モラトリアム
第参幕


第一章

#12



「なあ、大佐。罪人の罪を誰も知らなかったら、そいつは罪人なのか?」
「何の問いだ、それは。誰の事だ?」
「オレ」
「君は何か悪い事をしたのか?」
「した」
「あっさり告白しているが、何をした?」
「色々。沢山罪を犯した」
「それでは判らん。そんなに沢山何をしたんだ? もしかして自首しているのか?」
「自首しても…オレを裁く法がない。だから懺悔かな」
「法がない? 何を懺悔したいんだ? 親不孝をしてますとでも言うつもりか?」
「まあ、それに近いかな。母さんとアルフォンスにとり返しのつかない事をしてしまった。だから故郷に帰りづらい」
「君の家族? 二人とも平和で健やかに過ごしているようだが。喧嘩でもしたのか?」
「二人とも知らないんだ。オレがした事を。だからオレの罪を誰も知らないし、責めない。それが辛い」
「君お得意の謎掛けは沢山だ。具体性のない話は聞きたくない」
「そうだな。……アンタには悪いと思ってる。大佐は弱気のオレをぶちのめすのが得意だから、つい頼っちまうんだ。ムカついたら遠慮なく叱ってくれ」
「人をDVのように言うな。私がいつ君をぶちのめしたんだ。そしていつ君が私を頼りにした?」
「……オレの頭の中?」
「疑問系で言う所がまた腹が立つな。君の妄想話には付き合っていられん」
「はは…………妄想か………………」
 静かな呟きだった。だがそれが激昂の声に聞こえたのは何故だろう。
 ロイはエドワードの表情から何か判るかと思ったが、エドワードの張り付いた表情からは何も読めなかった。
 ロイは年長者らしく言った。
「君はもっと目を外に向けた方がいい。友達でも恋人でもいい。誰か側にいて話を聞いてくれる人間を見つけなさい。家族を側に置かないのなら、心を許せる第三者を作りなさい。軍の人間以外で。甘ったるい事を言うと思うかもしれないが、友情や恋愛は決して無駄にはならない」
 ロイは正しい忠告をしたつもりだったが、エドワードが傷ついた顔をしたので何か間違えたのかと思った。
「鋼の?」
「恋はした」
 ポツリとエドワードが言った。
 咄嗟にロイはエドワードが何を言ったか判らなかった。
 コイハシタって…………故意、濃い、請い、鯉………………恋?
 まの抜けたロイの顔をエドワードは冷静に見ている。
「それはまあ、君の年なら当然か。………おめでとう。どこのお嬢さんだ? 君もとうとう思春期か。そういう相談になら無料で乗るぞ」
 ロイが身を乗り出す。
「お嬢さんじゃない。お坊っちゃんだ」
「は?」
「名前はアルフォンス」
「……弟と同じ名前だな。女性にしては凛々しい名前だが」
「だから女じゃねえって。男だ」
「…………おとこ? ………………ええと、もしかして君にはそういう趣味が?」
「どういう趣味だ」
「だから、女性を恋愛対象にできない人種」
 ロイが僅かに身体を引く。何かイヤな思い出でもあるのかもしれない。
 エドワードはハッと笑った。
「ある訳ねーだろ。野郎にセクハラされたら手加減なくブチのめす。つーかゲロゲロ。ホモは牛乳と同じくらい嫌いだ。キレーな男よりブスの方がマシ」
 エドワードの返答にロイは安堵する。
「じゃあそのアルフォンス君はどうなんだ? その子だけは別という事か? ……一体どんな子なんだい? それとも口からのでまかせか?」
 ロイは一転して興味深々という顔になる。
 エドワードはロイ以外の人間に声が届いていない事を確認して言った。
「年齢は一つ下。性格は温和で誠実真面目勤勉。顔と外面はいい。腹黒い所もあるけれど人としては上等の部類に入ると思う」
「君にしてはいい相手のようだな……」
「体は身の丈二メートル以上の鋼鉄マッチョ」
「どういう過剰成長の子供だ、それは! 十四歳で二メートル?」
 ロイはギョッとなる。
「はは……人にはそれぞれ個性があるんだよ。成長も個人差さ」
「個性……ものは言い様だな」と呆れ声のロイ。
「何処で知り合った? イーストシティにいるのか?」
「いや」
「じゃあセントラルか。それともリゼンブールの幼馴染みとか」
「……どっちかって言えば東方面かな」
 ロイはううむ、と口の中で唸る。
「同性愛とは……。まあ思春期にはそういう思い込みとか間違いに陥りやすいと言うが。……それを相談したいのか? それとも愚痴でも零したいか? 異性とは経験あるが同性とはないから役に立てるとは思えないが。言うだけ言ってみろ」
「野郎の愚痴なんて聞きたくないんじゃないのか?」
「君は別だ。秘密主義の君の口から初めて聞いた恋愛話だ。ぜひ聞かせたまえ」
「大佐に言うような事なんかねえよ」
「だって君は恋してるのだろう?」
「うん」
 ロイは分かったような顔で言う。
「相手が男では片想いは仕方がない事だ。両想いになるのは諦めた方が無難だと思うが、君はどうしたいんだ?」
「どうもしない。ただ、そういう訳だからオレに恋愛を勧めないでくれ。無駄だから。オレはそいつ以外は考えられない」
「女の子を好きになったりはしないのか? 君は同性愛者じゃないんだろ?」
「勿論だ。アイツ以外の男はありえない」
 これはますますホンモノ臭いとロイは生暖かい目になる。
 色気もそっけもなかった真面目なエドワードの恋話に興味はあるが、相手が同性と聞くと好奇心もやや萎える。相手が自分じゃなくて良かったと思うロイだった。
 一応先輩として忠告する。
「思春期の恋は熱しやすく冷めやすい。今熱に浮かされていても大人になれば自然に落着くかもしれない。そいつだけと決めてしまうのはまだ早い。君はまだ若い。幼いといってもいい。君の恋を否定するわけではないが、選択肢を狭めるな。もっと自分自身の世界を広げなさい。今の気持ちが大人になってまで続くとは限らない。沢山の人と深く関わり合って、最後に心に残る相手が自分の選んだ人間だ。一人の人間を限定する前に、もっと人と関わりなさい。結論を出すのはそれからだ。君は自分で思っている以上に子供なんだ。年長者の忠告はありがたく聞きなさい」
「……九年だ」
「何が?」
「恋を自覚してから。アイツが好きだと自覚して九年が経った。……未だ忘れられない。ガキの思い込みかもしれないが、この気持ちは嘘じゃない」
「長いな。九年というと………まだ六歳じゃないか!」
「年齢は関係ない」
「ちょっと待て。そんなに長い付き合いなのか?」
「うん」
 エドワードの言葉に嘘がないようなのでロイはううぅと呻いた。
「幼馴染みという事か?」
「違う」
「しかしリゼンブールの人間なのだろ」
「ノーコメント」
「冗談じゃなく?」
「疑うんならこれ以上何も言わない」
「あ、いや。……すまない」
「まあ、普通驚くよな」
「驚いた、色々な意味で」
 ロイは呆然と呟く。
「……同性というのも驚いたが、そんなに長く一人の人間に恋していられるというのも凄い。子供の恋は純粋な分融通がきかないからな。そういえば君は意志が硬い。浮ついてない分、一途だな。……君も外の世界に出て色々な人間と会っているのに、その相手がまだそんなに好きか」
「これ以上ないくらい」