機械鎧を見たアルフォンスの顔が強ばる。
貴族の世界じゃあまり見ないんだろうな。女がつけてるのも珍しいし。
「機械鎧……」
「ロックベル製機械鎧だ。精巧だぞ。ついでに言うと左足もそうだ」
「なんで……」
「ちょっと事故にあって……。手足がもげちゃった」
明るく言ったのにアルフォンスの顔は強ばったままだ。
「事故って……そんなに酷い?」
「うん。あんまり言いたくないけど、事故に巻き込まれてね」
「いつ?」
「六年前に……」
アルフォンスが「あ……」と口元を押さえた。
気がついたか。
オレが手足を無くした時から家族は本当の意味でバラバラになった。エドワード・エルリックとトリシャ・エルリックは戸籍上からいなくなった。
「もしかしてウィンリィも………母様と姉様を巻き込んだ土砂崩れで?」
「うん。嵐の日にケガをして………手足に菌が入って………切断しなきゃ助からないって言われた。……………それでばっちゃんが機械鎧を作ってくれた」
「そんな……」
「オレは手足だけで済んだけど、エドとおばさんは…」
「うん……」
アルフォンスにとっては堪え難いだろう。母と姉が死んだ時の事を聞くのは。
だが今まで誰にも聞く事ができなかったのだ。聞かずにはいられまい。
「ウィンリィは……母さんと姉さんのし……最後の姿を見たの?」
死体と言いたかったのか死んだ姿と言いたかったのか、どちらだろう。
五年前、トリシャとエドワードは死亡した。……という事になっている。命を狙う者達の目を欺く為だ。
その事実をアルフォンスは知らない。
それにアルフォンスはオヤジ達が挙げた偽の葬式にも来られなかった。
アルフォンスは十歳の頃からオヤジに騙され続け、母と姉が死んだものと思っている。
本当の事を知らせる前にオヤジは死んでしまい、未だアルは姉の生存を知らない。
敵を騙すには身内からというが、アルまで騙さなくてもよかったのに。
可哀想に、アルは自分が天涯孤独だと思っている。
言ってやりたい。オレがオマエのたった一人の家族なんだと。
でもまだ言う事はできないのだ。
「アルは……二人の葬儀にも来られなかったんだよな」
「うん」
ずっと母と姉の事を誰かに聞きたかったのだろう。
誰もアルフォンスに家族の事を教えなかったから。
オヤジは嘘をついている手前、アルとの会話を拒んでいたみたいだし。
クソッタレオヤジめ。アンタしかいないのに優しくしてやんなくてどうするんだよ、まったく。テメエがそんなんだから母さんもアルも不幸になるんだっつーの。
「オレもその時は大怪我をしていたから記憶は定かじゃないんだ。怪我をして入院してたから葬儀には参加できなかったし……ゴメン、あんまり教えてあげられなくて」
「いいんだ。ウィンリィも大変だったんだね」
アルフォンスがオレの右手を見て言った。
「……ウィンリィの目から見て、母さんと姉さんは幸せそうだった? それとも苦労してた?」
どう言えばいいだろう。オレの目に写る母は決して幸福ではなかった。明るく振る舞っている笑顔の下には涙があった。けどそんな事言えない。
「二人とも……寂しそうだったな。トリシャおばさんはエドの手前泣く事もできなかったし。エドも……寂しいのに寂しいと言えなかった。エドはよく母さんが可哀想だってこぼしてた」
「二人とも……苦労してたんだ」
「やっぱり家族がバラバラっていうのは辛いと思う。……でもどんな辛い事があってもエドは泣かなかった。必死に母親を守ろうとしてた」
「そうなんだ。姉さんらしい」
苦く笑うアルフォンスが痛々しい。
アルフォンスの中ではまだ家族の死は消化されていないのだろう。死体も墓も見ていないのに、母と姉の死を受入れろって言われても納得はできまい。
「ウィンリィはどうしてメイドをしてるの? 機械鎧技師になるんじゃなかったの?」
その話題を蒸し返すなよ。もう。
「機械鎧技師にはなるよ。……でもばっちゃんが社会勉強を兼ねて村の外を見てこいって」
「ばっちゃんがそんな事を?」
「ばっちゃんとアンタの父親の生前からの約束で、オレがこの家に来る事は決っていたみたい」
「父さんが? そんな話、聞いた事ないよ」
そりゃそうだ。でまかせだもん。
嘘言うけど許せよ。
「オレも知らなかったけどそういう事みたい。おじさんもアルの事が心配だったんだよ。アルがこの家で窒息しかけてるって心配してた。だからオレに話相手としてこの家に来て欲しかったみたい。オマエの側にいるのは構わないけれど、何もせずにこの家に世話になるのは嫌だから、メイドとして働く事にした。働くのには馴れてるからメイドだって下働きだってなんだってやるよ」
それにね、とニヤリと笑う。
「何で今更なのかっていうと、アンタが結婚できる年になったらっていうおじさんの要望だったんだって」
「え? ……まさか?」
あ。何想像したんだ、このスケベ。
「アハハ。何考えたんだよ。別に変な意味じゃないぜ。アルが変な女に引っ掛からないようにって、エドワードの代わりに面倒見てやってくれって。オレはアルの姉代わりで呼ばれたんだよ」
「父さんがそんな事を? じゃあ本当にウィンリィはボクの話相手でここに来たって事?」
「そうとも言うし、そうじゃないとも言う。アンタの話し相手って言うのは本当だけど、メイドとして来た以上はちゃんと働くよ」
胸を張って言うとアルフォンスが口籠る。
「ウィンリィって……いつもそんな言葉遣いしてるの? まるで……」
「男の子みたいだって? 自分でも乱暴な口調だって判ってるから、仕事中はちゃんとするさ。今はアルの前だから地が出てるけど。気になるなら女らしい言葉に直すけど?」
「ううん、いいんだ。自然のままのウィンリィが一番だよ。確かに他に聞かれたら礼儀がどうのってうるさいから、第三者のいる時には気を付けて欲しいけど、ボクと二人きりの時はありのままの君でいてよ。その方が嬉しい」
うわっ。素直すぎるヤツって目に眩しいぞ。
「アルったら、そんな言い方されたら口説かれてるみたいだぞ。オマエって天然タラシ? 言ったのがオレだったからいいけど、純情なお嬢さん達が聞いたらまんま口説かれてるのかと勘違いしちゃいそうだ。優しいのはいい事だけど、勘違いさせないように気をつけろよ」
アルの肩をバンバン叩く。
ホントにそうだ。ナチュラルに天然入ってるぞ。そこが可愛いんだが、女の子相手だと厄介だな。
「……マリアさんにも言われてるよ」
「ウィンリィちゃん。そのような言葉遣いも態度も二人きりの時だけにして下さいね。くれぐれも慎重に行動して下さい」
側で見ていたマリアさんがオレ達のやりとりを見て呆れて言った。やりすぎだと目で言っている。
「判ってるって、ロスさん。ばっちり任せとけって」
「ウィンリィは表向きは雑用メイドなの?」
「いいえ、アルフォンス様。ウィンリィちゃんにはアルフォンス様付きの侍女になってもらい、身の回りの世話をお願いします。近くにいた方がアルフォンス様も御安心でしょうし」
「そうなんだ」
照れたようにアルフォンスがはにかんだ。
「けれど」とマリアさんは恐い顔になった。
「表向きは単なる侍女ですので特別扱いは控えて下さいね。他のメイドの手前もあります」
「判ってます」
アルがオレを見ながら返事をした。
第一印象は好感触みたいだ。アルの目にオレへの好意が見える。
「これからよろしくな、アル」
左手を伸ばすとアルフォンスもおっかなびっくり握ってきた。さっき抱きついたくせに変な所で純情だな。
「う、うん。よろしくね」
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