公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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 両手を鳴らし錬成を解いて、目を閉じる。
 心も身体も酷く疲れていた。
 オレはここで何をしているのだろう。
 目的もないのに。
 どんなに豪華な部屋にいてもオレは喜べない。
 早く家に帰りたい。
 けれど迎えてくれる者のいない家に帰るのが恐い。
 あの家に独り。温かい食事も出てこない。
 母さんのいない音のしない家。
 意識が堕ちていく。
 暗い暗い暗い深淵。いつもの夢。



『エドワード』
 母さんの声。
『ゴメン……なさい。あなたを巻き込んで』
 謝らないで。恨んでないよ。
『ゴメンね。……あなたは生きて』
 イヤだよ。独りにしないで。
『あの人にも……ゴメンなさいって……伝えて……』
 イヤ……だ。
 誰か。
『エド……ワ…………ド……』
 はたりと落ちた母さんの手。
 動かない。
 ボトボトと落ちる雨の雫。大きな強い風の音。
 恐い。恐いよ。
 誰か助けて。
『かあさん?』
 返らない声。
『かあさん、かあさん、かあさん、かあさん』
 何度呼んでも、もう母さんの声は聞こえない。
 手を必死に伸ばす。
 力の入らない母さんの手。
『まだ…………あたたかい』
 温かいのにもう動かない手。
 オレを呼ばなくなった声。
 暗い。
 重い。
 身体が動かない。
 ゴーゴーと聞こえる風の音。

 お母さん。
 助けて。
 お父さん。
 お願い、助けに来て。
 お母さんが。

 どうして来てくれないの?
 恐い人達が来たんだ。

 どうして守ってくれなかったの?
 お母さんがケガをしたんだ。助けてよ。

 ここには誰もいないんだ。
 お母さんが動かなくなっちゃった。
 もう声が聞こえないんだ。何も言ってくれないんだ。
 お母さんの身体に何か刺さってるんだよ。
 オレの身体ももう壊れかけている。

 このまま死んじゃうのかな。
 錬金術が使えたならお母さんを直せるのかな。
 でもそんな難しい錬金術は使った事がない。
 オレの右手。まだ動く。
 でも。

 葛藤してる暇なんかない。
 オレよりお母さんを直さなきゃ。

 錬金術。使えるかな。
 こんな事やった事ないし。

 それに……何を代価にしよう?
 ここには何にもない。
 あるものはお母さんとオレと土と雨と。
 他にはなんにもない。

 ならあるもので作らなきゃ。
 代価、代価。
 オレの身体で大丈夫かな?
 自分が代価なんて、途中で錬成が失敗しないといいけど。

 どこがいいか。
 そうだ、左足にしよう。
 足だけで足りるかな。手がなくなったら困るな。

 震える指で錬成陣を身体に描く。
 血がいっぱ流れたから描くものには不自由しない。
 雨で錬成陣が流れないように気をつけなくちゃ。
 外への唯一の出口はフタがしてあるから、あんまり雨が入ってこなくて助かる。

 お母さん。
 お願いだからオレを独りにしないで。
 オレの身体、あげるから。

 ザーザーと風が鳴る。
 暗い、暗い、暗い穴の中。

 オレはフタの閉まった井戸の底から黒い円い空を見上げた。
 ここは地獄。死が満ちている。
 けど、まだ生きている。
 地獄に堕ちる為にはちゃんと死ななきゃ。

 生きている地獄と死んだ地獄、どっちが苦しいかな。
 お母さんが起きたら聞いてみようかな。
 けどお母さんは怖がりだから、そういう事は聞いちゃダメだ。
 オレがお母さんを守らなきゃ。

 血の錬成陣が青く光る。
 ゴウッ、と身体の周りで風が起こった。
 目の前には扉。
 伸びる伸びる黒い数多の手。
 地獄への入口。
 こわいこわいこわいこわいこわいこわいだれかたすけて。

「あ……………あああああああーーーーっーーーーーーイヤだイヤだイヤーーッ助けておかあさんおかあさんおかあさ……」
 そうしてオレは更なる地獄に堕ちた。