両手を鳴らし錬成を解いて、目を閉じる。
心も身体も酷く疲れていた。
オレはここで何をしているのだろう。
目的もないのに。
どんなに豪華な部屋にいてもオレは喜べない。
早く家に帰りたい。
けれど迎えてくれる者のいない家に帰るのが恐い。
あの家に独り。温かい食事も出てこない。
母さんのいない音のしない家。
意識が堕ちていく。
暗い暗い暗い深淵。いつもの夢。
『エドワード』
母さんの声。
『ゴメン……なさい。あなたを巻き込んで』
謝らないで。恨んでないよ。
『ゴメンね。……あなたは生きて』
イヤだよ。独りにしないで。
『あの人にも……ゴメンなさいって……伝えて……』
イヤ……だ。
誰か。
『エド……ワ…………ド……』
はたりと落ちた母さんの手。
動かない。
ボトボトと落ちる雨の雫。大きな強い風の音。
恐い。恐いよ。
誰か助けて。
『かあさん?』
返らない声。
『かあさん、かあさん、かあさん、かあさん』
何度呼んでも、もう母さんの声は聞こえない。
手を必死に伸ばす。
力の入らない母さんの手。
『まだ…………あたたかい』
温かいのにもう動かない手。
オレを呼ばなくなった声。
暗い。
重い。
身体が動かない。
ゴーゴーと聞こえる風の音。
お母さん。
助けて。
お父さん。
お願い、助けに来て。
お母さんが。
どうして来てくれないの?
恐い人達が来たんだ。
どうして守ってくれなかったの?
お母さんがケガをしたんだ。助けてよ。
ここには誰もいないんだ。
お母さんが動かなくなっちゃった。
もう声が聞こえないんだ。何も言ってくれないんだ。
お母さんの身体に何か刺さってるんだよ。
オレの身体ももう壊れかけている。
このまま死んじゃうのかな。
錬金術が使えたならお母さんを直せるのかな。
でもそんな難しい錬金術は使った事がない。
オレの右手。まだ動く。
でも。
葛藤してる暇なんかない。
オレよりお母さんを直さなきゃ。
錬金術。使えるかな。
こんな事やった事ないし。
それに……何を代価にしよう?
ここには何にもない。
あるものはお母さんとオレと土と雨と。
他にはなんにもない。
ならあるもので作らなきゃ。
代価、代価。
オレの身体で大丈夫かな?
自分が代価なんて、途中で錬成が失敗しないといいけど。
どこがいいか。
そうだ、左足にしよう。
足だけで足りるかな。手がなくなったら困るな。
震える指で錬成陣を身体に描く。
血がいっぱ流れたから描くものには不自由しない。
雨で錬成陣が流れないように気をつけなくちゃ。
外への唯一の出口はフタがしてあるから、あんまり雨が入ってこなくて助かる。
お母さん。
お願いだからオレを独りにしないで。
オレの身体、あげるから。
ザーザーと風が鳴る。
暗い、暗い、暗い穴の中。
オレはフタの閉まった井戸の底から黒い円い空を見上げた。
ここは地獄。死が満ちている。
けど、まだ生きている。
地獄に堕ちる為にはちゃんと死ななきゃ。
生きている地獄と死んだ地獄、どっちが苦しいかな。
お母さんが起きたら聞いてみようかな。
けどお母さんは怖がりだから、そういう事は聞いちゃダメだ。
オレがお母さんを守らなきゃ。
血の錬成陣が青く光る。
ゴウッ、と身体の周りで風が起こった。
目の前には扉。
伸びる伸びる黒い数多の手。
地獄への入口。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいだれかたすけて。
「あ……………あああああああーーーーっーーーーーーイヤだイヤだイヤーーッ助けておかあさんおかあさんおかあさ……」
そうしてオレは更なる地獄に堕ちた。
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