--------二年後。
さあ、いよいよ御対面だ。
エプロンもノリづけして皺一つなく。笑顔はごく自然に明るく。歯だって三回も磨いたぜ。
第一印象が大事だ。
鏡の前で何百回もお辞儀の練習をしたのは、今日のこの一瞬の為。
入ってきた我が主人に向かって背筋を伸ばし挨拶する。
「ウィンリィ・ロックベルと申します。こちらのお屋敷で働かせていただく事になりました。よろしくお願いします」
セリフは簡潔に。お辞儀は四十五度。
顔をあげて彼の人を間近で見た。
ガラにもなく緊張していた。
…………ああ。これがオレの弟なのか。
やっぱり母さんによく似ている。優しそうな目許。
戸惑うような視線。信じられないといったような表情。
アルフォンスは身内の贔屓目を差し引いても格好良かった。年下なのに見上げる身長差が離れていた年月を感じる。
見ただけで胸が詰まる。やっと会えた。
でもアルフォンスはオレが姉だとは知らない。
抱き締めたい、キスしたい。家族だと名乗りたい。
オレの可愛い弟。
「エド…おねえちゃん? ………でも………ええ? …………ウィンリィ…………なの?」
初めて聞くアルフォンスの声にドキッとした。
アルフォンスの口からオレの名前が出るなんて。
アルフォンスが混乱している。
アルフォンスは三歳でリゼンブールを出ていったから姉の顔もウィンリィの顔も覚えてないと思っていたのに、ちゃんと記憶は残っているのか。
流石オレの弟。記憶力は抜群のようだ。
嬉しい。アルはオレの事をちゃんと覚えていたのか。
……でもヤバイな。これじゃあ折角の偽装が見破られてしまう。
戸惑うアルフォンスにメイド頭のマリア・ロスさんが慌ててフォローに入る。
「覚えてらっしゃいますか? ウィンリィちゃんはリゼンブールの出身なんです。アルフォンス様とは御幼少のみぎりにお会いなさっている筈です」
「やっぱりウィンリィなの? うわあ、久しぶり、ウィンリィ!」
アルフォンスが突然抱きついてきた。
うわっ! ビックリするだろ。こういうあどけなさは三歳の時のままだ。
アルフォンスの身体は少年期の細さを残しているが、オレよりずっと逞しかった。不覚にもときめいてしまった。母さん似の笑顔にノックアウトされる。
マリアさんが慌ててオレからアルをひっぺがす。
「アルフォンス様。懐かしいお気持ちは判りますが、軽率な振るまいはお控え下さい。ウィンリィはアルフォンス様の幼馴染みですが、今日より当家で働く事になりましたメイドでございます。そのつもりで接して下さい」
「え? ……メイド?」
アルフォンスがポカンとオレを見た。
訳が判らないといった顔だ。
間抜けな顔も可愛いなあ。
そりゃ驚くよな。十二年間会ってなかった幼馴染みが突然自分の家のメイドとして現れたら。
「何でメイド服着てるの?」
「だから申し上げたはずです。ウィンリィ・ロックベルはホーエンハイム公爵家にメイドとして雇われました」
「ええーっ、何で?」
アルの問いをマリアさんは笑顔でスルー。
この人も大変だ。大事な主人に嘘つかなきゃならないんだから。
「ウィンリィ……そうなの?」
恐る恐る話し掛ける弟が可愛い。
ああクソッ! ガブッと喰っちまいたいぜ。
「アル……久しぶり、私の事、覚えてる?」
ウィンリィの話し方を真似て、女らしい言葉使いでアルフォンスに微笑みかける。
「う、うん。顔はあんまり覚えてなかったけど、会った瞬間すごく懐かしい感じがした。……ウィンリィだ」
違う。オレはお前の姉だ。……そう言えたらどんなにいいだろう。だけどオレの存在を知らせるわけにはいかない。だから嘘をつく。
「私も。……アルってか…トリシャおばさんによく似てるからすぐに判った」
「え、ボクって母さんに似てるの?」
「うん。アルってとてもトリシャおばさんに似てる。目許とか、髪の色とか。……ホーエンハイムのおじさんに似てなくて良かったわね」
「お父様に似てない方がいいの?」
お父様だって。あのクソオヤジが『お父様』ねえ。
オレがもしこの家で育ってたら、オヤジをそんな風に呼んだのだろうか。……ゲー。
なんて心情は欠片も見せず、アルフォンスに笑顔を振りまく。
「ええ、私アルのお母さんが大好きだったから。アルがおばさんに似ていてとっても嬉しい」
当たり前だ。あのクソオヤジに似てたら殴りたくなるだろ。似てなくてホント良かったよ。母さんに似てるから素直に好きだと思えるんだ。
……例えオヤジに似てたとしても好きだけど、こう…………心理的葛藤があるだろうな。
アルがオレを照れたように見る。アルフォンス視点のオレは嬉し恥ずかし幼馴染みの少女なんだろうな。
背中がむず痒い。
「どうしてうちでメイドする事になったの? 機械鎧技師は? ばっちゃんの後を継ぐんじゃなかったの?」
ウィンリィは小さい頃から機械鎧技師になるんだと言っていた。そんな事まで覚えてんのか。お前は本当に聡明だな。
けど突っ込まれると困るんだよ。
「そ・れ・は・ね……ヲトメの秘密だから言えないの」
上目遣いでうふふと笑ったら、アルフォンスが何とも言い難い微妙な顔付きになった。
いたたまれない沈黙が落ちる。
「…………おい、冗談なんだから流せ。冗談が滑って悲しいだろ」
「ご、ごめん」
ちっ。冗談の通じないヤツ。これがロイなら皮肉嫌味百連発なのに。
真面目少年は微笑ましいが取り扱い注意だ。
いかん。あの男に毒されてオレまで嫌味がかってしまっている。アルに引かれてしまう。
アルフォンスがモジモジしている。
「あのさ………その…………ウィンリィ……」
「ああん? 言いたい事があればハッキリ言え」
やっぱり女の子らしい言葉遣いは苦手だ。当初の予定を繰り上げて地を出す事にした。
オレのドスのきいた声にアルフォンスがビックリしている。このくらいで驚かれては困るんだけど。オマエの姉は元からこういう言葉遣いだろ。貴族育ちで姉の粗暴さを忘れたか。
「ウィンリィ………その、言いたくないなら言わなくていいけど……その右手、どうしたの?」
「よく気がついたな。見るか?」
さっき抱きついた時にオレの右手が生身じゃないのが判ったか。手袋を取って裾をまくった。
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