「忠告どうも」と引き返そうとしたオレを、ハボックが止めた。
「あの、エドワードお嬢様」
「何? ハボックさん」
「さんづけはいらない。……じゃなくていりません。オレは使用人だから」
どこか困ったような顔をするハボック。
「ならオレもお嬢様って呼ばないでくれ。女だから嬢ちゃん扱いされるのは仕方がないとしても、無用に持ち上げられる理由がない」
「でもお嬢様はホーエンハイム公爵の御令嬢なんですよね?」
さらりと言われて思わずハボックの顔を直視してしまった。
この男はオレの事を知っている。
あの計算高いロイ・マスタングの口は軽くない。目の前の男はロイの信用を得ている部下という事だ。
だがそうだとしても肯定はできない。
それにしてもロイのヤツ、部下にンなことベラベラ喋ってたのか。もっと慎重なタイプだと思ったのに。
「ホーエンハイム公爵って……亡くなった東の公爵様ですね。そんな偉い方の子供だなんて戯言、誰が言ったんですか?」
あらまあびっくり、という顔で返事した。我ながらわざとらしい。
「誤魔化さなくても、事情はマスタング公爵から聞いてますから」
ハボックがオレの姿を上から下まで無遠慮に見た。
「公爵様の一人娘って聞いてたけど……まるきり男の子にしか見えないんだけど。やっぱりお嬢様なんですよね?」
なんだ、この男は。
随分と無礼な口をきくと思った。
オレが本当に貴族の令嬢なら許されない暴言だ。使用人は決して主人や客人に面と向ってそんな口はきかない。
この男、外でもこんな調子なのか?
だがオレは貴族の御令嬢なんかじゃないので、ふんと鼻で笑った。
「どういう話を聞いてるのか知らないが、ここの主人は随分口が軽いんだな。客の情報をベラベラと部下に漏らすとは。尻の軽さ同様に口も軽いらしい。アンタも主人の戯れ言をいちいち真に受けるな。ハボックさんは御主人様にからかわれたんだ」
「うわー。アンタ、口悪いな。年頃のお嬢様とは思えないんだけど。まるで下町っ子だ。お嬢様ってんじゃないなら、お屋敷言葉使わなくていいよな。オレそういうの苦手で。アンタはオレの弟と同じくらい生意気だなあ」
ハボックの口調が崩れた。笑うと人なつこい印象だ。
オレの言う事を信じたのかな? それともオレがその辺の貴族のお嬢様のように扱わなくていいと悟ったか。
「ハボックさんには弟がいるんだ?」
「オレは五人兄弟の長男さ」
ジャン・ハボックか。
服の上からも体格がいいのが判る。きっと戦闘能力も高いんだろう。側にいるだけでヘビースモーカーだというのが判るタバコ臭。
大家族の長男ってタイプだな。面倒見がよくて兄貴風ふかせて。
それにしてもこの男の仕事って。
「アンタさあ、そんなタバコ臭くてよく主人に怒られないな。主人の側にいるボディーガードがそんなんでいいの?」
聞くとハボックは吃驚したように聞き返してきた。
「どうしてオレがボディーガードだと判った?」
「昨日、ロイの……公爵の側でガードしてたじゃないか。それにそんな鍛えてますっていう身体で頭脳労働者なわけないし。下働きにしちゃ隙ないし、上着の下に銃を隠してるし、ボディーガード以外の何に見えるって? ホークアイさんみたいな美人の職業は判断しにくいけど、アンタはどう見ても軍隊出身者だ。それも実戦部隊だ」
「だからなんでそこまで判るんだよ」
「悟られたくないんなら、気配消すなよ。そこまで気配薄いとそういう訓練してきたんだってすぐ判るさ。もしかしてスナイパーやってたとか? 気配の消し方がプロっぽい」
「…………とんでもないガキだな。田舎で隠れ暮してた箱入りのお嬢様じゃなかったのかよ」
ガシガシと頭を掻くハボック。
半分は当てずっぽうだけど正解みたいだ。
マスタング家の当主のボディーガードだから、それなりだとは想像できる。
ハボックが軍隊出身者だと思ったのは実は同じような軍隊出身者から手ほどきを受けた事があるからだ。師匠の紹介でそりゃあ鍛えられたもんだ。あんときゃ死ぬかと思ったけど、お陰さまでそれなりには強くなれた。
オレはこの男に勝てるだろうか。実戦経験少ないからプロには勝てないかもしれない。距離があれば錬金術で一発なんだけど。
ダメだな。相手の力量計るのが癖になってる。
「何を夢見てんだか知らないけど、深窓の姫君なんてようするに刺繍と噂話しか脳がないデコレーションケーキみたいな服着たお飾り人形って事だろ。こちらとら生れも育ちも泥くさい生っ粋の田舎モンでね。お嬢様なんて言われると背中が痒くなる」
「田舎育ちでも、生まれはお貴族様だろうに」
知っててこのタメ口かよ。案外神経太いな、コイツ。こっちは楽でいいけど。
それとも見掛けよりずっと深慮遠謀なタイプだとか?
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