
「痛いっ。何するんだよ」
「イギリスさんの方がもっと痛かったですよ。……ストーカー並ですが、アメリカさんの本気に免じて、一つ助言を」
「イギリスの居場所を知ってるのかい?」
「灯台元暗しという言葉を御存じですか? アメリカさんが絶対に探さない場所……アメリカさんの御自宅は探しましたか? あそこに潜めば誰にも見つかりませんよねえ。まさか当のアメリカさんの家にいるなんて誰も思いませんからね」
「……あ」
 間抜けな声だったが、すぐさまそうかと納得した。オレが一番探さない場所だ。まさかオレの自宅にいるなんて。さすがイギリスだ。
「分った、ありがとう! これから家に戻るよ!」
「イギリスさんにちゃんと謝罪するんですよ。無茶しないように」
「分ってる! これからイギリスと恋人になってくるよ!」



 朗らかに笑って台風のように立ち去ったアメリカを見送ってしばらくして、日本はお茶を入れ直した。
 ふう、と息を吐き、ふすまの向こうに声をかける。
「出てきても大丈夫ですよ。お茶を入れましたのでティータイムにいたしましょう」
「……日本」
 するするとふすまが明き、困惑焦心のイギリスが出てくる。
「アメリカさんは撒きました。……あとどうするかはイギリスさん次第です」
「どうしよう、日本」
「知りません。アメリカさんの本気は分ったのでしょう? どうするか決めるのはイギリスさんです」
「アメリカは……本気なんだな」
「ええ、本気です。イギリスさんも覚悟を決めて下さい」
「どうしたらいいと思う?」
 アメリカとそっくり同じ事を聞くイギリスに、日本は言った。
「毒食らわば皿までです」
「どういう意味だ?」
「知ってますか? 敵から逃げるより味方に取り込んでしまった方が害が少ないって事を」
「……アメリカと付き合えっていうのか? 無理だ!」
「アメリカさんを誰より愛しているのだから、些末な事には目をつぶればいいんです」
「男同士だぞ」
「些末な事です」
「元、弟だ」
「些末な事です」
「……強姦、された」
「股間を蹴っとばして反省させなさい」
「…………オレとアメリカをくっつけたいのか?」
「まさか。……逃げられないのだから、逃げない選択を自ら選べと言ってるんです」
「……アメリカと恋人なんて……絶対無理だ」
「諦めたらそれで試合終了ですよ」
「男にペニス突っ込まれるなんて最悪だ。痛いし苦しいし気持ちが悪い」
 思い出したのか、イギリスが顔を歪め青ざめる。
「BL雑誌、山ほどアメリカさんに贈っておきます。アナルセックスハウツー本も。慣れればきっと快感ですよ。マグロになってアメリカさんに奉仕されなさい」
「……日本、なんかキレてないか?」
「……明日が〆切りなんです」
 日本の張り付いたような笑顔に、イギリスは真っ青になって「あわわ、ゴメン」と謝罪した。
「いいんです。次はBLに挑戦するつもりですから。米英本、期待してて下さいね」
「あの、それは……」
「期待、してて下さいね」
 日本の笑顔が心底恐ろしいイギリスだった。