公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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『……しかしあの子が思ったより物事を考えていたのには驚いた。自分が生む子供の未来も考えていたのか』
『命を狙われ続ければ考えずにはいられないでしょう。自分より子供が狙われるのが辛いのはどの親も一緒です。エドワード様はトリシャ様を見ていて、己の将来に不安を感じているのではないですか』
『ホーエンハイム公爵は大方の不穏分子を駆逐したが、グレーゾーンにいる者には、まだ手をつける前だった』
『ホーエンハイム公爵様も万能ではありませんから、全てを完璧にとはいかなかったのでしょうね。エドワード様も心配ですが、アルフォンス様も心配です』
『アルフォンスは今のところは大丈夫だろう。アームストロング殿がついておられるしな。心配なのはエドワードの方だ。あのクソ生意気な山ザルが、これから何かしでかすのではないかと不安だ』
『だから監視をつけたのでしょう。エドワード様は愚かな方ではありませんし、危険があると知れば慎重になります』
『その為に一度危険な目にあった方がいいと?』
『そんな事は申しません。その一度で大ケガをされたり命を落とされたら困ります』
『あの子の事は君に頼む。私の言う事は聞かないからな。君には懐いているようだ』
『しかしエドワード様は私の事を貴族の狗だと申しました。信用はされておりません』
『……あのガキ。どういう教育をされているのだ。やはり一度ビシッと絞めるか』
『トリシャ様の教育は間違っていなかったと思います。ただ命を狙われたり我侭を言わないように我慢したりと、子供には過ぎるストレスをあびて抑圧され、開放されてなお殻から出る事ができないのです。我慢して過ごしてきた者は我慢しなくていいと言われても、すぐには楽になれません。それ以外の生き方をさせてもらえなかったのですから、どうしていいか判らないのです』
『君は子供の心理に詳しいな』
『子供に限らずそういう人間は沢山います。自分を殺し辛さに耐え生きてきた者は我慢しない生活という現実がにわかには信じ難く、逆に心の梁を無くして心を折る者もいます。……エドワード様は今までお母様の為に自分を殺してきましたが、お母様が亡くなった今その努力の全てが無駄になってしまいました。だから今、自暴自棄になりかけているのではないでしょうか。ロイ様に対しての反発もそうです。生きる目的を無くし、嫌っている貴族に対して譲歩する気持ちなど起きないでしょうし、むしろ拒絶するしかないと思います。』
『エドワードが自棄になっていると? 単なる反抗期ではないのか?』
『母親が不幸なまま死んだと思い込み、自分の身体は機械鎧です。そんな十四歳の少女が相手だと理解して下さい。反抗期などという単純な言葉で括らないで下さい。どんなに酷い言葉を吐いても彼女にとってそれは真実なのです。私はロイ様の狗ですし、ホーエンハイム公爵は母親を不幸にした張本人です。エドワード様が常に命の危険に晒され続けた十四歳の娘だという事をお忘れなく』
『忘れてなんかないぞ』
『そうですか? なんだかロイ様はエドワード様を対等に見てらっしゃるようですので。子供扱いするくせに子供っぽい言動を許さないとは矛盾しておられます』
『矛盾か。あの子はどうも普通でない気配がする。子供な事は間違いないし視野が狭いのだが……。どこか子供らしくない。まるで子供の中に得体の知れない何かが潜んでいるような気がする。ただの十四歳にはとても見えん』
『何か気付かれましたか?』
『判らん。気のせいならいいのだが。何か不吉を抱えているような気がするのだ』
『命のやりとりを身近で体験してきた子供です。死の臭いがしてもおかしくありません』
『これは錬金術師のカンなのだが……。あの子には何か秘密があるのではないか? それもとてつもなく大きな秘密が』
『それがエドワード様がおっしゃられた『真実』というものではないですか』
『恐らくな。……だがあの子は決してそれを話しはしないだろう。その秘密を抱える限り我々に気を許さないと思う』
『我々の目的はエドワード様をお守する事であって、彼女の内面に触れプライバシーを探る事ではありません。秘密は秘密のままでよろしいかと』
『気になるのだよ。あの頑な眼差しの意味が。私の知らない真実とは何か。……しかしエドワード嬢はあらゆる意味で想像と違ったな。生まれは特殊だが田舎暮しの凡庸なガキだと思っていたのに、非凡な匂いがする。私に口を噤ませた子供はあの子が初めてだ』
『調べた限りでは何も出てきませんでした。調べられる限りの事は調べましたが……見落としがあったのかもしれません。一から調べ直してみたいと思います。もうしばらくお時間を下さい』
 しまったかもしれない。調子にのって喋りすぎた。
 細部まで調査されるとまずい。もしかしてアレがバレるかもしれない。
 母さんが死んだ今、その秘密はばっちゃんしか知らない。オレの最大の秘密。
 さてどうするか。
 あの事は幼馴染みのウィンリィにも話してはいない。
 ウィンリィはまだ幼い。言っても理解できないだろう。
 ばっちゃんに話したのは母さんの事が心配だったからだ。誰かに知っておいてもらわないとと思った。
 けれど結局母さんは死んでしまった。
 もしかしてオレのせいなのだろうか。
 母さんにあんな事をしたから、母さんは長くは生きられなかったのかもしれない。
 しかしあの時はあれしか方法がなかったのだ。