第三章
アルフォンスが寝入ったのを確認したエドワードはそっと起き上がり、ニーナの元へ行った。
『未来の』ニーナと同じ年になった。エドワードを無邪気に慕うニーナは『あちら側』のニーナと何も変わらない。
この子がキメラにならなくて良かったと、エドワードはニーナの柔らかい髪を撫でた。
すーすーと寝息を立てるニーナの額にそっとキスをして、エドワードは音を立てないように部屋を出た。
母ももう眠ったようで家の中はシンとして音がない。
エドワードは父親の研究室に入ると、鍵を閉めた。
さきほどの騒ぎで鎧はそのままになっていた。
バラバラになった鎧を集める。
錆び始めた装甲を見て、あとで磨かなければと思った。
アルフォンスに見つかるとまたうるさくなるだろう。
アルフォンスに指摘され、エドワードは自分がそこまでこの鎧を大切にしていたのだと気付かされた。
滅多に帰らない兄を独占する鎧に嫉妬するのは当然だ。アルフォンスの気持ちを考えてやらなかったエドワードが浅慮だった。
本当に、いっそこの鎧を処分してしまえばいいのだ。
これはアルフォンスではない。自分の弟ではない。この鎧に執着するのはただの感傷だ。癒えない傷口を怖いもの見たさで覗くようなものだ。
判っていても、エドワードにとってこの鎧は至上だった。
「アルフォンス……」
弟であり、ただ一人の恋人だった。
鎧になった弟に告白されて驚いたが、むしろ自分の気持ちがどこにあるか自覚させられて驚いたのだ。
左足を無くした絶望感の中でも諦めるという選択がなかったのはなぜか。命を捨てても取り戻したいと願ったのはなぜか。つきつめれば答えは出てきた。
平常なら自分の気持ちを全否定しただろう。
だがその時エドワード達に残っていたのはお互いだけだった。片方に肉体がない事も禁忌を踏み越えるハードルを低くした要因だった。
アルフォンスが伸ばす手を掴んだエドワードは、愛される事に歓喜した。幼い体は欲望を理解していなかったが、与えられる接触に幸福を見い出した。
やがて成長期を迎えおずおずと欲が開花すると、エドワードは望んでアルフォンスを受け入れるようになった。
異常な事だと理解しても、正常な関係に戻る気はなかった。弟の気持ちを独占できている現実の方が幸せだった。
エドワードは鎧の頭部を抱き、口付けながら自らの下半身を探った。
鉄の塊は氷のように冷たかったが、エドワードには馴染んだものだ。温度のない固い感覚が欲望に直結した。
ズボンと下着を下ろし、性器を剥き出しにし、アルフォンスの手で擦った。感触は心地良いとはいえないが、記憶を辿りどんな風に触られていたか回想しながらすると、ペニスに熱が集まった。
エドワードだって年頃だから夢精や自慰だってする。心と体のバランスがとれなくて女とした事だってある。
だがどれもこの感覚には叶わない。
アルフォンスとしているという自覚だけがエドワードを燃えたたせた。後で空しくなるだけだと判っていても、はしたなく足を開きアルフォンスの感触を思い出す事より大きな快感はなかった。
熱くなった性器を鎧に擦り付けながら「アル、アル……」と弟の名を呼ぶエドワードは自らの尻にそっと指を這わせた。
固い入口に、溢れた精液を潤滑剤にして指を潜り込ませる。
痛みよりも違和感が強くて気持ち悪かったが、アルフォンスがしたがっていた事を思い出し、指を奥まで入れた。
快感より違和感が大きいので、エドワードはアルフォンスがアヌスを弄るのが好きではなかった。
鋼鉄の指は太く固く、エドワードの内臓に入れるには適さなかった。
無理矢理入れれば傷付いたし、そんなとこは使うところじゃないとエドワードはいい顔をしなかった。
兄が不快感を訴えるのでアルフォンスは自制していたが、こんな結果になるなら何でもやらせてやれば良かったとエドワードは後悔していた。気持ちが良くないという理由で弟の手を拒んだ事を悔やんだ。
望み少ない弟がしたいと言ったのだから、叶えてやれば良かったと思っても後の祭りだ。
唾液で鉄の指を濡らし、ツプッとアヌスに入れる。
引き攣れた皮膚が痛かったが、心の方が痛んだので耐えられた。
こんな事をするなんてバカだと思うが、それでも衝動のように鎧に縋り腰を動かした。
ハッハッと犬のように荒い息を吐き、クチャクチャと水音をさせながら動くと腹から足元まで熱が拡がる。
頭の中でアルフォンスの幼い声をリフレインし、ソレ以外を考えずに絶頂まで駆け登る。
『ほら、兄さん、気持ちがいいんだろ?』
言葉攻めのつもりはなかっただろうが、感覚がないアルフォンスは視覚と音でエドワードを感じようとした。
『兄さんのペニス、気持ちがいいって涎たらしてる。はしたないね』
アルフォンスが悦んでいるのが判ったからエドワードは羞恥を捨て大胆になれた。恥じらう気持ち以上に、アルフォンスの歓喜の声を聞きたかった。
『兄さん、もっと足を開いて。全部見せて。……そう、お尻の孔まで全部。……はは、ヒクヒクしてスゴイや』
子供の好奇心のようにアルフォンスの欲には遠慮がなかった。エドワードを喘がせ声を出させ、あられもない格好をねだった。
自分もアルフォンスもおかしい。だが止めたくないとエドワードは淫らな様を晒した。
これはおかしな事だと言い、正気に戻りたくはなかった。
自分だけがアルフォンスを好きで欲望を昂らせるなんて冗談ではなかった。一緒に堕ちる弟に執心していた。
「んん………っ……あっ……」
鈴口を鎧に擦った刺激で達したエドワードは、ハアハアと息を吐いて手についた白い液体を眺めた。
精液は生温く気持ちが悪かった。
イッてしまうと途端に正気に返る。後ろめたい気持ちで精液をティッシュで拭い、下着とズボンを整えた。
外側から拓かれた尻は違和感を覚えているし、快感の欠片も身体に残っていなかった。
解体された鎧を元に戻しながら装甲の内側を見た。
ここに血印を書いたのだと、指で内側をなぞる。
「……血?」
鎧の内側に赤いシミを見つける。
さっきアルフォンスが溢した血が拭き取りきれていなかったらしい。外側の血は拭いたが、中は見落とした。
いま拭き取ろうにも乾いていて、濡らした布でなければ綺麗にとれない。後でいいやと思った。
そうしたのは単なる気紛れだった。
鎧に何をしても変わらないと判っていた。
だがエドワードは冷静ではなかったのだろう。
さきほどアルフォンスが刺した鎧の肩の槍の切っ先のような飾りに掌を当てた。アルフォンスが刺したように思い切って鉄の先を刺す。
痛みがあって、血が溢れてきた。
それをアルフォンスの乾いた血の上に垂らす。ポタポタとエドワードの血がアルフォンスの血に被ると、指で触って血を混ぜる。
指についた血で、悪戯のように血印を同じ位置に書いた。
単純な円と線。そんなものがアルフォンスの命を繋いでいた。
よく三年も血印が薄れなかったものだと思う。
そんな頼りないもので弟の命は繋がっていたのだ。
「はは……。なんかスゲエ………」
夢中で書いた錬成陣。印を媒介にして魂を定着させた。あの時鎧がなければ自分は何に印を書いただろうとエドワードは過去を思い返したが、その時自分が何を考えたかよく思い出せなかった。
覚えているのは絶望感ばかりで記憶は薄暗い穴蔵を覗いているようだった。
「アルフォンス……ゴメン…………」
血印の隣に唇を落とし、溢れるように謝った。
「愛してる……」
『ボクもだよ、兄さん』
「どうしても諦められないんだ。……どうしてこんなに好きなんだろう」
『ボクも同じ気持ちだ』
「こちら側の母さんとアルの事を考えるなら、記憶に蓋をしなきゃならないのにな……。でもできない」
『兄さん……』
「アルッ…………アルフォンス。……さみしい、さみしい、さみしい」
「兄さん、泣かないで」
「会いたいよ、オマエにもう一度。会いたいんだ」
「兄さん、ボクはここにいる。兄さんといつでも一緒だよ」
「……?」
記憶の中のアルフォンスと会話していたエドワードはアルフォンスの声が外側から聞こえた気がして、顔をあげた。
「……ア…ル…?」
「兄さん、泣かないで……」
「へ?」
空耳かと思っていた声が鎧から聞こえて、エドワードは呆然と「うそ……」と呟いた。望みすぎて、自分が幻聴を聞いたのだと思った。
「兄さん……」
ガチャッ、と鎧が動くのを目にしたエドワードはよろめき、尻餅をついた。
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