モラトリアム
第参幕


第三章

#19
◇エドワードと家族◇



 家に帰ったエドワードは大歓迎とスパナを受けた。
「エドワード、おかえりなさい」
「兄さん、おかえりっ!」
「エドおにいちゃん、おかえりなさーい」
「エドっ! どこほっつき歩いてるのよ! 帰ってくるなら電話の一本も入れなさいっていつも言ってるでしょ! この放蕩息子」
「んぎゃっ! スパナを投げるな、凶暴女! オレを殺す気か!」
「そのくらいで死ぬアンタじゃないでしょ。……おみやげは?」
「それが半年ぶりに会う幼馴染みへの言う事か!」
「ふふふ、二人とも相変わらず仲良いのね」
「母さん、どこ見てそう言ってんの?」
「おばさま、エドは照れやなんです」
「え、兄さん、ウィンリィの事が好きだったの?」
「なんでンな結論に結びつくんだ。三段論法を一段抜かしして二段になってるぞ」
「エドおにいちゃん、だっこー」
「あー、ニーナ。……会う度に大きくなるな。……アレキサンダーも相変わらずでかいな。……わ、判ったから飛びつくな! 潰れるって」
「兄さんはニーナには甘い……」
「アルにだって甘いだろ」
「ボクはまだ抱き締められてない」
「判ったから。拗ねるなよ」
「ほら、ニーナ。また後でだっこしてやるからアルと代われ」
「はーい。あとでいっぱいあそんでね、エドおにいちゃん」
「わーい、兄さん」
「…………ちょっと待てアル。オマエまだでかくなってないか? 背がっ……」
「うん、成長期だしね。これくらい普通じゃない? ……兄さんは相変わらずコンパクトで可愛いね。腕にすっぽり」
「うがーーっ! 誰がミニマムサイズかぁっ! 兄に向って可愛いとは何事だーっ。オレは手乗り文鳥か」
「そんな事言ってないってば。っていうか、そこまで背が伸びないのは一人暮しで食生活が偏ってるからじゃないの?」
「そうなの、エド? 家政婦さんがついてるから大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱり一人暮らしなんて無理なのよ。家に戻ってきなさい。ママ心配だわ」
「母さん。……大丈夫だよ。メシはちゃんと食ってるから。運動だってしてるし、頑丈だから風邪なんて一度もひいた事ないぜ」
「そうなの?」
「以前にも増して健康優良児だぜ。見てよ、この健康的な艶肌」
「エドったら」
 半年ぶりに帰ってきたエドワードを囲んで、エルリック家とロックベル家の人間は盛り上がった。
 仕事が忙しいと言ってなかなか家に戻らないエドワードが、突然リゼンブールに帰ってきたのだ。皆はそれぞれ温かく迎えた。

「お仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「しばらくこっちにいられるんでしょ?」
「うんまあ」
「ゆっくりしていって。エドが家にいないと皆寂しいのよ。もちろん母さんもね」
「母さん……」
「今日はエドワードの好きなシチューにしてあげるからね」
「やった。母さんのシチューか。久しぶりだ」
「荷物をおいてらっしゃい。晩ゴハンまでアルとニーナと遊んでていいわよ」
「うん……」
「なに、エドワード?」
「ありがとう、ニーナの事」
「バカね、何を言ってるの。ニーナはもう、うちの家族よ。エドは何も気にしなくていいの」
「……うん」
 嘘か本当か判らないが、母親の変わらない笑顔にエドワードはホッとした。
 見ず知らずの赤子を母に押し付けてろくに家に帰らない罪悪感が常に胸にあり、帰ってくると後ろめたさは更に濃くなる。
「エドおにいちゃん、あそぼう」
「兄さん、外に行こうよ」
 アルフォンスとニーナに引張られていくエドワードをトリシャの優しい瞳が追う。
 滅多に帰ってこない長男はどこか遠慮がちに母を見た。それを寂しく思わないわけがない。それでも家族への愛は昔と変わらずそこにあり、トリシャはあるべき姿にホッとしていた。
「エドは元気そうだね」
「ええ。ピナコさん」
 キセルを口にトリシャと並んだピナコは隣家の家族関係を心配していた。
 プカリと煙を吐き出しながらトリシャに話し掛ける。
「男の子は判らないねえ。エドは母親が大好きなのに、いつからあんなに素っ気なくなっちまったのかね。やっぱり大人に囲まれて暮らしてるからかね。きっと背伸びばっかしてんだろうね。まだガキなのに…」
「あの子は……不器用なだけですわ。中身は変わらない……まっすぐな良い子です。だからこそ、都会で一人暮らしなんて心配です。帰ってくればいいのに」
「大丈夫だろ。エドは強い。……しかし、エドは嫌っている父親と同じ事をしてるって判ってるのかねえ」
「エドワードはあの人によく似てます。思い込みが激しく、自分の道を行くところなんかそっくり」
「それエドには言わない方がいいよ。あの子はホーエンハイムを嫌ってるから。気持ちも判るけどね。アイツは父親失格だ。妻子を放っておいて何やってるんだか」
「あの人もまた不器用なだけです。必要な事をやりつくしたら私の元に帰ってきます」
 寂しく微笑むトリシャに、ピナコは苦い顔だ。
「あんたはよくても、大人の不器用さを子供が許してあげなくちゃいけない理由はないよ。エドの態度は当然だ。アルは父親を恨んでないようだけど」
「アルフォンスは父親よりもお兄ちゃんの不在の方が堪えてるみたい。イーストシティに行きたくて仕方が無いのよ、あの子。遠慮しないでもいいのに」
「エドに続いてアルまでこの家を出て行こうっていうのかい? それじゃあトリシャが一人になっちまうじゃないか」
「ええ。私がいるからにアルはリゼンブールから出ていけないの。アルはエドが大好きなのに」
「あの二人は仲の良い兄弟だからね」
「本当に。……エドもアルも良い子です。……何の問題もない筈なのに、どうしてエドワードは家に帰ってこないのかしら?」
 それは家族友人全ての人間が知りたい事だった。