公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第二章

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 部屋に戻りハイヒールを蹴っ飛ばし、メイドさん二人に手伝って貰ってドレスを脱いだ。女の服はボタンが後ろなので自分じゃ脱ぎ難いのだ。コルセットを外しドレスを片付けて、下がってもらった。
 ベッドにダイブする。
 女物の下着なんて着た事なかったけど、寝巻き代わりに丁度いい。
 羽根布団の具合は最高でフカフカしている。こんなベッドで眠る日が来るとは思わなかったが、それが幸せな事だとは思えなかった。どうせ幸福な夢は見られない。
 ベッドのわきに置いてあるガラスのポットから水を飲む。洒落た皿の上には菓子まで置いてある。用意周到でいたれりつくせりだ。
 例え明け方にベルを鳴らしコーヒーとサンドイッチを要求しても、当然のように出てきそうで恐い。
 幼馴染みの家でそんな事をすれば「うるさいっ!」と言ってスパナが飛んでくるのがオチだ。
 疲れていたがオレがいなくなった後、ロイとホークアイさんが何を話しているのか気になって、また錬金術で盗聴を始める。オレって「え」のつく家政婦さんみたいだ。
 ベッドに転がり受話器を耳に当てる。
 予想通りロイとホークアイさんが話している。

『あの子はなんというか……想像していたより逞しいな。女の子というのが信じられん』
 ロイの声だ。
『そうですね。エドワード様は母君を守ろうと凛々しく成長されました。立派な事ですが、少しだけ痛々しいです。ドレスを着ればあんなにお綺麗なのに』

 ふんだんにレースを使ったドレスにオレはデコレーションケーキになった気分だった。襟にも裾にも幾重にも細かいレースが施されていてうざかった。
 でも母さんにああいう服を着せてやりたかったとは思う。
 それにしてもお綺麗って誰の事?

『あれには驚いた。山ザルが淑女に化けた。喋れば化けの皮が剥がれるが、黙っていれば間抜けなボンボンなら軽く騙せる。公爵家の血を嫌っているがあの顔立ちはまぎれもなくホーエンハイム家の血筋だ。子供の頃から公爵家で育てば、王家に嫁がせても恥ずかしくないレディになっただろうに。かえすがえすも惜しい。貴族らしくなくても構わないから、トリシャ様の半分もたおやかな気質を受けついでいたら良かったのに。アルフォンスはあんなに良い子なのにな』

 超ビックなお世話だ。
 ふうん、オレって女装するとそれなりに見られるんだ。

『エドワード様は立派な方です。トリシャ様がお亡くなりになって動揺しておりますが、いずれ自信を持って歩き始めるでしょう。山ザルなんて言ったら失礼ですよ』
『確かにちゃんとした子に見える。だが』
『何か気になる所でも?』
『あの子の父親嫌いが気になる。母親は夫への愚痴をこぼしたり悪口を吹き込んだりはしなかっただろう。父親不在だからこそ、その点には気を遣ったはずだ。なのにエドワードは父親を嫌い抜いている』
『トリシャ様が苦しんでいるのを側で見ていたからでしょう。愛しあってらしたのに十年も離れて暮しておられたのですから、誤解しても仕方ありません』
『両親が愛しあっていたのは判ったはずだ。それを知ってなおエドワードは父親を憎悪している』
『憎悪だなんて。難しい年頃ですから、色々と複雑なんでしょう。理屈で判っていても感情面では簡単には割り切れないものです。エドワード様は依怙地なところも見受けられますが根は素直そうですし、子供の殻を脱ぎ捨てればきっと全てを受止められるはずです。今はまだ心の整理がつかないだけなのですから、大人の我々はエドワード様が落着くまで待てばいいのです』
『君はエドワード贔屓だな』
『頑張っている女の子は応援したくなります。誰にも頼らない甘えたところのない子だからこそ手を貸したくなりませんか?』
『私はあんな子の面倒を見るのはイヤだな。頭が良い分こっちの言う事を聞かず反発ばかりだ』
『それはロイ様がエドワード様をおからかいになるからです。誠意を持って接すればエドワード様だって懐きますよ』
『あんまり懐かれても邪魔なんだが』
『そういう事を言うから敬遠されるのです。助けると決めたのならちゃんと行動して下さい』

 ロイのやや苦い顔が目に浮かぶ。ホークアイさんて本当に遠慮がない。

『あの子は……』
『何ですか?』
『何か我々の知らない事を知ってそうだ』
『何についてですか?』
『さっきエドワードが言っていただろう。真実には裏と表があると。あの子しか知らない真実というのがあるというが、それが何か気になる。あの子は何を知っているんだ?』
『気になるなら対価をお支払いしてお聞きになったらどうですか? お金を惜しむロイ様ではないでしょうし、エドワード様もお金に執心する方ではありません。あんな言い方をしたのには理由があるはずです。親しくなってお聞きしたらいいではないですか』
『あのガキと親しくなってどうする。私は子供には興味がない』
『エドワード様とロイ様の結婚が、ホーエンハイム公爵様のお望みではなかったのですか?』

 ギョッとして受話器を取り落としそうになった。
 なんだってぇ? 

『ホーエンハイム公爵が望んだのは娘が自由である事だ。それに私に幼女趣味はない。もしその身に危険が及ぶような事があれば、私の身内にして守ってやって欲しいと言われたんだ。結婚なんて話は一言も出ていない』

 良かった。死んだあと地獄に行って、オヤジを血祭りにあげる予定で書き込んでいる復讐リストにまた、追加事項が増えるかと思った。母さんを泣かせたアイツに絶対にもう一度会って、ボコボコにする予定だ。
 死んで全てが終わったと思うなよ、オヤジ。

『ホーエンハイム公爵に『お転婆だが可愛い子だ。良かったら貰ってやってくれないか?』と言われていたのでは?』

 オヤジ死刑決定。
 オレをモノのように差し出すんじゃねえ。
 どこまでオレの人生に干渉すれば気が済むんだ。

『年が違いすぎるから辞退申し上げたよ。下手すれば親子程違うんだぞ』
『お二人の差は十四歳の筈ですが』
『私が童貞捨てたのは十三歳の時だ。まかり間違えば子供がいてもおかしくない』

 十三歳で初体験?
 うおう。早熟っていうか、いやらしい。
 エロい顔してると思ったが中味もエロエロかよ。やだな。

『楽しくて女性と付き合っているわけではないでしょうに。そんな風だから女好きと言われるのです。いつか本命に出会った時に痛い目見ますわよ』

 好きで女と付き合ってるわけじゃない?
 女が好きじゃないって事はまさかアッチの人か?
 そういや男にもモテそうな面してる。

『しかし誘われれば断りにくいのだよ。女性に恥をかかせると恐いし。女が好きじゃないと言うとホモだと噂されてしまう。噂だけならかまわんが、実際勘違いした野郎に襲われたらどうする?』
『素人に負けるロイ様ではないでしょう』
『相手をぶちのめせても、男に襲われたという事実は残るだろう。そんな気持ちの悪い思いをするくらいなら、女ったらしの濡れ衣の方がマシだ』
『私にはどっちもどっちかと思われますが』
『君は同性愛の対象になった事がないから、この気持ち悪さが判らないのだ。男に言い寄られるのは本当に気持ちが悪いのだぞ』
『私も女性から告白されたりお姉様と呼ばせて下さいと言われたり手編みのセーターを貰ったり熱烈なラブレターを貰ったりした事はございますが。バレンタインには山程のチョコレートをいただきますし、昨今の男共は軟弱すぎると私に傾くお嬢様方は沢山おります。私は別にそういったお嬢さん方を嫌った事はございません』
『………………君はその辺の男よりずっと男前だからな。そういう事もあるだろう。私もレズなら別に気にならないのだが』
『人を勝手にレズにしないで下さい。そういう事もありますと言っただけです。私は異性愛好者です』
『誰か好きな相手でもいるのか?』
『ノーコメントです。プライベートな事ですから』

 ホークアイさんの好きな人って誰なんだろう。気になるが、ロイも気になってると思う。声に動揺が出てた。
 え、もしかしてマスタング公爵ってホークアイさんが好き?