「生まれで大事なのはタネじゃねえ、環境だ。綺麗な水を飲んで綺麗な空気を吸って、綺麗な心の田舎モン達に囲まれ育ったみずみずしいイモねーちゃんと、ドブ臭い臭気漂う空気吸って育った都会の糸引きそうな貴族生まれの女を一緒にすんな。胸糞悪い。オレをお嬢様扱いして、人を無能な集団に振り分けるんじゃねえ」
「………………すっげえ言葉使い。やっぱ貴族らしくねえな。……でもどんなに否定してもエドワードお嬢様はあのホーエンハイム公爵の子供だろう」
どうして他人の口から父親の名前を聞かなきゃならないんだ。けったくそ悪い。
『あの』ホーエンハイム公爵ってどのホーエンハイムだよ。
オレにとっちゃロクデナシオヤジでも関わった人間達からすれば立派な存在だったのかよ。ええ格好しいが。
できるならオレもそうやって騙して欲しかった。
オレが知ってるオヤジ像は妻子ほったらかしにしたロクデナシだ。
他所で格好つけてどうする。家族にこそそういう姿を見せろよ。ちっとも尊敬できねえじゃないか。
身内だからって弱さを晒すな。子供はあんたの鏡でもゴミ箱でもねえんだぞ。幼い頃から受けた仕打ちを復讐しようにも、墓の下じゃぶっとばす事もできやしねえ。死者をこきおろすのも負け惜しみみたいでヤだし。
オレは一生あの男に勝てないのかよ。
「けっ。オヤジの精巣からできた卵だからってそれがどうした? 精子吐き出すだけで父親面できんだから男って楽だよな。オレの精子提供者が誰であろうと初対面のアンタに何の関係がある?」
「精子提供者……」
「セックスの果てにできるのが子供だ。避妊せずに寝れば女は孕む。犬やネコだって年二回のシーズンでは腰振ってる。父親なんてその程度の単なる精子提供者だ。育ててこそ親。育てなかった男に父親を名乗る資格なし。……アンタも気をつけろよ。女の安全日なんてデンジャラスデーだぞ。生イコール妊娠。一回しかしてないからってオレの子じゃないなんてみっともなく騒ぐなよ。膣外射精だって妊娠するんだぞ」
ハボックは、見てはならない聞いてはならないものを見て聞いてしまったかのように顔を歪めて天を仰いだ。
「………………膣外射精? 幻聴か? …………はははは……ローティーンの子から避妊を勧められてしまった。……マジでエドワードお嬢様ってお嬢様なのかよ。貴族の御令嬢は絶対にそんな事言わないし、従者とそんなシモネタ言わないし聞かないしタメ口許さないし、なのにエドワードお嬢様はこんなんだし。まんまチャキチャキ下町っ子じゃねえか。…………いや、マジびっくりした。オレは夢を見てるのか?」
タバコが口から落ちそうだ。隙だらけだぞ、オイ。
「オレの事をいつロイから聞いた?」
オレの情報が漏れているならここも安全ではない。
「マスタング公爵が連れて来るのがホーエンハイム家の秘密のご令嬢だって事は聞いてた。身辺に危険があるから保護するって事も。安心していい。この屋敷にいる者は全員エドワードお嬢様の味方だ。この中にいる限りは安全だぜ」
気休めを与えるかのような笑顔に、冷笑で返す。
「ロイが守れと言ったからか?」
「ああ。公爵がそう命令した」
「そりゃ味方って言わねえよ。安心なんかできるか」
「味方じゃなきゃ何だ? オレ達はお嬢様や公爵を守る為にいるんだぞ」
「ハボックさんは公爵の配下の人間であってオレの味方じゃねえよ。アンタは主人の命令で動く狗だ。……それはつまり利害関係が破棄されたり逆ベクトルを向いた時には、守護していた銃口がこちらを向くって事もあるんだよな。………………そりゃあとっても安心だな」
「……ものっすごい皮肉を言われた気がしたんだけど」
「皮肉に聞こえないおめでたい耳してんなら、神父にでも転職すれば。祈れば神様が救ってくれるなんてたわごとシラフで言えるのは、おめでたい人間だけだから」
「神父に何か嫌な思い出でもあるのか?」
「別に。ただ宗教関係者が嫌いなだけ。正義と愛を説くなら、神に縋る前にする事があるだろ。他人の幸せ不幸せを計って説教する暇あるなら、悪人を殺し畑を耕しパンを焼け。それが本当の救いだ。……アンタ、戦争行ったくせに絵空事ときれいごとしか言わない上から目線の宗教にムカつかないなんて寛大だな。それともバカなのか?」
「それって寛大って言うのか?」
「血で血を洗い、くそったれの上官の命令通りに引き金を引き爆炎に肌を灼き鼓膜を震わせ、地獄のような景色を見てなお人である事を止めず……。生きるのは楽しいか? 悪夢はアンタから眠りを奪わないか?」
「エドワードお嬢様。アンタは戦争を知らないはずだ。想像だけで物事を判断するのは止せ」
ハボックがボソッと言った。
マジな顔。この男もトラウマを抱えている。
死の臭いのする人間は嫌いだ。オレと同じだから。
オレはクスリと笑った。
「そんな……沢山の死の臭いをくっつけて……タバコの臭いで誤魔化せるとでも? ひっでえ死臭。あんたどんだけ殺したんだよ。殺した人間の臭いは全身に染み付くんだぜ。自分じゃ判らないか?」
その時のハボックの目を何と評したらいいだろう。
まるで赤ん坊だと思って揺りかごから抱き上げた生き物が、赤ん坊ではなくそれを飲み込んでしまった大きなネズミだとでもいうような。
隠しようのない嫌悪に濁る瞳に溜飲した。
我ながら悪趣味だ。父親の話題に気分を害したからといって、初対面の人間に当たるなんて。
オレもまだまだ未熟だな。
でも男って痛めつけても心が痛まないんだよな。
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